
江戸幕府は、九州南端の大藩の押さえとして、当時の日向に幕府領を広く設置していました。又、古来より日本の大動脈となっていた瀬戸内海を通っての航路による大阪等との交流が活発に行われていました。


小村寿太郎
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日露戦争後のポーツマス条約を締結して、日露講和を実現、さらに関税自主権の完全回復を内容とする条約改正に成功し、明治を代表する外務大臣の1人として、日本を近代国家へと導いた小村寿太郎は、日向国飫肥(宮崎県日南市)の出身です。小村寿太郎は、1875年文部省の第1回留学生としてハーバード大学に留学した後、外務省に入省し、外交官としての道を歩みました。
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