援助の現場から 2
国際航路を守るマレーシアの「海猿」たち
~ 海上保安能力向上プロジェクト ~
MMEA創立記念式典での長崎さん。次長や研修生と(写真:長崎克明)
東南アジアのマレーシアには、年間約9万4,000隻が通航する世界的な船舶交通の要所・マラッカ海峡をはじめ、領海内に数多くの国際航路があります。海事関連の産業は、同国にとって重要な分野であり、その規模は国民総生産の約20%に及びます。しかし近年は、外国漁船による密猟や海難事故、密輸、海賊、海上強盗、密入国など海上における犯罪の増加が深刻な問題となっています。同国では、こういった問題に対処するために、2005年11月に「マレーシア海上法令執行庁(MMEA)」を創設しました。
2005年にMMEAが業務を開始する際、日本は海上保安庁の職員をJICAの専門家として派遣。海上保安業務を行うために必要な運用体制や人材育成に関する技術支援を行ってきました。2009年からは技術協力「海上保安能力向上プロジェクト」がスタート。従来の支援に加えて、海上法令の執行、海上捜索救助といった、より専門的な知識や技術の移転が行われています。現在海上保安庁からは5代目となる長期専門家、長崎克明(ながさきかつあき)さんが派遣され、現地で活動しています。「MMEAが日本に協力を要請し、訓練を続けているのには理由があります」と長崎さんは語ります。「創設間もない2006年に大規模な海難事故や警備に対応することを目的として、特別部隊を設立しました。マレーシアの海域では、2009年から2010年にかけて船舶火災事故が何度も発生しましたが、この特別部隊が出動することはありませんでした。当時まだ、大規模な事故などに対応するだけの知識や技術、装備が備わっていなかったからです。」
酷暑の中、研修生に対して熱心に指導に当たる「海猿」たち(写真:長崎克明)
この事態を深刻に受け止めたMMEAでは、特別部隊の中に海難事故に対応する特別チームを設立することを決定。JICAおよび海上保安庁にチームの育成に必要な支援を依頼しました。海上保安庁では、JICAとMMEAからの要請に対して、特殊な海難事故への対応を専門とする特殊救難隊や潜水士の派遣を決定しました。潜水士たちは「海猿」の異名を持つプロフェッショナルたちです。2010年から2012年までに延べ7名の隊員が派遣され、専門的な知識や技術を提供することになりました。
「海上保安庁の潜水士たちは、マレーシアの仲間たちの技能を向上させるために、培ってきた知識や経験を惜しみなく提供したい、という志のもと現地へと赴きました。」
海難事故の現場では、救助にあたる隊員もまた死と隣り合わせです。訓練では、過酷な状況に対応するために妥協や甘えは一切許されません。海上保安庁の潜水士たちは35度の酷暑の中、MMEAの隊員を熱心に指導してきました。時には、休憩を忘れて隊員たちの質問に答えたり、訓練に使用するロープの結び目が少しでも緩んでいると、自ら指導し何度もやり直しをさせるような厳しい指導風景も見られたといいます。指導において相手の持つ独自の文化や宗教に気を配ることも大切です。実際の訓練において、マレーシアの文化やイスラム教の礼拝時間に配慮することで、MMEAの隊員たちは心乱されることなく訓練に取り組めたといいます。
訓練の甲斐もあって、MMEAの隊員たちの技術は目をみはるほどに向上しました。訓練に特別研修生として参加した地元の港湾救助チームに対し、基礎的なレンジャー技術であれば指導できるレベルにまで達しました。しかし、長崎さんはMMEAにさらなる成長を望んでいます。「マレーシアは先進国の仲間入りを目指し開発を進めていますが、そのためには海の安全を担うMMEAの成長も不可欠です。MMEAでは、2040年までに世界で最も優秀な沿岸警備隊(コーストガード)になることを目標として組織づくりを進めています。訓練を受けたMMEAの隊員たちには自らの組織を成長させるとともに、中東やアフリカなど他の途上国で海上保安組織の育成などもできるようになっていってほしいですね。」