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第4節 農業開発

●貧困と飢餓への対応の重要性
 貧困と飢餓は開発途上国にとって深刻な課題です。世界の人口の約5人に1人(約10億9千万人)が1日1ドル未満という極度の貧困の下で生活し、約7人に1人(約8億人)が飢餓に苦しんでいます。このような状況を改善するためには、開発途上国自身による経済成長政策と貧困・飢餓削減に焦点を当てた対策が不可欠です。同時に、国際社会では、緊急人道支援としての食料援助だけでなく、開発途上国における農業生産の強化、水資源の確保、人口増加への対応など様々な支援が必要です。
 特に開発途上国では人口の約6割が農村に居住し、収入の多くを農業に依存して生活しているため、農業・農村開発分野のODAは、農民の所得向上や農村での雇用確保を通じた貧困削減のための重要な取組の一つです。また、多くの開発途上国では、農業が経済において重要な位置を占めていることから、経済成長を通じて貧困人口を削減するためにも農業分野の支援は重要です。さらに、開発途上国の人口増加、水資源の不足、砂漠化の進行といった要因により、世界の食料需給がひっ迫する可能性があり、世界全体の食料安全保障に影響する課題となっています。

●日本の農業分野のODA
 日本は、ODAを通じて貧困と飢餓を克服するために農業分野を重視して、開発途上国の自助努力を支援しています。ODA大綱及びODA中期政策においては、貧困削減や食料を含む地球的規模の問題を重点課題として位置づけた上で、農業生産性向上のために農業政策の立案、かんがい施設や農道などのインフラ整備、農業生産技術の普及、住民組織の強化などを支援することを明記しています。また、村民の所得向上のため、農村地域における農産物加工、市場流通や食品販売の振興などの農業以外の経済活動の強化を支援することも記述しています。2004年の農林水産分野における日本の援助額は約580億円とDAC加盟国中で最大であり、同分野のDAC加盟国の二国間援助の約2割を占めています。
 近年、アフリカ開発問題に対する国際社会の関心が再び高まる中、2005年7月のG8グレンイーグルズ・サミットに際し、日本は、アフリカにおける農業・農村開発の重要性を訴えるとともに、アフリカの「緑の革命」の実現と農村の暮らしの向上を支援することを表明しました。そして日本の主張により、同サミットのアフリカ開発に関する共同文書では、G8が、農業生産性の向上、都市と農村の連携強化、貧困層の能力向上のためのアフリカ諸国の努力を包括的に支援することが盛り込まれました。こうした流れを受けて、世界銀行などにおいてもアフリカ開発支援で農業を重視する方向が打ち出されています。
 アフリカに対する農業分野の支援における日本の特徴的な取組として、ネリカ稲(NERICA:New Rice for Africa)の開発・普及支援があります。近年、サブ・サハラ・アフリカでは、都市部を中心に米の消費が伸びています。しかし、消費の増加に生産が追いつかないため、多くの国では貴重な外貨を使ったアジアからの米の輸入が増加しています。こうした中、乾燥や病気・害虫に強く、従来の稲よりも収量が格段に多いネリカ稲が、サブ・サハラ・アフリカの米の増産を実現する上で有望な品種として大きな注目を集めています。このネリカ稲の研究開発・普及を、日本はアフリカ稲センター(WARDA:West Africa Rice Development Association、国際農業研究協議グループの研究機関)やUNDPなどの国際機関とも協力しつつ、強力に支援しています。
 東アフリカ地域のウガンダでは、政府が積極的にネリカ稲の生産を奨励していますが、稲の栽培技術に関する知識や経験はまだ十分とはいえません。このため、現在、JICAから農業専門家がウガンダに派遣され、NGO(Non-Governmental Organization:非政府組織)と協力して、ネリカ稲の栽培指導や脱穀機の製造研修などを行っています。こうした日本の支援やNGOの普及活動、民間会社による種子の生産・販売の効果もあり、同国のネリカ稲の栽培面積は、2002年の約1,500ヘクタールから、現在の推定1万ヘクタール以上まで拡大しています。ネリカ稲を栽培する農民からは、「ネリカ稲を栽培するようになってから、トウモロコシやミレット(キビなどの雑穀)に比べて高品質・高収益の米を販売できるようになり、収入が増えて子供の学費や薬代が払えるようになった。また、農民組合の設立により、農民の栽培技術レベルも向上している」といった声が聞かれます。ネリカ稲の開発・普及に対する支援は、日本のアフリカ開発支援の重要な貢献として、G8アフリカ行動計画に関する進捗報告書にも記載されています。

囲み I-2 アフリカにおけるネリカ(NERICA: New Rice for Africa)の普及に向けた取組

 日本が、アフリカの農業生産性を高めるために、ネリカ稲の開発・普及を支援している背景には、アジアにおける「緑の革命」の成功の経験があります。1960年代以降、アジアや中南米地域では、国際稲研究所や国際トウモロコシ・小麦改良センター(いずれも国際農業研究協議グループの研究機関)で開発された稲や小麦の改良品種の普及により、米や小麦の生産が飛躍的に拡大しました。特にアジアにおける「緑の革命」の実現には、日本のODAによるかんがい整備や農業技術指導、肥料・農器具の供与なども重要な役割を果たしました。
 例えば、日本はインドネシアで米の増産を目的として、効率的・安定的な水利用のためのかんがい施設の建設・改修や、維持管理のための農民組織化に対する支援を継続的に行ってきました。日本の協力とインドネシア政府の品種開発や農業資機材の供与などの自助努力との相乗効果により、米の収穫量が倍増するとともに連作も可能となり、農民の所得が増大し同国の貧困人口削減に大きく貢献しました。日本は、サブ・サハラ・アフリカにおけるネリカ稲の開発・普及などを通じて、こうしたアジアの経験をアフリカの開発に生かしたいと考えています。

収穫したネリカ稲を選別する人々(写真提供:WARDA)
収穫したネリカ稲を選別する人々(写真提供:WARDA)

 アジアや中南米地域の「緑の革命」は、長期的に国際穀物市場の需給を緩和し、価格上昇を抑制する効果があったと言われています。ある研究(注)によれば、「緑の革命」がなかったと仮定した場合、国際穀物価格は、実際の水準(2000年時点)と比べて35~66%高くなったであろうと推計されています。この推計を前提とすれば、「緑の革命」は日本のトウモロコシと小麦の年間総輸入額(2004年に4,964億円)を約1,700~3,300億円節約することに貢献していることになります。日本は、国際農業研究協議グループに対する資金拠出を通じた農業研究開発への支援及び農業開発や水に関する二国間援助を通じて、開発途上国における農業生産の向上を積極的に支援していきます。
 また、日本にとって重要な農作物の輸入先をODAにより育成した例もあります。1970年代に米国が大豆輸出の一時禁止を実施したことを契機に、日本は1979年からブラジルのセラード地帯における大豆を中心とする穀物栽培を推進する農業開発協力事業を実施しました。この事業は、日本とブラジルが共同で出資・融資し、農地の開墾や基盤整備を行い、入植した農民へブラジルの金融機関を通じて設備・営農資金を貸し出すというものでした。その後も、JICAによる営農や経営の長期専門家派遣などを通じて、農民に対する継続的支援を行いました。その結果、ブラジルのセラード地帯は大豆の一大産地となり、海外へ輸出できるまでに生産量が拡大し、2004年には、大豆の輸出量が世界の全貿易量の約5,700万トンの3分の1に相当する、約1,900万トンまで増大しました。また、ブラジルの農産物輸出額に占める大豆の割合は約20%となっています。日本は、1980年には大豆の輸入量の96%を米国から輸入していましたが、1999年には米国からの輸入は79%に低下し、12%をブラジルから輸入するまでになりました。
 開発途上国における農産物の安全性向上は、開発途上国が農産物の輸出を促進する上で重要な課題です。また、日本にとっては、農産物の輸入先における安全対策の強化が、輸入農産物の量や種類の増加、輸入先の多角化に伴いますます重要となっています。
 日本は、開発途上国における家畜衛生の改善や動物検疫体制の強化のため、試験検査施設・試験機材の整備や検査員の育成などを支援し、農産物の安全性向上に寄与しています。例えば、日本は1977年からタイにおいて家畜衛生改善のための技術協力を実施し、家畜の疾病診断技術の向上や検疫制度の見直しに貢献してきました。これらの協力により、同国の鶏肉の輸出額は、1980年の約3,000万ドルから2003年には約6億ドルに増加し、日本の鶏肉の輸入量の3割以上をタイ産が占めるまでになりました。しかし、2004年1月の鳥インフルエンザ発生後、日本はタイからの生鮮鶏肉輸入を停止(指定工場からの加熱処理鶏肉を除く)しています。このため、タイを含めたアジア諸国を対象に各国の獣医行政、通報体制、防疫体制を強化し、鳥インフルエンザのまん延を防ぐため、国際獣疫事務局(OIE:Office International des Epizooties)及び国連食糧農業機関(FAO:Food and Agriculture Organization)を通じ積極的に支援を行ってきているところです。


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