3.分野別援助の動向
現在、世界で13億人を越える人々が貧困状態(1日1ドル以下で生活)にあると推計されるなど、貧困問題は依然深刻である。貧困人口は、東アジア・太平洋地域で4.7億人、南アジアでは5.6億人、アフリカでは2.2億人と推定されている(注)。アジアの経済危機はこれが長引けばこれまでの経済成長の成果の一つとしての貧困人口の減少を一部逆戻りさせる恐れがある。
90年代に入り、多くの社会開発に関する国際会議が開催され、社会開発問題に関する国際的な関心が高まり、開発の究極の目的を人間が豊かで幸福な生活を送ることに置く「人間中心の開発」の考え方が開発問題を論ずる際の中心的地位を占めるに至っている。95年の社会開発サミット(於:コペンハーゲン)では、「人間を開発の中心に置き、より効果的に人間のニーズを満たすよう、経済の方向付けを行う」ことを唱った「社会開発に関するコペンハーゲン宣言」が採択されており、また、先進国は開発援助の20%、開発途上国はその国家予算の20%をそれぞれ基礎的な社会分野のプログラムに配分すべきとするいわゆる「20/20イニシアティヴ」は一つのガイドラインとして注目されている。
また、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)は、96年5月「21世紀に向けて:開発協力を通じた貢献」(いわゆる「新開発戦略」)を採択し、「2015年までの初等教育の普及」、「初等・中等教育における男女格差の解消」等を人間の開発に目を向けた達成目標として示している。98年5月のバーミンガム・サミットにおいても、より貧しい開発途上国の努力を支援するため新開発戦略の示すパートナーシップに対する支持が表明された。
我が国の二国間援助においては、こうした「人間中心の開発」を強調する国際的な流れを反映するように努めており、社会開発分野の援助は93年以来一貫して二国間援助実績の20%以上を占めてきている。(注)国連開発計画(UNDP)、「人間開発報告1997」
社会開発は、経済開発によって得られた利益が広く貧困層を含めた人々に稗益するための手当という面からも必要である。また、持続可能な開発のためには、教育や保健等の社会的側面での良好な環境の下で能力のある個人が主体的に経済活動に参画することが不可欠である。
こうした社会開発や持続可能な開発のための開発途上国の努力を支援するために、社会インフラ等の分野における支援を行っていく必要があり、97年には、二国間援助により33.31億ドル(二国間援助の22.8%、前年は20.9%、約束額ベース、以下同様)の支援を行った。(2)経済インフラ分野
- (イ)水供給及び衛生
現在、世界で約11億人が衛生的な水へのアクセスを持たず、約29億人が衛生施設ヘのアクセスを欠いているといわれている(注)。こうした中、97年6月の国連環境開発特別総会で水問題の重要性が指摘され、98年4~5月の「国連持続可能な開発委員会」において水問題に焦点を当てた議論がなされるなど、国際的関心が高まっている。
上下水道の整備等による衛生的な水の供給は人々の健康を守るための基礎であり、我が国二国間援助で重視している。この分野において我が国は97年はアジア、アフリカをはじめ世界33ヶ国に対し、無償、円借款等により、合計で15.28億ドル(二国問援助の10.4%)の支援を行った。更に、97年度に決定された協力により、約2000万人が居住する地域に対して安全な水の供給のための協力が行われる予定である。
協力の内容としては、上水分野について、円借款や無償資金協力による水源の開発、浄水場・上水道網の整備、青年海外協力隊や草の根無償資金協力による井戸掘削等を行い、また下水分野への援助として、円借款や無償資金協力により、下水処理場や下水道網の整備を実施している。なお、水関連の協力としては、この他に農業(農業用水関連)や環境(水質モニタリング等)に分類されるものがある。
(注) 世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)、「Water Supply and Sanitation Sector Monitoring Report 1996」 保健医療分野については、多数の開発途上国においては依然として保健サービスのレベル、サービスへのアクセスともに十分でなく、予防や治療の可能な疾病対策が重要課題となっている。80年代に経済危機に直面した中南米や最近のアジアの経済危機の際の経験からも、危機が特にこの分野に深刻な影響を与え、将来にまで爪痕を残し得るため、予算資源配分に関して特に配慮する必要があることが指摘されている。
我が国は、開発途上国自身の医療施設の維持能力等にも配慮しつつ、相手国の医療体制の実状にあわせ、感染症対策、保健所や母子保健をはじめとしたプライマリー・へルス・ケア関連の支援、病院建設・運営管理や医学研究への支援など各種の協力を行っており、97年は3.82億ドル(二国間援助の2.6%)の支援を行ったが、このうち無償資金協力によるものは2.12億ドル(保健医療分野の援助の55.5%、無償資金協力全体の9.1%)であった。(人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティヴ(GII))
人口・エイズ問題については、94年2月の日米首脳会談の際、人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティヴ(GII)として、我が国として、94年度から2000年度までの7年間で総額約30億ドルを目途に人口・エイズ分野における開発途上国への支援を拡大する旨発表した。GIIの実施に当たっては、母子保健・家族計画等の直接的な協力に加え、基礎保健医療、初等教育、女性の地位向上なども含めた包括的アプローチが採用されている(注)。GIIを推進するため96年度までに12ヶ国でプロジェクト形成調査を実施したのに加え、97年度にはヴィエトナム及びジンバブエにもプロジェクト形成調査団が派遣された。
なおこの分野においては、他の援助国、国際機関更には民間援助機関(NGO)との連携が重要であり、GIIのプロジェクト形成調査団には米国やフランス、あるいは国連エイズ合同計画(UNAIDS)や国連児童基金(UNICEF)等からも参加を得ている。NGOについては、現地NGOの活動に対する支援の他、人口・エイズ・プロジェクト形成調査団へのNGOの参加(9ヶ国)等が行われた。こうした努力のもと、GIIの実績は97年度までの4年間で既に約24億ドルに達している。
国際機関を通じた協力については、97年度は人口に関しては国連人口基金(UNFPA)に対し約7,500万ドル、エイズに関してはUNAIDSに対し600万ドルの拠出を行なった。
(注) 人口計画及びリプロダクティブ・へルス(性と生殖に関する健康)分野は、DAC統計上保健医療分野とは別となっており、上記の保健医療分野の実績には含まれていない。GIIに含まれるプロジェクトの実績は、DAC統計上保健、教育、人口計画に分かれて分類されている。 子供の健康については、我が国はこの中で特にポリオ根絶への協力を重視しており、「2000年までに地球上からのポリオ根絶」という世界保健機関(WHO)の目標に向かって積極的に支援している。これまで重点的に援助を実施してきた西太平洋地域においては、既にポリオ根絶は最終段階にあり、現在、南西アジアやアフリカへと比重を移してきている。97年度には19.1億円(約1,600万ドル)の協力を行った。こうした我が国の積極的関与もあり、世界のポリオ発生件数は88年の3万5,251件から、96年には3,755件に激減するなど、目覚ましい成果が得られている。なお、97年度より開始された子供の健康無償(含むマラリア対策等)の実績は、23.8億円(約2,000万ドル)であった。
98年3月には、NGO等の参加も得た「日米コモン・アジェンダ・オープン・フォーラム」が開催され、人口・エイズ及び子供の健康に関しても日米協力、NGOとの連携、アフリカへの支援の強化を更に進めるべく活発な議論が行われた。97年6月のデンヴァー・サミットにおいて、橋本総理大臣(当時)が国際寄生虫対策の重要性を指摘し、その際の提案に基づき、98年5月のバーミンガム・サミットにおいて、マラリア等を含む国際寄生虫対策に関する報告書が我が国より提出され、効率的な国際協力の推進に関する提言等が示され、また、「人づくり」と「研究活動」を内容とする活動拠点をアジアとアフリカに設置し、WHO等とも協力してネットワークの構築を図る提案を行ない、そのための準備が行われている。
教育分野への開発援助の重要性は近年益々強く認識されるに至っており、DACの「新開発戦略」においても、「2015年までの初等教育の普及」や「2005年までの初等・中等教育における男女格差の解消」が目標として掲げられている。特に最近は教育の中でも土台となる基礎教育への支援の必要性が注目されている。我が国は97年には、教育分野において10.82億ドル(二国間援助の7.4%)の支援を行った。
協力の内容としては、教育関係施設建設、放送教育の拡充、教員の養成・再教育等への無償資金協力、青年海外協力隊の派遣、教育関連施設拡充や人材開発を目的とした円借款の供与等を行っている。
この中で、基礎教育については、93年度から97年度までの5年間で約16,000校の学校について校舎建設・資機材供与等の資金協力を行うことを決定し、着実にその実施を図っているところである。このうち、97年度には17ヶ国で1,100校以上の学校の校舎等の建設への協力が決定されている。また、97年度には人材育成に関し、我が国への留学・研修、我が国よりの専門家派遣及びこれらのプログラムに必要な施設の整備に関する円借款について、0.75%、償還期間40年(据え置き期間10年を含む)という国際的に最も優遇された条件を適用することとした。また、97年度は約90ヶ国の開発途上国から約7,000人の国費留学生を受け入れた。貧困克服のためには経済成長が不可欠である。経済成長はまた、上記(1)ような社会開発面での必要な手当を財政面で支えるため、社会開発を進める観点からも重要である。また、経済成長の軌道に乗っている国においても、急速な発展に伴うハード・ソフトのインフラ不足が経済成長の制約要因となっている場合がある。更に、開発途上国の経済発展を支援しその繁栄を促進することは、貿易を通じた国際分業により相互の利益の拡大をもたらす。このような観点から、開発途上国の経済開発を促していく上で、従来より政府は経済社会開発の重要な基礎条件である経済基盤(インフラストラクチャー)への支援を重視しており、97年には経済インフラ等に関し円借款を中心として協力を行い、二国間援助の44.7%(前年40.7%)を占める65.35億ドルの支援を行った。
(3)食料・農業
- (イ)運輸
運輸分野に対する支援については、効率的な運輸インフラの整備・維持は経済・社会開発の促進に必要な要素である。97年は31.19億ドル(貯蔵関連を含む、二国間援助の21.3%)の支援を行った。例えば、インドネシアにおいては、鉄道路線総延長の12%に相当する799kmの路線がこれまで円借款によって建設・修復されているが、97年度には135kmの複線化を目的とするジャワ北幹線鉄道複線化計画に対して円借款を供与した。
運輸分野においては、道路、鉄道、空港、港湾等のインフラ整備に見られるように大規模であり、かつ経済的効用が見込まれるものが多く、円借款の比重が高い(運輸分野全体の83.0%)。またこの分野では運輸関連の工場整備、教育施設等に対する資金協力、総合交通計画策定等に対する技術協力等により幅広い協力を行っている。エネルギー供給体制の整備は経済開発を支えるため必要であり、またエネルギー効率の向上によりエネルギー消費量を押さえることは持続的開発のために重要との認識の下、エネルギー分野については97年は30.88億ドル(二国間援助の21.1%)の支援を行った。例えば、ヴィエトナムにおいては、現在の全国総発電容量は4,480MWであるが、今後2,075MWの発電設備が複数年にわたる円借款によって建設される予定である(本件協力により総発電容量は45%以上増加)。97年度も255億円(約2.1億ドル)の円借款を発電設備建設のため供与した。
エネルギー分野の協力については発電所関係が多いが、近年民生向上や貧困対策のための送配電や地方電化に関する協力も増加している。この分野の協力は、比較的規模が大きく、ある程度の収益性もあることから円借款による協力が中心となっているほか、技術協力として省エネルギー、環境対策等の技術移転や専門的な人材育成、エネルギー利用に関するマスタープラン作成等も行っている。通信ネットワークの整備には膨大な資金を要し、開発途上国においては人口100人あたりの電話普及率が1台にも満たない国が50ヶ国近くも存在する状況にある。
近年、東南アジア諸国をはじめとする一部の経済発展の進んだ開発途上国においては、通信ネットワークの整備において民間資金を利用したいわゆる民活インフラ整備の動きが目立つようになってきている。しかし、民活による通信網整備の推進が困難な国や地方における通信網の整備においては、引き続きODAによる通信網整備のニーズは大きい。また、電気通信分野においては技術革新、経営形態の変化、新サービスの提供等の経営環境の変化が見られ、これに対応した人材育成を必要に応じ実施していくことが重要となっている。こうした点を踏まえ、97年には通信分野において、2.48億ドルの支援を行った。例えば、テュニジアに対する「通信網整備計画(2)」(約91億円)への円借款供与がある。世界的に食料需要の大幅な増加が見込まれる一方、世界の食料生産については様々な制約要因も指摘されている。また、96年11月の「世界食料サミット」において採択された「世界食料安全保障のためのローマ宣言」において、世界の食料安全保障の達成と栄養不足人口の半減等に各国が協調することが述べられるなど、世界の食料・農業問題は重要な課題である。
我が国は、こうした状況を踏まえ、農業分野において97年は二国間援助の5.9%を占める8.56億ドルの支援を、また、水産分野においても同じく0.8%を占める1.24億ドルの支援を行った。その内容としては、食糧増産援助(肥料、農業機材等の供与)の他、灌漑施設整備、漁港の整備、流通システム改善等に関する無償資金協力や研修員受入、専門家派遣、プロジェクト方式技術協力、青年海外協力隊等を活用した農業技術の研究・普及に関する支援、円借款による農民金融への支援(97年度は、例えばタイに対する「地方農村開発信用事業(5)」への123億円の支援を決定した)等、各種農業関連プロジェクトがある。92年の国連環境開発会議(UNCED)以降5年間の環境問題に関する各国の取り組みを振り返り、今後の取り組みに対する姿勢を確認するため、97年6月、国連環境開発特別総会(UNGASS)が開催された。UNCEDにおいて我が国が表明した、「92年から5年間で、9,000億円から1兆円を目途として環境ODAを拡充・強化する」との方針については、我が国は当初の目標を4割以上上回る約1兆4,400億円の実績を達 したが、更にUNGASSにおいて、我が国は、今後のODAを中心とした我が国の環境協力政策を包括的に取りまとめた構想である「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」を発表した。
ISD構想は、基本理念として①人類の安全保障、②自助努力、③持続可能な開発を上げており、また我が国の今後の協力の柱となる行動計画を(1)大気汚染・水質汚濁・廃棄物対策、(2)地球温暖化対策、(3)自然環境保全、(4)「水」問題、(5)環境意識向上の分野に分けて示している。
(注) DACにおいては、様々なセクターを包含する環境分野を累計する項目がなく、新たな項目を検討中である。例えば、我が国の環境ODAは、DAC分類上、「環境保護一般」(環境政策等)の項目に加え、水供給・衛生、エネルギー、林業、工業等多岐にわたるセクターにまたがっている。
(5)地域紛争・対人地雷問題への取り組み
- (イ)「21世紀に向けた日中環境協力」
97年9月の日中首脳会談において、ODAを活用した新たな環境協力構想である「21世紀に向けた日中環境協力」が合意された。これは、ISD構想の具体化の一つであるが、①日中環境開発モデル都市構想と②環境情報ネットワーク整備への協力の2つの柱からなる。前者は、日中双方の合意によって定める中国の2~3のモデル都市において、大気汚染(酸性雨)対策、循環型産業・社会システムの形成、温暖化対策を中核とする環境対策の成功例を作ろうとする意欲的な構想である。現在日中両国において専門家委員会が設置され、具体的対策の検討が進められており、98年3月には専門家委員会第1回合同会合が開催された。環境情報ネットワーク整備への協力は、日本の協力により北京市に建設された「日中友好環境保全センター」を中心に、中国全土にわたる環境情報に関するネットワークの構築を支援するものであり、将来的にこれを「東アジア酸性雨モニタリング・ネットワーク」とも連携させることが予定されている。
なお、97年9月の日中首脳会談の際、円借款について、一定の環境案件(地球環境問題対策案件と公害対策案件)、及び実施の際に環境配慮を必要とする案件のコンサルタント部分に対して国際的にも最も優遇された条件の特別環境案件金利(金利0.75%、償還期間40年)を導入することが発表された。更に97年12月、我が国は、気候変動枠組条約第3回締約国会議の議長国として、ODAを中心とした温暖化対策開発途上国支援を一層強化するため、「京都イニシアティヴ」を発表した。これはISDの行動計画において示されていた温暖化対策を具体化するものであった。
「京都イニシアティヴ」は3つの柱からなっており、第一に、平成10年度から5年間で3,000人の温暖化対策関連分野の開発途上国における人材育成に協力することを表明した。第二に、97年9月に導入された円借款の特別環境案件金利の対象範囲を、省エネルギー、新・再生可能エネルギー、森林の保全・造成等の温暖化対策に資する分野へも拡充すること、第三に、我が国が公害・省エネ対策の過程で培った技術・経験を活用し、開発途上国の実状に適合した技術の開発・移転、調査団派遣、ワークショップの開催を行うことを表明した。民族・宗教対立等に起因する地域紛争の増加により急増した諸問題は、冷戦終結後の世界にとっての大きな挑戦として立ち現れている。こうした問題、特にその予防については、ODAによっても、開発途上国の貧困の緩和に向けた支援により貢献することが可能である。また、地域紛争の終結後は打撃を受けた地域の復興が課題となるが、特に対人地雷は紛争終結後も一般市民を死傷させ、復興開発に大きな障害となっているのみならず、人道的にも看過できない問題となっている。我が国は、97年12月、カナダのオタワにおいて行われた対人地雷禁止条約(同年9月採択)の署名式に小渕外務大臣が出席し同条約への署名を行った。さらに我が国は、地雷の除去や犠牲者支援等のため、今後5年間を目途に100億円程度の支援を行う旨表明した。
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