第1部 ODAを取り巻く環境の変化と日本の取り組み


第1章 開発の課題とODA

第1節 開発の成果と課題

 20世紀後半は、史上例を見ないほど開発が進みその成果が達成された時代である。例えば、人間の生命・生活に係わる指標を見た場合、途上国における平均余命は1970年の55歳から98年には65歳に上昇したほか、同期間の幼児死亡率は新生児1,000人中107人から59人へ低下し、成人識字率も53%から70%へ向上している(注1)。特に、東アジアにおいては、その大半の国でこの20年の間に貧困の割合が半分以下に低減したと見られる(注2)。因みに、アジア・太平洋地域全体では、91年から98年の間の国内総生産(GDP)成長率は平均8.5%を示している(注3)
 そうした成果にもかかわらず、途上国を中心とする人口の急速な増加に伴い、貧困人口は減少せず、現在でも世界の総人口約60億人のうち12億人が1日1ドル以下、また、30億人近くが1日2ドル以下の生活をしている。サブ・サハラ・アフリカ(サハラ以南のアフリカ。以下、アフリカ)においては、同じ期間に貧困層が7,400万人増加し、98年における同地域の貧困人口は2億9,100万人と見られている(注4)。また、急速に貧困削減が進んだとは言え、中国においても、未だにおよそ2億2,500万人が1日1ドル以下で生活していると推計されている(注5)
 加えて、近年、グローバル化の進展は新たな開発課題を浮き彫りにしている。97年のアジア通貨・経済危機は、目覚ましい経済成長を遂げた東アジア諸国が、グローバル化の下での世界経済への適応、貧困層を含めた衡平な成長の実現、統治(ガヴァナンス)のあり方(注6)といった側面で未だに脆弱性を抱えていることを示す結果となった。アジア通貨・経済危機により、東アジアにおける近年の貧困人口の急速な削減傾向にも歯止めがかかった。また、貧困、紛争、感染症、統治(ガヴァナンス)の欠如が悪循環となり、グローバル化の利益を享受できないでいる途上国、なかんずくアフリカ諸国の状況は看過できない。更に、地球温暖化などの地球環境問題、組織犯罪、麻薬等の地球規模問題は、途上国、先進国双方に等しく悪影響を及ぼすものであり、国際社会が一致して取り組む必要がある。
 相互依存関係が深まる今日、世界全体の繁栄は途上国の繁栄と不可分の関係にあることから、途上国の持続可能な開発を達成するために、先進国、途上国、NGO等を含む国際社会全体が連携・協力してこれに取り組む必要性は大きい。このような観点から、2000年7月に開催された九州・沖縄サミットにおいても、途上国の開発が主要なテーマの一つとして取り上げられた。日本は、G8の議長国として、また主要援助国としての立場から、感染症や情報格差(デジタル・ディバイド)、教育、債務問題など開発を巡る様々な問題を積極的にサミットの重要課題として取り上げるなど指導力を発揮して、国際的に高い評価を得た(第3部「主要援助国としての日本の課題別取り組み」参照)。

 囲み1.99年のODA実績
 99年の日本の二国間ODA実績は、対前年比6.1%増の1兆1,957億円(ドル・ベースでは対前年比22.0%増の104.98億ドル)であった(注1)。円ベースに対し、ドル・ベースで大幅な伸びが生じたのは、DACの換算レートが大幅に円高となったことによる(注2)。また、アジア通貨危機支援の一環として、経済構造改革支援や社会的弱者支援を積極的に行ったことも、二国間ODAが増えた要因の一つとして挙げられる。一方、国際機関を通じた援助は、5,567億円(48.88億ドル)であり、対前年比100.1%(円ベース)の増加となったが、これは新宮澤構想の一環として設立された「アジア通貨危機支援資金」に対するアジア開発銀行を通じた拠出等が主な要因である(注3)。これらの結果、ODA全体の実績は、前年の1兆4,047億円(107.32億ドル)から24.8%増加し1兆7,524億円(153.85億ドル)となった。
 DAC22ヶ国のODA実績総額は、563.8億ドルと99年に引き続いての増加となり(前年比8.3%増、98年520.8億ドル)、日本は第1位となった(注4)。また、ODAの対GNP比率は、DAC全体で0.24%であったが、その中で日本は0.35%であり、DAC諸国中7位となった(前年12位)。
 以上は援助の絶対額に関する指標であるが、供与の条件を示す指標として、「贈与比率」と「グラント・エレメント」が国際的に広く用いられている。国際比較を可能とするために98/99の平均で比較すれば、日本のODA全体(約束額ベース)のうち贈与部分(注5)の占める割合を示す贈与比率は、45.4%であり、また、貸付金の金利、償還期間などを考慮した援助条件の緩やかさを示す指標であるグラント・エレメントは、83.6%と、ともにDAC諸国中最も低かった。なお、贈与の絶対額については、98/99の日本の実績は86.56億ドルで米国に次いで第2位となり大きな貢献を行っている。

(注1)ここで言うODA実績は東欧及び卒業国向け援助を含む。
(注2)為替レートは、98年の1ドル=130.89円に対し99年は113.90円。
(注3)拠出額は約33億ドルであり、そのうち保証のための拠出国債が31.6億ドルと大宗を占める。
(注4)99年12月にギリシャが加盟し、DAC加盟国は22ヶ国となった。
(注5)無償資金協力、技術協力、国際機関への拠出等。


図表―1 各国のODA実績の推移(日、米、仏、独、英、伊、加)



(出典):2000年DAC議長報告
  注(1):東欧向け及び卒業国向け援助は含まない。
   (2):支出純額ベース

図表―2 日本のODA実績の対GNP比の推移



図表―3 DAC諸国におけるODA実績の対GNP比


(出典):2000年DAC議長報告

図表―4-1 DAC諸国のODAの贈与比率及び贈与の絶対額
図表―4-2 DAC諸国のODAの贈与比率及び贈与の絶対額
図表―5 DAC諸国のODAのグラント・エレメント
図表―6 DAC諸国のアンタイド率

(注1) 2000年6月発表の「グローバル貧困報告書(Global Poverty Report)」を参照。同報告書は、ケルン・サミットにおいて、G8首脳が国際金融機関及び地域開発銀行に対し、貧困削減に関する途上国の状況を毎年報告するように求めたことを踏まえ、2000年7月の九州・沖縄サミットにおいて、G8首脳に提出するため、世銀、国際通 貨基金(IMF)、アフリカ開発銀行(AfDB)、アジア開発銀行(AsDB)、欧州復興開発銀行(EBRD)、米州開発銀行(IDB)が共同で作成したもの。
(注2) 99年11月発表のアジア開発銀行報告書「アジア太平洋地域の貧困と闘う:アジア開発銀行の貧困削減戦略」を参照。
(注3) 世銀「Global Development Finance」及び「Global Economic Prospects」2000年版を参照。なお、アジア通貨・経済危機から特に深刻な影響を受けたとされる東アジア諸国(インドネシア、韓国、タイ、フィリピン、マレイシア)については、89年から98年には平均5.7%の経済成長率を達成しており、98年には危機の影響から平均-7.9%の成長率を示したものの、99年には5.8%へ回復している。
(注4) 上記「グローバル貧困報告書」を参照。
(注5) 上記「アジア太平洋地域の貧困と闘う:アジア開発銀行の貧困削減戦略」を参照。
(注6) 世銀においては、80年代後半から融資対象途上国のパフォーマンスに大きな影響を与える公的部門の効率性・責任能力の観点から「統治(ガヴァナンス)」の問題に着目し、99年に公表された「統治の重要性(Governance Matters)」においては、「統治(ガヴァナンス)」を、一国において公益のために権力が行使される仕組み(institutions)や慣行であると定義し、公的部門の管理・運営(マネジメント)、説明責任(アカウンタビリティ)、開発のための法的枠組み、透明性と情報公開の4分野での支援の重要性を指摘している。
 なお、国連開発計画(UNDP)では、持続可能な人間開発(特に貧困削減、環境保全等)のためには、「統治(ガヴァナンス)」が不可欠であるとした上で、司法・立法・選挙制度改革、地方分権化、公的部門及び民間部門のマネジメント、市民社会の育成等への支援が重要である旨指摘している。

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