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第1節 ODA大綱の基本方針に関連した取組状況
日本のODA政策に関する理念や原則は政府開発援助大綱(以下、ODA大綱)に明確に掲げられています。その下に、3から5年を目途とする、中期的な援助に関する基本的な指針である政府開発援助に関する中期政策(以下、ODA中期政策)、さらに各国毎の援助を実施していく上で指針となる国別援助計画、分野毎の援助の実施指針となる分野別政策によって枠組みが定められています。
2003年8月に改定されたODA大綱は、「(援助の)理念」、「援助実施の原則」、「援助政策の立案及び実施」、「ODA大綱の実施状況に関する報告」から成っています。
ODA大綱の「理念」ではODAの目的を「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資すること」としています。この目的を達成するため、[1]良い統治に基づく自助努力支援、[2]個々の人間に着目した支援を実施するための「「人間の安全保障」の視点」、[3]社会的弱者、特に女性の地位向上を目的とした「公平性の確保」、[4]日本の経済発展の経験を開発途上国の発展に生かすための「我が国の経験と知見の活用」、[5]国際機関及び他ドナー国との連携を視野に入れた「国際社会における協調と連携」という5つの基本方針を示しました。
そしてこの目的及び基本方針に基づき、重点的に取り組むべき課題として、[1]「貧困削減」、[2]「持続的成長」、[3]「地球的規模の問題への取組」、[4]「平和の構築」を掲げ、開発途上国の平和と発展に向けた支援をしています。
「援助実施の原則」では、ODAの軍事的利用の防止や、被援助国の民主化の促進などに注意を払い、ODAを供与することとしています。
また、「援助政策の立案及び実施」では、ODAを実施するにあたっては、政府全体として一体性と一貫性のある援助政策の立案及び実施を行い、ODAの戦略性、機動性、透明性、効率性を高めていくことが重要であるとしています。また、ODAの原資は国民の税金であることから、政府として国民の理解を得ることに努力する旨明記しています。
「ODA大綱の実施状況に関する報告」では、ODA大綱の実施状況を毎年閣議報告されるODA白書で報告することとしており、ODA実施に関する説明責任を明確にしています。
以下では、ODA大綱の各項目に従って2005年度の実績を報告します。
1.「人間の安全保障」の視点
近年、グローバル化の進展により、テロや環境破壊、感染症、国際組織犯罪といった国境を越えた脅威、また、突然の経済危機や内戦などによる人道上の危機が増大しています。これらの脅威・危機に対応していくには、これまでの様なグローバルな視点、地域・国レベルの視点だけではなく、個々の人間に着目した「人間の安全保障」の視点を導入することが必要になっています。
「人間の安全保障」とは、一人一人の人間を中心に据えて、脅威にさらされ得る、あるいは現に脅威の下にある個人及び地域社会の保護と能力強化を通じ、各人が尊厳ある生命を全うできるような社会づくりを目指す考え方です。日本は、21世紀を人間中心の世紀とすることが重要と考え、この人間の安全保障の考え方を外交の重要な視点の一つとして、2003年8月に改定されたODA大綱の基本方針に明記しました。その後、ODA大綱の改定を踏まえて2005年2月に策定された新ODA中期政策では、「人間の安全保障」の視点をODA全体にわたって踏まえるべき視点と位置づけ、「人間の安全保障」をODAに反映させるために以下のようなアプローチをとることを具体的に例示しています。[1]人々を中心に据え、人々に確実に届く援助、[2]地域社会を強化する援助、[3]人々の能力強化を重視する援助、[4]脅威にさらされている人々への裨益を重視する援助、[5]文化の多様性を尊重する援助、[6]様々な専門知識を活用した分野横断的な援助、といったものです。
日本は、この「人間の安全保障」を援助の現場で実践するため様々な取組を行っており、1999年3月には、日本の主導により、国連に「人間の安全保障基金」を設置しました。同基金に対する日本の拠出は、2006年4月までに累計約315億円に上っており、同基金を通じた支援実績は、2006年3月末現在で149プロジェクト、総額約2.04億ドルとなっています。分野別では、貧困分野43件約5,525万ドル、保健・医療分野38件3,144万ドル、難民対策18件2,405万ドルなどとなっています。また、地域別では、アジアが60件約6,111万ドルでもっとも多く、ついでアフリカが41件約5,654万ドル、欧州(主としてコソボ)が13件約5,248万ドル等です。近年、複数の国連機関が共同で実施する分野横断的な事業が重視されており、2005年度のこのような案件としては、UNDP(United Nations Development Programme:国連開発計画)、WFP(World Food Programme:国連世界食糧計画)、FAO(Food and Agriculture Organization:国連世界食糧農業機関)、UNIDO(United Nations Industrial Development Organization:国連工業開発機関)及びUNICEF(United Nations Children's Fund:国連児童基金)が実施する「タンザニア北西部における持続的な人間開発を通じた人間の安全保障の強化プロジェクト」約368万ドル、UNSCO(Office of the United Nations Special Coordinator for the Middle East:国連中東特別調整官事務所)、UNRWA(United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East:国連パレスチナ難民救済事業機関)、UNICEF、UNESCO(United Nations Educational Scientific and Cultural Organization :国連教育科学文化機関)、UNIFEM(United Nations Development Fund for Women:国連女性開発基金)、UNDP、WHO(World Health Organization:世界保健機関)及びUNFPA(United Nations Population Fund:国連人口基金)が実施する「パレスチナ占領地における社会的弱者支援プロジェクト」約528万ドル、IAEA(International Atomic Energy Agency:国際原子力機関)及びFAOが実施する「エチオピア南大地溝におけるツェツェ蠅及びトリパノソーマ症の除去地帯の確立による地域社会のための開発機会創出プロジェクト」約171万ドル等のプロジェクトが承認されました。
図表II―10 人間の安全保障基金の実績

また、2003年度には、従来の草の根無償資金協力を拡充し、「人間の安全保障」の理念をより強く反映させた「草の根・人間の安全保障無償資金協力」を創設しました。2005年度の実績は、実施国数109か国・1地域(パレスチナ)、実施案件総数1,633件、供与限度額総額約144億円となっており、案件内容でみれば、初等教育、基礎医療、人口・エイズ対策、民生環境といった基礎生活分野におけるプロジェクトが大半を占めており、地域別では、中南米613件約48億722万円、アジア・NIS(New Independent State:新独立国家)諸国458件約38億6,686万円、中東226件約31億8,415万円、アフリカ180件約14億6,022万円等となっています。
2005年度には、ウクライナ共和国において、同国のチェルノブイリ原発事故被害者に対する検診・医療サービス等の改善に向けた、「ジトーミル市立小児病院医療機材改善計画」、「ジトーミル市第二中央外来病院医療機材改善計画」や「チェルノブイリ事故移住者のためのキエフ市内コミュニティー・センターへの支援計画」等、チェルノブイリ関連案件5件を実施しました。これは、日本のチェルノブイリ事故被害者への支援が、事故後約20年を経た現在も続けられていることを示すものです。

ジトーミル市立小児病院での診療の様子
また、同じ2005年度には、ブラジルのマト・グロッソ州タンガラ・ダ・セハ市において、同国の身体・知的障害者とその家族を支援する非営利団体である、「障害者を支える親と友の協会」が運営する養護学校に対し、通学用バスを供与しました。これらの障害者は、ほとんどが低所得家庭の子弟で、バス及び小型ワゴン2台の車両で送迎を受けています。これらの車両は、シートベルトや昇降機、車椅子の固定器具が備えられていない上に、製造後12年が経過し老朽化が進んでいたため、同協会は、障害者用バスを購入するための必要な資金について、日本に支援を要請したことを受けたものです。

「障害者を支える親と友の協会」に供与した通学用バス
column II-1 海外難民の視力改善支援活動 ~株式会社 富士メガネ 代表取締役会長 金井昭雄さん~