援助の現場から 4

保健ボランティアの育成を支援し、母子健診を実現
~ 東ティモールで活動するNGOシェア ~

保健ボランティアから活動の様子を聞く吉森さん
(写真:吉森悠)

保健ボランティアから活動の様子を聞く吉森さん (写真:吉森悠)

インドネシアに隣接する東ティモールは、2002年に独立を果たしました。しかし、独立に向けた戦闘により道路や橋などのインフラは破壊され、保健医療施設も大きな被害を受けたため、多くの人々が医療サービスを受けられない状態が続いてきました。東ティモールでは2010年の時点で5歳未満児の死亡率は出生1000人当たり55人、2008年の時点で妊産婦の死亡率は出生数10万人当たり370人に上ります。

同国では今、国内の医療従事者が極端に不足しています。1999年の騒乱前には医師の数は135人でしたが、紛争により東ティモールを離れる医師が相次ぎ、国内に医師が13人しかいない時期もありました。極端な医師不足という非常に限られた条件の下で保健サービスを充実させていくために、保健省は2005年に、「保健ボランティア制度」を導入し、保健ボランティアが母子健診の要素を含む母子保健についての教育を行えるようにしました。村落ごとに住民の代表者を研修し、妊産婦や母子の健診を自主的に実施できる体制づくりを始めたのです。

独立以前の1999年から東ティモールで医療支援活動をしてきた日本のNGOにシェア(国際保健協力市民の会)があります。保健医療を専門とするシェアでは、同国の保健システムの改善を支援してきました。2007年からは、JICAの草の根技術協力事業として「アイレウ県における保健スタッフ主体のFHP※1養成プログラム」を実施しています。

妊娠4か月の女性を戸別訪問し、健診を促す助産師と保健ボランティア
(写真:吉森悠)

妊娠4か月の女性を戸別訪問し、健診を促す助産師と保健ボランティア (写真:吉森悠)

吉森悠(よしもりゆう)さんは、管理栄養士としての実績を積みながら、母子の栄養改善など自らの知識と経験を活かして国際支援の現場で働くことを目指し努力を積み重ねてきました。その結果、2009年11月から2012年1月まで現地でシェアのプロジェクトマネージャーを務めることになったのです。「保健ボランティアを育成する立場の県の保健職員は研修をうまくできずにいました。職員の能力を高め、結果として県内全域に保健サービスを広げていくのが私たちの任務でした。村落で直接サービスを行う国際NGOもありますが、シェアではこの国自身が設けた保健ボランティア制度を機能させることこそ、人々の健康を効果的に改善するものだと考えました。」

アイレウ県は東ティモール13県の中でも内陸部の山の多い地域で、村落の住民の力を借りなければ山間部の僻地に保健サービスを広げていくことは不可能です。吉森さんとシェアの6人の現地スタッフは、県職員に根気強く声をかけ、保健ボランティア研修の準備を共に行っていきました。年間計画やテキストづくり、ボランティアの研修など保健職員の業務を支援していく中で、吉森さんが心がけたのは「振り返り」を促すことです。業務の質を向上させるために、実施の結果を確認するよう働きかけていったのです。業務を習慣化し、成果が出ると、職員たちも自発的に企画・提案をするようになりました。「東ティモールの人々は自分たちの国を良くしていきたい、という意識がとても高い。ですから、職員たちの夢を理解し、共有することを目指しました。」

成果は村落の住民の姿勢に大きく表れました。以前は「私たちには関係ない」という態度をとってきた人々は、プログラムが浸透するにつれて、村で会議を行い、健診をどうするべきかを話し合うようになりました。地道な積み重ねは保健省にも認められました。13ある県の中でもアイレウ県の成果が高いとして、全国会議で同県の保健職員が発表を行うよう指名されたのです。

200人の保健ボランティアが育ったアイレウ県では定期的な健診も実施され、受診率も大幅に上がりました。しかし、未だに5歳未満の子どもたちの半数は低栄養・低体重の状態にあり、保健教育の充実など課題は山積しています。吉森さんは職員と村人の協力こそが状況改善の鍵だと語ります。「保健職員はエリート意識が強く、どこか『村人には教えても分からない』と考えがちです。でも、それは違う。村人には知恵があり、行動力もあります。職員が村人に目を向け、僻地の生活を知るようになっていけば、村人と力を合わせて予防可能な病気で亡くなる人が減っていくでしょう。」

※1 FHP:Family Health Promoter。保健ボランティアの略。


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