はじめに
1997年夏、東アジア諸国を襲った通貨・経済危機は、国際社会と協調して行った我が国の大きな支援策もあって着実に克服の過程にある。我が国は現在も、関係アジア諸国の金融部門や中小企業の強化、そのための人造り、社会的弱者支援を重点として、引き続き援助に取り組んでいる。しかしながら、サブ・サハラ・アフリカ(以下、アフリカ)に目を転じれば、これまでの開発の成果を台無しにしかねない紛争や、HIV/AIDSをはじめとする感染症の脅威が深刻化している。また、民主化や市場経済への移行、地球温暖化をはじめとする環境問題や薬物等の地球規模問題など、開発途上国(以下途上国)が直面する課題は多い。国際社会の安定と繁栄に多くを依存し、平和国家として世界への貢献を願う我が国として、途上国が抱える問題への取り組みを支援することは外交上の大きな目的であるが、そのために援助が果たす役割は我が国の場合特に大きい。もとより、援助も国民の理解と支持なくしては持続できない。総理府の世論調査によれば、引き続き多数の国民が現状レベルの援助維持を支持している一方、それに否定的な国民も僅かながら増える傾向にある。こうした厳しい見方の背景には、我が国の厳しい経済・財政事情が存在する。このような中で、引き続き国民の理解と支持を得るために、援助の透明性と効率性を高めるとともに援助事業に国民の参加を促す努力を進めてきた。昨年8月に公表した「政府開発援助に関する中期政策」(以下「ODA中期政策」)では、97年をもって終了した5次にわたるODA中期目標とは異なり、量的目標は掲げず、今後5年程度を目処とした我が国ODAの目指す方向、分野別・地域別課題、留意点などを明らかにした。
本報告は、「我が国の政府開発援助大綱」に掲げるODAに関する情報公開促進の一環として、我が国のODAへの取り組み、実績について、統計・資料を中心に包括的に紹介し、広く国民に明らかにすることを目的とするものであり、本年については、「ODA中期政策」の実施に関する政府の取り組み状況を取りまとめた。
「ODA中期政策」実施の具体例としては、例えば、タイ、バングラデシュ等9か国について、国別の援助計画を策定したことが挙げられる。また、ODAの評価制度を改善・強化するべく専門家による検討が進められ、事前、中間、事後と一貫した評価制度の確立や政策/プログラム・レベルでの評価の充実等が提言され、現在その実施に向けた検討が進められている。
更には、援助スキームの適時適切な見直しを進めるとの観点から、円借款制度の見直しを行うため、学識経験者、経済界、ジャーナリスト、NGO、実施機関等の有識者により構成される「円借款制度に関する懇談会」が設置された。同懇談会は、これまで円借款が果たしてきた役割を振り返りつつ、今後の円借款制度のあり方につき検討を行い、本年8月に報告書をとりまとめた。同報告書では、重点国・分野に対するより戦略的な円借款の供与、途上国の貧困削減と経済成長達成への円借款を通じた支援、援助協調への積極的参加と途上国の国造りへの知的貢献、円借款事業の実施に関する説明責任の向上と広報の強化等に関する提言を含むものであり、現在、同報告書のフォローアップに向けた検討が進められている。また、ODA事業の適正な実施を確保するとの観点から、不正な行為を行った事業者を、その援助スキームのみならず他の援助スキームについても入札過程から一定期間排除するとの厳しい措置を導入することとした。
行政改革の一環として、99年10月に海外経済協力基金(OECF)と日本輸出入銀行が統合され、国際協力銀行(JBIC)が発足した。世銀と並ぶ融資規模をもつ金融機関の誕生であり、円借款事業と旧輸銀業務各々の情報やノウハウの共有を通じてより一層効果的な協力の実施が期待される。
援助は、単に技術の移転等を通じて、相手国の開発に資するのみならず、人と人との交流を通じて、相互理解や友情を育むものであることから、極力多くの国民がこれに参加することが望まれる。また、コソヴォや東チモールにおける難民や国内避難民への支援、トルコ・台湾における地震に際しての被災者支援、及び復興支援に際しては、政府による支援に加えて我が国NGOの活躍も顕著であった。
そうした観点から、青年海外協力隊のシニア版であるシニア海外ボランティアの大幅拡充やNGOによる緊急援助活動への支援強化、大学やシンク・タンク、NGOへの事業委託などを積極的に進めるとともに、我が国企業の有する優れた技術、経営ノウハウの活用を図るべく、国際的なルールの許す範囲で円借款のタイド化も進めた。
また、援助事業は海外でなされ一般国民には援助現場に触れる機会がないことから、「ODA民間モニター制度」を発足させ、全国の都道府県の代表に途上国の援助の現場を視察してもらう機会を設けた。
国際社会における援助の在り方を巡る議論においては大きな流れの変化が見られる。冷戦の崩壊後、援助に対する動機づけが弱まり、また、アフリカに対する援助がアジアにおけるような成果を収めることができなかった反省に立って、世銀・IMFを中心として新たなアプローチが提唱され、実施に移されている。例えば、アフリカ諸国が大宗を占める重債務貧困国(HIPCs)に対する債務救済については、救済措置の適用を受ける国は世銀・IMFを始めとした国際金融機関や各ドナー等の協力も得つつ、今後の開発計画の柱となる「貧困削減戦略ペーパー」(PRSP)を作成することになっている。また、世銀が提唱し、マクロ経済面の課題と社会的、構造的、人間的な側面の課題に等しく取り組む「包括的開発フレームワーク(CDF)」や、途上国を中心にセクター毎のプログラムを策定の上、これを支援するドナー間の協調を強化して、可能な場合には援助手続きの調和や開発資金のプールも試みるセクター・プログラム・アプローチも導入されている。こうした動きは、今後の我が国の援助にも少なからず影響するものであり、我が国として、そのプロセスに積極的に関与するとともに、我が国の考えや計画を適切に位置づけていく必要がある。そのためには、そうした知的作業に取り組む人材の活用と育成が不可欠となる。
HIPCsの債務問題については、昨年のケルン・サミットで合意された債務救済イニシアティブの迅速な実施が国際的に急務となっているが、これに向け我が国は本年のサミット議長国としてリーダーシップを発揮し、最大限の努力を行ってきている。 そのほか、昨年のキルギスにおける援助関係者の誘拐事件を踏まえ、外務省と実施機関との間で安全対策タスクフォースを組織し、援助関係者の安全対策の再検討を行うとともに、安全対策強化のために、現地における安全情報の収集能力強化、国際協力事業団(JICA)本部での安全情報分析能力と現地との連絡強化、安全・治安状況の見直し体制全体にかかる強化といった必要な措置を講じる等の取り組みを行っている。
BACK / FORWARD / 目次 |