援助の現場から 3
連携が生み出すアフリカの栄養改善
~ 味の素が取り組む新しい離乳食 ~
プロジェクト現地を訪れた中尾さんとガーナの子どもたち(写真:中尾洋三)
味の素株式会社CSR部で専任部長を務める中尾洋三(なかおようぞう)さんが同社でCSR部を立ち上げたのは2005年のことでした。CSRとは企業の社会的責任のことです。中尾さんは、「社会への貢献を事業を通じて実現することはできないだろうか?」と考えるようになりました。参考になったのが生活用品のグローバル企業、ユニリーバの取組でした。同社では、小分けにした石けんを現地の女性起業家たちが販売することで、自社商品を売りながら手洗いの習慣のないインドの農村部で公衆衛生を改善していったのです。
味の素(株)では、1995年から2007年にかけて、バングラデシュやガーナなど栄養問題を抱える5か国でアミノ酸の一種、リジンが人の栄養に与える効果について実証試験をしてきました。
ガーナでは乳幼児の栄養状態の低さもあって1歳未満の乳児の死亡率は1000人当たり51人と高い状況にあります(2010年WHO世界保健統計)。中尾さんは一連の実証試験の成果を活かし、同国で乳幼児の栄養を改善するビジネスができないかと提案。味の素(株)では、2009年の創業100周年記念事業の一環として「ガーナ栄養改善プロジェクト」を始動させました。ガーナでは、伝統的に生後6か月以後の乳児に離乳食として発酵コーンのお粥であるKoKo(ココ)を食べさせる習慣があります。この食事には、エネルギーやタンパク質等が不足しており、子どもの成長の遅れを引き起こす原因の一つとなっています。プロジェクトでは、ココに混ぜる栄養価の高いサプリメントを開発する方針を決定。サプリメントは、大豆粉をベースにタンパク質、アミノ酸、ビタミン、ミネラルなどを加えることで、ガーナの乳幼児が摂取できていない栄養素を補い、健全な発育を促します。
「KoKo Plus」を添加したトウモロコシのお粥を試食する幼児(写真:中尾洋三)
味の素(株)にとって従来のビジネスとの大きな違いは、数多くの社会セクターとパートナーとして手を携えることでした。中尾さんはその背景をこう語ります。「乳幼児の栄養改善という社会的課題に取り組むことにより、援助機関やNGOなど多くの組織団体から、プロジェクトの目的に賛同、理解を得られたのです。一企業だけですべてを解決するのではなく、役割分担しながら目的を達成する。協力関係を活用してビジネスを成立できないかと考えました。」
まず、アミノ酸の実証試験のプロジェクトで連携していた米国のNPOや地元のガーナ大学。さらにはガーナ保健省とも覚書を結び、正式な協力を得ました。JICAからは「協力準備調査(BOPビジネス※連携促進)」という官民連携の開発支援調査の事業の一つに選ばれました。アメリカの国際開発庁(USAID)からは、流通モデルづくりの調査のために資金やノウハウの提供を受けることになりました。日米の政府機関が連携してプロジェクトを支援することになったのです。
2012年9月までに、現地の食品会社に技術指導を行い、ココに添加する栄養サプリメントの生産体制が整いました。今後は、プラン・ジャパンやケア・インターナショナル・ジャパンといった国際NGOの協力を得ながら、貧困層の割合が高い農村部で、栄養効果の調査を行うとともに、商品ココプラス(KoKo Plus)を流通させるネットワークづくりをしていきます。
商品の流通開始予定は2013年末。味の素(株)ではNGOなどとの連携によって口コミによる広告効果を見込んでいます。広告宣伝費を抑えることで貧困層でも買える価格の実現を目指していきます。中尾さんはビジネスの意義についてこう語ります。「子どもには体に良いものを与えたい、というのは母親たちの共通の想いです。その潜在的な需要を顕在化できるかがビジネスにできるかの鍵。今回は様々な団体と連携しながら、少ない投資額で成果を上げようとしているので、調整には時間がかかりますね。価格を抑えようとしても商品の劣化を防ぐためには高価で安全な包材が必要なことなど困難も多くあります。ただ、軌道に乗れば、周辺のアフリカ諸国への展開も可能ですし、何よりも味の素(株)という企業にとって大きなイノベーションになるものと信じて取り組んでいます。」
約100年前から開発途上国を市場としてとらえてきた味の素(株)。BOPビジネスの先駆けともいえる同社は、ガーナで開発支援と融合する新しいビジネスのあり方を提示しようとしています。