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4.平和の構築
 冷戦後の国際社会においては、民族・宗教・歴史等の違いによる対立が世界各地で顕在化し、地域・国内紛争が多発するようになりました。こうした紛争では、被害者の大多数が子どもを含む一般市民であり、難民・避難民が発生します。このような難民・避難民の問題は人道問題や人権侵害の問題に発展します。また、紛争は長年の開発努力の成果を瞬時に失わせ膨大な経済的損失を生み出します。平和と安定は、開発と発展の前提条件であり、国際的な開発目標であるMDGs達成にも、平和の構築が重要な役割を果たします。
 国際社会では、1992年にブトロス・ガリ国連事務総長(当時)が、「平和への課題」を発表し、その中で平和の構築の重要性を提示しました。そして、2000年8月に国連はこれまでの活動経験を踏まえて「ブラヒミ・レポート」を発表し、平和の構築を「平和の基礎を組み立てなおし、単に戦争が存在しないだけでなく、その状態以上を構築するための手段を提供するもの」と位置付けました。また、様々な国際機関においても紛争地域における平和の構築に向けた支援に取り組んでいます。例えば、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR:United Nations High Commissioner for Refugees)においては紛争により発生した難民・避難民に対する緊急援助、帰還支援等への取組を、UNICEFにおいては紛争地における子どもに対する取組を紛争要因や紛争形態に合わせて実施しています。2006年6月には、日本も創設メンバーである平和構築委員会が紛争解決から復興に至るまでの一貫したアプローチに基づき、紛争後の平和構築のための統合戦略を助言することを目的として活動を開始しました。
 このような国際社会の情勢に並行し、日本は、2000年7月には「「紛争と開発」に関する日本からの行動-アクション・フロム・ジャパン」を発表し、紛争予防-緊急人道支援-復旧・復興支援-紛争再発防止と本格的な開発支援という一連の紛争のサイクルのあらゆる段階で被害の緩和に貢献するため、ODAによる包括的な支援を行っていくことを表明しました。また、2005年4月に開催されたアジア・アフリカ首脳会議において、小泉総理大臣(当時)は、アジア全体で取り組むべき問題として、経済協力、平和の構築、国際協調の推進を取り上げました。さらに、2006年4月から5月にかけて、エチオピア及びガーナを訪問した際に、アフリカの平和と発展に向け、日本は積極的に支援していくことを表明しました。
 日本は、ODA大綱において、平和の構築を重点課題の一つとして掲げています。具体的には、紛争の予防や緊急人道支援とともに、紛争の終結を促進するための支援から、紛争終結後の平和の定着や国づくりまで継ぎ目なく支援を行い、平和と安定を確保します。また、ODA大綱を受けたODA中期政策では、平和の構築とは、「紛争の発生と再発を予防し、紛争時とその直後に人々が直面する様々な困難を緩和し、その後、長期にわたって安定的な発展を達成すること」を目的としたものであると定義しています。そして、支援を実施していく上での具体的なアプローチ及び取組を提示し、人々が「平和の配当」を実感し、社会の平和と安定につながるよう、国際機関や他ドナー、国内の民間部門やNGOと協力して積極的に支援していくことを表明しています。
 日本は、これまでイラク、アフガニスタン、スーダン、カンボジア、スリランカ、コソボ、東ティモール、パレスチナなどにおいて平和の構築への具体的な取組を行ってきており、今後とも、同分野にODAを活用した取組を積極的に行っていきます。

(1)イラク
 日本を含む国際社会は、イラクの平和と安定の実現のために、イラクの国づくりへの支援を進めていく必要があります。イラクが主権・領土の一体性を確保しつつ、平和な民主的国家として再建されることは、イラク国民にとって、また、中東及び国際社会の平和と安定にとって極めて重要であり、石油資源の9割近くを中東から輸入する日本の国益にも直結しています。
 日本はこれまで、自衛隊派遣による人的貢献とODAによる支援を「車の両輪」としてイラク復興支援を実施してきました。陸上自衛隊は2006年7月にイラクでの活動を終えましたが、日本は今後もイラク支援を積極的に続けていきます。
 ODAによる支援については、マドリードにおける2003年10月のイラク復興国際会議の際に、当面の支援として、電力、教育、水・衛生、保健、雇用などイラク国民の生活基盤の再建及び治安の改善に重点を置いた総額15億ドルの無償資金の供与、また、中期的な復興需要に対しては、電力、運輸等の分野でのインフラ整備に対する円借款を中心とした最大35億ドルまでの支援を行うことを表明しました。総額15億ドルの無償資金の供与については、2005年5月までに全て実施・決定しています。こうした支援は、経済・社会面での復興を支援するとともに、イラクの政治プロセスを後押しする役割も担っています。

(イ)イラクに対する二国間支援
 イラク政府機関などに対する日本の無償資金による直接支援は、総額約9億ドルに上ります。これまで順次決定してきた緊急無償資金協力案件のうち、「警察車両供与計画」、「移動式変電設備供与計画」、「消防車両供与計画」、「防弾車両供与計画」、「サマーワ市ゴミ処理機材供与計画」は2006年3月までに完了し、支援の成果が現地で実感されつつあります。
 円借款による支援については、イラク側との協議や各種調査を経て、2006年10月までに、「港湾整備計画」、「灌漑セクターローン」、「アル・ムサイブ火力発電所改修計画」、「サマーワ橋梁・道路建設計画」、「バスラ製油所改良計画(E/S)」及び「コール・アルズベール肥料工場改修計画」を実施するために必要な総額1,000億円(約8.6億ドル)を限度とする円借款を供与する意図をイラク政府に伝えました。
 イラクの債務問題については、2004年にパリクラブにおいてイラク債務(総額約389億ドル)の80%を3段階で削減する合意が成立したことを受けて、2005年11月に日本が有する約76億ドルの債権(日本は第一位の債権国)を3段階に分けて合計80%削減する二国間合意が日本・イラク間で署名されました。債務削減スケジュールはIMF支援プログラムと連動しており、2006年9月現在、第2段階まで進展しています。

図表II―21 日本のイラク復興支援(2006年10月までに実施決定した無償資金による当面の支援)

図表II―21 日本のイラク復興支援(2006年10月までに実施決定した無償資金による当面の支援)

column II-9 エリトリア除隊兵士の社会復帰のための基礎訓練プロジェクト

●キャパシティ・ビルディング支援
 復興が着実に進展するためには人材育成が重要であるとの考えから、日本は、研修事業を通じて様々な分野において、イラク人の行政官や技術者のキャパシティ・ビルディング支援を行ってきています。2004年3月から2006年3月までに日本やエジプトやヨルダンといった周辺国において研修を受けたイラク人は約1,300人に上ります。

エジプトでの第三国研修(写真提供:JICA)
エジプトでの第三国研修(写真提供:JICA

 具体的には、日本はエジプトと協力し、イラクの医療分野の復興を支援しました。特に、小児科などのニーズの高い分野での人材育成に重点を置き、カイロ大学を中心としたエジプトの医療機関において、2004年3月、10月、2005年3月、7月、2006年5月の5度にわたり、500名近いイラク人医療関係者の研修を行いました。また、ヨルダンにおける第三国研修では、電力、統計、水資源管理、上下水道、博物館・遺跡管理、IT教育の分野でヨルダン側の各関係機関の協力を得て、約500名(2006年3月時点)のイラク人関係者が研修を受けました。さらに、日本での研修を通じてイラクの政治プロセスを支援しました。具体的には、イラク独立選挙委員会に対し、2004年12月、2005年5月に2回の研修を行い、2005年6月、ハサニー議長をはじめとするイラク移行国民議会各会派から幅広い参加を得て憲法制定支援セミナーを開催しました。

●ムサンナー県における取組
 サマーワを中心とするムサンナー県では、自衛隊の活動と連携し、総額2億ドル以上を投入して草の根・人間の安全保障無償資金協力や緊急無償資金協力といったODAによる支援を実施してきました。特に、安全な飲料水の提供、電力供給の安定化、基礎的な医療サービスの提供、衛生状態の改善、教育環境の改善、生活道路の確保、雇用機会の創出、安全な生活を送るための治安回復及び人材育成を優先課題として取り組んできました。
 電力分野では、2005年5月にサマーワ大型発電所建設計画に対する緊急無償資金協力の実施を決定しました。この協力により県全体の電力総需要(200MW)の約3分の1が供給されることになります。給水分野では、草の根・人間の安全保障無償資金協力による「ムサンナー県安全な水へのアクセス改善計画」の実施により、県民一人当たり毎日約5リットルの安全な飲料水を提供しています。さらに、2005年12月、イラク特措法基本計画延長の閣議決定(臨時閣議)に合わせて、特に現地のニーズが高い雇用の促進及び電力事情の改善に貢献するため、UNDPが実施する「イラク復興雇用計画III(IREPIII)」及び「ムサンナー県電力網強化計画」に対して緊急無償資金協力総額約1,440万ドルを供与することを決定しました。自衛隊との具体的な連携としては、ODAにより供与された医療機材の使用方法を自衛隊医務官が指導したり、自衛隊が砂利舗装した道路をODAによりアスファルト舗装したりしました。また、円借款により、サマーワにおける橋梁の新設(1本)及び架替え(2本)等や、ムサンナー県においてもかんがい施設の復旧等を支援することとしています。

「イラク復興雇用計画III」の様子(写真提供:UNDP)
「イラク復興雇用計画III」の様子(写真提供:UNDP)

 このような支援の成果として、県民の基礎的な生活基盤は再建されつつあり、サマーワ市内は賑わいを見せ、住宅建設が進み、セメント工場が稼働を開始するなど、経済活動が拡大する傾向にあります。

(ロ)NGOを通じた支援
 日本はイラクの人道・復興支援のため、医療、教育、給水等の分野でNGOを通じた支援も行っており、その総額は2006年9月現在、約2,700万ドルに上ります。その中で支援総額の9割近くにあたる約2,400万ドルをイラクの復興支援事業に限定して、ジャパン・プラットフォーム(JPF:Japan Platform)(JPFについては第II部第2章第5節1.(6)(ハ)を参照してください)に拠出しました。この拠出により、JPF傘下のNGOが2005年度に、イラク北部3件の国内避難民・帰還民・住民に対する緊急復興事業、バグダッドの小中学校修復事業、北部地域における医療支援を実施しました。
 この他にも日本は、JPF傘下に入っていない日本のNGOや国際NGOに対しても支援を行っています(注1)。日本のNGOを通じては、これまでサマーワ母子病院に対して新生児保育器などの医療機材やサマーワ看護高等学校に対して教育用機材の供与などを実施しました。また、国際NGOを通じては、バグダッドのカーズィミーヤ教育病院に対して医薬品・医療品を供与したり、ムサンナー県では給水車をレンタルして水道管による給水を得られない地域の住民に給水する活動を行うなど、イラクの人道・復興のため、日本は積極的に支援しています。

(ハ)国際機関を通じた支援・国際協調の促進
 日本は、イラク復興支援にあたり国際協調の促進が重要であるとの考えから、マドリード会議で設立が合意されたイラク復興信託基金に、4億9,000万ドル(注2)拠出しました。この拠出を通じて、国連機関や世界銀行が実施する各種復興事業を支援しています(イラク復興信託基金の実績に関しては2005年版ODA白書を参照してください)。また、資金面での貢献だけでなく、同基金に対する最大の拠出国として、日本は同基金のドナー委員会の議長を2004年の1年間務めました。
 イラク復興信託基金への拠出以外では、日本は1億ドル程度の国際機関経由の支援を行っています。
 2005年4月のイラク移行政府の発足を受けた国際協調促進の動きとして、同年6月、イラク国際会議がベルギーのブリュッセルで開催され、日本からは町村外務大臣(当時)が出席して、経済復興セッションの共同議長を務めました。この会議は、政治プロセス、経済問題と復興、治安と法の支配をテーマとして開催されました。この会議の結果を受け、復興支援に関する国際的な取組を具体的に協議することに焦点をあて、7月には第4回イラク復興信託基金ドナー委員会がヨルダンで開催されました。日本は、イラク復興のための国際協調の促進に引き続き努力していきます。

(ニ)今後の支援
 イラクでは、2005年12月に実施された国民議会選挙の結果を受け、2006年5月20日に正式な政府が発足しました。このように、イラクの政治プロセスが進展し、ムサンナー県における治安権限が移譲されたことを踏まえ、日本は陸上自衛隊の同県における人道復興支援活動が一定の役割を果たしたと判断し、2006年7月に陸上自衛隊をサマーワから撤収させました。今後の復興プロセスにおいては、イラク政府より主体的かつ自律的な取組を国際社会が支援していくことが重要です。日本の支援では、15億ドルの無償資金による当面の支援がすべて実施・決定されており、今後は、円借款による支援を進める段階に本格的に移行します。また、資金協力との一層の連携を図りつつ、研修を通じたキャパシティ・ビルディング支援も継続していきます。このように今後とも日本は、イラク人自身による国家再建の努力への支援を積極的に進めていく方針であり、2006年8月、麻生外務大臣はバグダッドを訪問し、マーリキー首相及びズィーバーリー外相と会談を行い、陸上自衛隊撤収後も日本のイラク支援の立場に揺るぎはないことを明確に伝えています。


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