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演説
小泉総理大臣演説

小泉総理大臣のASEAN諸国訪問における政策演説
「東アジアの中の日本とASEAN
    -率直なパートナーシップを求めて-」

平成14年1月14日

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ゴー・チョクトン首相閣下
トニー・タン副首相兼国防相閣下、
御来席の皆様、

一.ASEAN諸国を訪ねる旅の最後の訪問地シンガポールでスピーチを行えることを、大変光栄に存じます。
 シンガポールは、すばらしい国民に支えられたすばらしい国です。シンガポールは、規模や資源の制約にもかかわらず、積極的な活動と確固たる決意をもって世界の中ですばらしい場所を築き上げてきました。シンガポールは、経済、外交活動を通じて、国際社会に対して、国の大きさとは関係なく、多大な貢献を行っています。そのシンガポールの政府と国民の皆様に対し、私は心からの賞賛と敬意を表したいと思います。
 シンガポールは、「ライオンの都市」を意味するそうです。私も、私の髪型のせいか「ライオン総理」と日本では呼ばれています。それで私は、ライオンの都市に来たことを、嬉しく思うのでしょう。
 本日は、日本とASEANの協力について、そして日本とASEANの協力が東アジア全体にどのように貢献できるかについての私の考えをお話ししたいと考えます。

二.まず、協力のあるべき姿についてお話します。協力とは、さらに大きな結果を得るために、共通の目標に向かって共同して取り組むことです。さらなる繁栄、平和、理解、そして信頼 ― それこそが、日本とASEANが達成すべきものと考えます。こうした協力のためには、アイデアや意見の交換そして人々の交流が必要です。
 日本と東南アジア諸国の交流は今に始まったものではありません。古くは、十四世紀より、琉球王国が栄えていた沖縄とタイとの間に交易が行われています。十六世紀には朱印船貿易が活発となり、当時タイの都アユタヤには、千名もの日本人が住んでいました。
 ここに、私達が交流を運命付けられていることを示す一つの逸話があります。一九八九年、日本南部の島種子島の子供が「友好の手紙」を瓶に入れ海に流しました。その手紙は、私達の祖先が渡ったであろうと同じ海流に乗り、十年後の一九九九年、マレイシアに流れ着きました。それを見つけたマレイシアの方は、その日本の子供をマレイシアに招待し、実際の、そして象徴的な交流が実現したのです。
 今日、日本とシンガポールの間では、経済、政治、外交、文化といった分野で、様々な瓶が往き来しています。今や、日本のポップ・カルチャーはシンガポールの文化の一部となり、一方、シンガポールの若者が日本の若者に英語を教えています。このように、私達の双方向の交流は、若い世代に引き継がれているのです。
 もちろん、日本と東南アジアとの間では、公式で外交上の交流も行われてきています。二十五年前の一九七七年、福田総理は、マニラで、日本とASEANとの「対等のパートナーシップ」、「心と心のふれあい」を掲げた演説を行いました。「福田スピーチ」の基本的考えに基づく日本のASEAN政策は、その後の歴代内閣に継承されてきました。私もそのようなASEAN政策を推進したいと考えています。

三.「福田スピーチ」から四半世紀が経ち、世界情勢は大きく変化しました。東南アジアでは、インドシナにおける紛争の解決により地域の和平が進展し、ASEANが十カ国に拡大しました。アジアでも民主化・市場経済化が進んでいます。中国と台湾のWTO加入も実現しました。更に、米国での同時多発テロは、安全保障の考え方を大きく転換させるとともに、平和と安定のために一致して取り組むことの重要性を一層明確にしました。
 二十一世紀において日本とASEANをとりまく情勢の変化はさらに速く、大きなものとなるでしょう。私達はこのような変化にひるまぬ決意と勇気をもって、そして一丸となって立ち向かっていかねばなりません。
 ASEAN諸国は、経済のグローバル化の中での幾多の試練や、経済発展状況の差異、国情の違いにもかかわらず、民主主義・市場経済といった基本的価値を共にしつつあります。また、多様な歴史、社会、文化、宗教を調和させる努力で大きな成果を挙げています。
 日本は、これまでASEAN諸国の強化に貢献してきたと考えています。「まさかの時の友は真の友」という格言がありますが、金融危機に際しても、日本は、危機の回避に役割を果たせたと考えています。日本は、あの状況をASEANにとっての挑戦としてだけではなく、日本にとっての挑戦として受け止めたのです。今や日本とASEANの関係は、成熟と理解の新たな段階に至りました。二十一世紀において日本とASEANは「率直なパートナー」として、「共に歩み共に進む」との基本理念の下で協力を強化すべきと考えます。
 それでは「共に歩み共に進む」私達の協力において、重点を置くべき分野は何なのでしょうか。

四.第一は、それぞれの国で「改革」を行いながら、個々にそして協力して、一層の「繁栄」に向かって進むことです。
 十九世紀半ば、日本は、明治維新と呼ばれる近代化に向けた大改革を行いました。第二次世界大戦後には、民主主義に立脚した大改革を行いました。そしていま、二十一世紀の国際社会の大きな変化に適応するために、「第三の大改革」が必要だと私は確信しています。私は、総理就任後「聖域なき構造改革」という目標を掲げ、このような改革に取り組んでいます。大改革には常に痛みと抵抗が伴うことは承知しています。また、構造改革を進め、日本経済の力強さを呼び戻すことは、ASEAN諸国も望まれているということも承知しています。グローバル化した経済の中では、いわば雨が降れば皆が濡れてしまうということを、私も理解しています。
 一九九十年代に日本経済がかくも長く停滞した理由は明らかです。それは、私達がかつての成功のために慢心したことです。そして、世界経済に大きな変化が起きたにもかかわらず、政治と経済の構造の改革という対応を怠ったことです。IT技術の発展で世界の市場の一体化、統合が急速に進みました。競争も激化しています。このような条件の下で成功するためには、世界の投資家と消費者から信頼される、自由で効率的な市場を持つことが不可欠です。強固で健全な金融市場も必要です。
 これらは、日本にとっても、そしてASEAN諸国にとっても重要な課題です。アジア金融危機を通じ、ASEAN諸国も新しい経済構造を必要としていることが明らかになりました。誰にとっても、またどの国にとっても改革は容易ではありません。しかし、これまで慣れたやり方を改めるという勇気をもって取り組む必要があります。既に述べたとおり、改革には痛みが伴います。しかし、持続的繁栄は、その痛みを乗り越えたところにあるのです。
 日本はASEANの真摯な改革の努力を支援します。具体的には、法令の整備、行政能力の向上、「国造り」のための取組に協力します。また、各国が、経済面での競争力をつけ、WTOに立脚した多角的貿易体制に参加していくための能力の向上に協力します。経済の血の流れともいうべき金融面での協力も推進しています。
 日本は、カンボディア、ラオス、ミャンマー、ヴィエトナムの経済発展を促すため、メコン地域開発などの協力を続けます。ASEANの統合に資するIT分野での協力を続けることも重要です。ASEANは、ASEAN自由貿易地域、ASEAN投資地域を早期に実現することにより、日本企業にとって魅力ある投資先であり続けるべきです。裾野産業の育成も、そのための重要な協力分野です。

五.第二は、「安定」のための協力の継続と強化です。
 不安定さはどこか他所にあるものとは限りません。時には自分のところにあります。この地域にも不安定な要因は存在します。日本は、長年の間、世界最大の援助国の座を占めてきています。東南アジアにおいて、日本はミンダナオ、アチェ、東チモールなどについても、貧困削減・紛争予防に積極的に協力したいと考えています。特に、日本は、今春から東チモールPKOへ自衛隊施設部隊を派遣する予定です。
 近年、日本は、PKOなどの国際社会に対する義務を果たすようになりました。既に、カンボディア、モザンビーク、ザイール、ゴラン高原に自衛隊を派遣してきました。東南アジアにおいても、ASEAN諸国と共に、地域の安定確保のために一層積極的な貢献を行うつもりです。ASEAN地域フォーラム(ARF)は、安全保障に係る信頼醸成のために着実に前進してきました。今や、より高い次元の協力を目指すべき時にあります。私達皆でARFを将来いかに発展させていけるかについて、日本としても考えていくつもりです。
 ミャンマーの民主化の努力も加速化されなければなりません。私達もこの努力を強く支持します。
 日本とASEANは、テロ、海賊、エネルギー安全保障、感染症、環境、薬物、人の密輸といった「国境を越える問題」にも共に取り組む必要があります。こうした古くて新しい問題は、私達皆にとっての大きな課題となっています。
 日・ASEAN協力は、更に世界的な広がりで行うべきです。アフガン和平・復興支援、軍縮・不拡散への取組、国連改革についても私達の協力を強化すべきです。私達には世界において果たすべき役割があり、それを実際に果たしていかなければなりません。特に、一月二十一、二十二日に東京で開催するアフガン復興支援拡大閣僚級会議へのASEAN諸国の積極的参加を期待します。最近まで戦争と暴力に苦しんできた東南アジアの皆様であれば、アフガンの人々が長年耐えてきた苦しみがよくおわかりだと思います。

六.ASEAN諸国との協力における第三の分野は、未来への協力です。私は、五つの構想を提案したいと考えます。
 第一に、重視されなければならないのは国の発展の基礎となる教育、人材育成です。私は、大学間交流・協力を進めるため、ASEAN諸国に政府調査団を派遣したいと思います。既に日本の一部の大学は、ASEAN諸国においてインターネットを活用した英語での講義及び日本語学習講座を開設しています。このような努力を通じて、大学間交流が発展することを期待しています。また、日本及びASEANにおけるIT技術者の積極的な育成とこの地域での活躍の機会増大のための協力を今後とも進めます。さらに、制度づくりや行政能力の向上、裾野産業の育成に重点を置いていきたいと考えます。
 第二に、二〇〇三年を「日・ASEAN交流年」とすることを提案します。私達で文化交流や知的交流を含めあらゆる分野での交流を強化する案を考えていくべきです。また、日本とASEAN諸国の研究機関間の結びつきを強化することも有意義だと考えます。
 第三に、「日・ASEAN包括的経済連携構想」を提案します。私達はもちろん、WTO新ラウンドでの協力を進めます。同時に、貿易、投資のみならず、科学技術、人材養成、観光なども含め幅広い分野での経済連携を強化しなければなりません。昨日署名されたシンガポールとの経済連携協定はそのような経済連携の一例です。今後、具体的提案をまとめ、日・ASEAN首脳会議で合意することを目指します。
 第四に、新しい時代の開発の未来像を追求するため、「東アジア開発イニシアティブ」(IDEA)会合を開催することを提案します。東アジアのこれまでの開発経験を踏まえながら、開発の現状を再検討するとともに、更なる地域の繁栄と発展のための今後の開発のあり方について、共に考えていきたいと思います。このようにして、この地域の人々の生活水準の向上につなげたいと考えます。
 第五に、テロなどの「国境を越える問題」を含めた安全保障面での日・ASEAN協力を抜本的に強化することを提案します。私達は、安全保障に関しては「対岸の火事」では済まされないことをひしひしと感じています。海賊対策では、地域協力のための協定が必要であり、そのための協議を進めます。海賊の根絶に向けて一致団結しなければなりません。また、日本とASEANの海上警備機関間の協力を強化したいと考えております。さらに、アジアにおいてエネルギー需要が急増する一方、供給は立ち遅れていることに鑑み、エネルギー安全保障の強化のための地域協力を進めていく考えです。

七.ここで、日本とASEANは相互の協力を東アジア全体の協力にどのようにつなげていくべきかについてお話したいと思います。東アジアは、個々の国をただ合わせた以上の力を全体として発揮できると考えます。
 世界のエコノミスト達に、近い将来最も発展する可能性のある地域はどこかと尋ねれば、間違いなく「東アジア」と答えるでしょう。協力を進めることで、この可能性を最大限引き出すことができるでしょう。
 私達は、「共に歩み共に進むコミュニティ」の構築を目指すべきです。その試みは、日・ASEAN関係を基礎として、拡大しつつある東アジア地域協力を通じて行われるべきです。私は、この地域の諸国が、歴史、文化、民族、伝統などの多様性を踏まえつつ、調和して共に働く集まりとなることを希望します。私達には異なる様々な過去がありますが、未来については、互いに支え合う、結束したものとできるはずです。そのような集まりをつくるにあたっては、前向きな結果をもたらすよう、戦略を持って考えていく必要があります。そして、世界的な課題に貢献するために、私達は地域と世界をつなぐ役割を果たしていくべきです。
 確かに、この目標は、一朝一夕に達成できるものではありません。
 まずは、ASEAN+3(日中韓)の枠組みを最大限活用すべきです。私達は、私達の地域の繁栄と安定を確保するために、本日私が申し上げたような広範な分野での協力を進めていくべきです。
 日本と中国、韓国との協力の深化も、コミュニティづくりの大きな推進力となるでしょう。日中韓首脳会合は素晴らしい先例をつくりました。私は中国が地域協力に向けて積極的な役割を果たそうとしていることを賞賛したいと考えます。豊かな人材と経済の大きな潜在力をもつ中国は、この地域の発展に多大の貢献を行うことでしょう。また、韓国が地域協力の推進のために力強いイニシアティブを発揮されていることに敬意を表したいと思います。日中韓の首脳は、三国の協力がこの地域全体の繁栄に大きな貢献となることを理解しており、三国間で協力することを決めています。
 この地域の経済連携強化は、重要な課題です。先に提案した「日・ASEAN包括的経済連携構想」は、そのための重要な土台となるものです。ASEAN・中国自由貿易地域やASEANとオーストラリア・ニュージーランドの経済連携に向けた動きも、同様の貢献を行うものと期待します。
 具体的な課題に地域で取り組む必要性を考えれば、これらの諸国が、この地域において互いに連携を一層強めていくことは自然なことです。
 このような協力を通じて、日本、ASEAN、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの諸国が、このようなコミュニティの中心的メンバーとなっていくことを期待します。
 このコミュニティは、決して排他的なものとなってはなりません。この地域での実際の協力は、域外との緊密な連携の上に成り立つのです。特に、この地域における安全保障への貢献やこの地域との経済相互依存関係の大きさに鑑みれば、米国の役割は、必要不可欠のものです。日本は、米国との同盟関係を一層強化していく考えです。インドなどの南西アジアとの連携、さらにはアジア太平洋経済協力(APEC)を通じた太平洋諸国との連携、アジア欧州会合(ASEM)を通じた欧州との連携も重要でしょう。APECとASEMはこの地域とその他の地域とをつなぐ重要な手だてです。
 このような努力を通じて、私が申し上げたコミュニティが地域協力として意味のある活動を行うことが可能となります。このようにして、世界の安定と繁栄にも貢献していけると考えるのです。

八.ここで一つのたとえをもって、本日のスピーチのまとめとしたいと思います。私は、オペラの大ファンです。オペラの醍醐味は、多様な歌い手や楽器が異なる音色を出しながらも、壮大な舞台や美しい衣装といった多様な芸術ともあいまって、全体としてまとまって一つの荘厳なドラマをつくっていくことです。私が目指すコミュニティは、まさにこのようなものです。皆様と「共に歩み共に進み」、大きな幸福のために様々な声が調和するコミュニティを造っていこうではありませんか。
 今日の私の一言一言が、種子島の子供が送った「友好の手紙」のように皆様の心に届き、この地域にコミュニティをつくることに向けての協力の弾みとなれば誠に幸いです。
 ご清聴ありがとうございました。


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