外務省 English リンクページ よくある質問集 検索 サイトマップ
外務省案内 渡航関連情報 各国・地域情勢 外交政策 ODA
会談・訪問 報道・広報 キッズ外務省 資料・公開情報 各種手続き
トップページ 外務省案内 聞きたい!知りたい!外務省
聞きたい!知りたい!外務省

インド・パキスタン情勢緊迫下での邦人保護
佐藤博史邦人保護課長に聞く

収録:平成14年6月24日
慶応義塾大学院法学科修士課程1年
慶応義塾大学院法学科修士課程1年
大沼瑞穂さん

 長年、カシミール地方の領有をめぐってインド・パキスタンは対立してきましたが、5月14日のインド陸軍駐屯地に対する襲撃事件を契機に両国の緊張が一層高まり、本格的な武力衝突の恐れが生じました。6月、このような状況を踏まえて、外務省は両国に住む邦人に対して、カシミール地方に関しては退避を勧告し、その他の地域に関しても可能な限り退避をおすすめしました。今日は、どのような状況認識で外務省はこのような情報発出を行ったのか、実際にその作業に携わった佐藤邦人保護課長にインタビューをしてみます。

大沼:外務省では、一般渡航者や在留邦人に対して、渡航情報(危険情報)を発出していますが、その目的を教えて下さい。

佐藤:以前、外務省で行ったアンケート調査では、8人に1人の日本人が外国でなんらかの事件、事故に巻き込まれているという報告が出されています。こういった事態を改善するためには2つのことが必要です。1つは自分の身は自分で守るという意識を持つということ。もう1つはそういった意識を持った上で、自分の行く国の、政治、文化、慣習を知る、すなわち、情報を持つということです。たとえば、外国人は子供をさらいにくるものだと信じているグアテマラの秘境の村を、日本人観光客が訪れ、その村の子供の写真を撮ったことを発端に暴動が起こり、観光バスが襲われるという事件が起こりましたが、この事件はまさにその土地の慣習、文化を知ることの大切さを物語っていると言えます。こうした理由から、外務省では、渡航関連情報として、各国の情報をできるだけきめ細かく、国民の皆様に提供しているところです。

大沼:渡航情報において4つの分類で危険情報が表示されていますが、どのように行っているのでしょうか。

佐藤:現地の大使館、総領事館を始め本省の各地域局、国際情報局などと連携して、情報収集、分析を行っていきます。そこから出てきた内容を総合的に判断し決定しています。

大沼:6月4日にインド・パキスタン全域を対象に危険情報の引き上げを行いましたがどういった判断に基づき決定したのですか。

佐藤:今回は判断が非常に難しかったです。というのは、普通は2つの国が局地的に戦争を始めた段階で、自主的な退避を呼びかけても間に合う場合が多いのですが、今回はインドとパキスタンの紛争が核の使用にまでエスカレートする可能性も排除されないという事情から、本格的武力衝突が始まる前の段階で、邦人に事実上退避を促す決断をしました。早めの自主的退避の呼びかけだったため、まだ向こうで仕事を続けていても大丈夫ではないか、という考えを持っていた170社くらいの現地日本企業を対象に説明会を行いました。説明会とともに、政府チャーター機が派遣されるということで、その後インドにいた約1800人の邦人が約500人まで、パキスタンにいた約700人が約400人まで減少しました。

佐藤博史邦人保護課長
佐藤博史邦人保護課長
大沼:企業にとって一番大切なことは利益を出すことですから、企業側と外務省側で退避に対する認識に差が生まれることは大いに考えられます。そういった場合、これをどのように調整していますか。

佐藤:特に90年の湾岸戦争以降、海外の安全問題をきちんと対応するということは損失を未然に防げるという認識が日本の海外進出企業で広く認知されるようになったと思います。また2001年9月11日の米国での同時多発テロ事件でその認識はさらに高まったと言えるでしょう。ですから、外務省がきちんとした状況認識のもとで退避を勧めているという説明を行うことでその危険認識は共有できるようになってきたと思います。

大沼:今回の印パ情勢に伴う邦人保護ではどのような点に苦労していますか。

佐藤:今回、特にパキスタンの邦人で、結婚などによって生活の本拠が向こうに移ってしまっている方々を説得するのが難しかったです。確かに日本に戻っても、家がない、そういった状態の人たちにとって退避というのは大きな決断になります。数字を見ても分かるように、相対的な割合としては、インドより、パキスタンにいる邦人の退避率が低かったのはパキスタンに残った約400人のうち、300人近くが結婚なさっている方またはその家族で、退避を行わず現地に留まったからです。

大沼:在留邦人の退避のため、政府チャーター機を派遣しましたが、どういった趣旨、判断で行ったのですか。

佐藤:緊急事態が発生した場合の退避にあたっては、基本的に、邦人の方々の自らの手によって退避してもらいます。つまり、自分たちで航空券を購入し、出国してもらうのです。しかし日本人だけでなく、さまざまな国の方々が一斉に退避し始めるわけですから、なかなかチケットを購入できないといった状況になった場合、また定期航空便が閉じてしまった場合は、一刻も早い出国の必要性から、政府チャーター機を派遣します。今回はその前者の状況が起こったため、政府チャーター機を派遣するに至ったわけです。

大沼:今回は一機だけでしたが、もし、それで足りなければ二機、三機と派遣する予定だったのでしょうか。

佐藤:もちろんです。今回は一機で間に合ったというだけです。

インタビュー
大沼:在留邦人が国外等に退避する際は、飛行場までの移動にも危険が伴う場合も想定されます。通常、そのような細かい部分にも気を配って対応しているのですか。また、今回の場合はどうですか。

佐藤:今回はそこまで、危険な状態ではありませんでした。しかし、政府チャーター機を用意したけれども、そこまで行けないという場合には、大使館に一旦集まっていただき、そこからバスで飛行場まで行き、その際、現地政府に警備のための援護を要請することもあります。

大沼:退避を促したにもかかわらず、それぞれの事情で現地に留まる方もいると思いますが、こうした方々に対し、どのようなフォローを行っていますか。

佐藤:NGOやNPO、また仕事、結婚の理由から現地に留まる方々はいます。しかし、留まることを望む人々に対して退避を強制することは出来ません。ですから、退避への説得は行いますが、最終的な決断は自己判断に委ねることになります。そういった人々に我々が出来ることは常に新しく的確な情報を提供し続けることです。

大沼:日本に退避された(されている)方々には、さまざまな不安があると思いますが、そうした方々に対し、どのようなフォローを行っていますか。

佐藤:まず、現地はどうなっているのだろうという不安をかかえている方々、家族を残してきていたり、友達がまだ向こうにいるといった状況の方々ですね。そういった方々に対しては、説明会を行い、外務省海外安全ホームページでも随時新しく細かい情報を発信しています。今回は帰国された方々、進出企業に対して数回の説明会も行いました。また、日本での不便の解消、特にお子さんの教育の問題などは、外務省だけでなく文部省とも協力して、その情報のネットワーク作りなどの対応に当たっています。また民間の企業と外務省が協力することが大切であると認識しています。

大沼:邦人の退避に携わった大使館の館員は、一般の方が退避した後も現地に留まることになると思いますが、これらの大使館館員自身の安全についてはどのように考えていますか。

佐藤:原則としては、邦人を守るという仕事に携わっている以上、自ら留まりたいという方々以外のすべてが退避し、なおかつ、留まりたいとする人々も説得した最終段階での退避となります。最終的には、政府専用機、自衛隊機の利用が可能です。

大沼:それは、戦闘が始まってからということになるのでしょうか。

佐藤:これは、大変難しいことですね。つまり、自衛隊機の派遣は戦闘が始まっていて攻撃される可能性が高い場合、今の法律では無理があるというのが現状です。

インタービュー
大沼:大使館館員に、自分たちは最後までここに留まるという意識は浸透していると思いますか。

佐藤:それは徹底されています。仕事をしている時はその責任感が強く働くものです。もちろん、内心は動揺している人もいるかもしれませんが。

大沼:海外にいる邦人に対し、大使館館員の人数はどれくらいですか。それだけの人数で対応は十分にできるとお考えですか。

佐藤:約120万人の日本人が海外旅行、仕事、留学などで常に海外に出ています。それに対して、大使館、総領事館の領事担当館員の人数は350人。日本人3、500人に対し、1人の領事の割合です。圧倒的に足りないと思います。国内の場合、住人500人に対し、1人の警察官が一般的ですが、それよりもはるかに少ないということは領事の負担は相当なものです。しかも、例えば、日本の警察はお葬式の手配までは支援してくれませんよね。そういったサービスもしていると考えればその負担は大変大きいといわざるを得ません。

大沼:今後、海外に行く日本人はもっと増えると思いますが、外務省改革の中で領事の人数を増やすといったことは議論されていますか。

佐藤:国家公務員の数はもう増やさないということが決められているので、難しいと思いますが、増やさないと領事の負担はますます増えていくことになりますよね。だから、私は外務省改革委員会で増やさなくてはいけないって主張しているのです。

大沼:例えば、麻薬保持などによって海外で警察に捕まっているときに、戦争が勃発した場合、その方々の自主退避はどのように行われるのでしょうか。

佐藤:内国民待遇というのがあって、向こうでの待遇を受けることができる以上、向こうでの義務も果たさなくてはいけないと考えれば、戦争が起こって現地の人たちがまだ、監獄にいる状態でも邦人保護だからという理由で日本人だけ連れ出すというのは現実には難しいと思います。

【インタビューを終えて】

 今回、インド・パキスタン情勢に伴う邦人に対する自主退避勧告の決定過程、現地及び日本での対応、苦労話などとともに、邦人保護全般に関わる話を聞き、海外にいる日本人を守るという領事の重要な任務に携わることに対する緊張感を生で感じることができました。そして海外に行っていざとなれば領事館、大使館がどうにかしてくれるだろうという受動的な意識ではなく、国民側の“自分の身は自分で守るという意識とその国に関する情報を持つ”という主体的姿勢の重要性を改めて実感しました(大沼)。


BACK / FORWARD / 目次


外務省案内 渡航関連情報 各国・地域情勢 外交政策 ODA
会談・訪問 報道・広報 キッズ外務省 資料・公開情報 各種手続き
外務省