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第I部 21世紀における政府開発援助(ODA)


第1章 グローバル化する世界と途上国の開発問題



 日本が援助を開始(54年)(注)してから約半世紀になります。この間、日本自身が戦後の復興・発展、更には近年の長期にわたる厳しい経済状況といった変遷を経験したのみならず、援助の対象となる途上国の状況も大きく変化しました。特に、90年代以降に顕著となったグローバル化がもたらす変化は、開発の正負両面にわたり大きな影響を及ぼしました。中でも、開発にはたす貿易、投資の役割、すなわち途上国に流入する資金に占める民間資金の役割が大幅に増大したことは特記すべきことです。ここではまず、そうした変化のうち援助の需要側、すなわち途上国側の状況を概観した上で、わが国をはじめとした国際社会が途上国の問題にどのように取り組んできたかを説明します。

第1節 途上国の開発問題



(1)グローバル化と貧困問題


 20世紀の最後の10年間、冷戦が終焉するとともに、市場経済化を軸としたグローバル化が本格的に進展しました。国際社会は、グローバル化の推進力ともいえる情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)の飛躍的進歩をテコに、目覚ましい発展を経験しました。しかし、グローバル化によってもたらされる恩恵は、必ずしも全ての国や人々によって等しく共有されたわけではなかったため、結果としてグローバル化の恩恵を享受できる国と十分に享受できない多くの途上国との間で格差が拡大する事態が生じました。グローバル化は不可避な流れですが、そうであるからこそ、グローバル化の利益を地球上のすべての人々に十分に行きわたらせるための努力を強化することが非常に重要です。途上国の多くがグローバル化のもたらす利益を十分に享受できないままグローバル化が進んでいけば、南北問題が新たな形で先鋭化し、グローバル化の進展に対する大きな足枷となる可能性もあります。そうした認識から、グローバル化の中での途上国の開発問題は、改めて国際社会が一致して取り組むべき中心的課題の一つとなっています。ジェノバ・サミットのコミュニケにおいて、全36パラグラフのうち半数以上にあたる21のパラグラフが途上国の開発に何らかの関連を持つものであったことに象徴されているように、国際社会において開発問題の重要性が増大しているのです。
 「はじめに」でも述べましたが、地球上の人口の5人に1人が絶対的貧困といわれる1日1ドル以下の生活を、また、約2人に1人が1日2ドル以下の生活をしているなど、貧困問題の解決は国際社会の喫緊の課題となっています。こうした貧困問題に対処する上では、食料、保健医療サービス、安全な飲み水の供給や、基礎教育など、人々の暮らしに直接関係する分野(いわゆる基礎生活分野(BHN:Basic Human Needs))への支援が重要なのは明らかですが、同時に中長期的な経済成長の展望を切り開き、成長の果実(成果)を途上国の国民各層に衡平に行きわたらせていくことも重要です。
 また、途上国がグローバル化の動きに適切に対応し、自らの発展の機会としていくためには、貿易自由化の推進や外国からの直接投資を誘致するための環境整備、さらには民間セクターの振興といった課題で、途上国が自ら適切に政策を立案し、実施できるかが鍵となります(途上国のオーナーシップ)。また、先のアジア通貨・経済危機のようなグローバル化の中で生じる急激な経済の悪化に伴う社会の不安定化に貧困層が耐えられるような、社会的安全網(ソーシャル・セーフティーネット)などの仕組みを整備することも必要です。

(2)地域紛争と開発の役割


 冷戦後の国際社会においては、地域紛争、特に途上国における紛争が頻発しました。こうした紛争は、人々の生命や生活を奪うのみならず、長期にわたる開発努力の成果を短期間に破壊してしまうものであり、それがその国や周辺国に与える負の影響ははかり知れません。
 紛争解決やその予防のためには、関係当事者や国際社会の政治的意思と努力が不可欠であることは言うまでもありません。同時に、こうした努力が実を結ぶためには、途上国自身の開発努力を着実に国造りにつなげていくこと、すなわち、国民の生活や福祉水準の向上、公平かつ効率的な社会システムの構築を図ることが必要です。そのためには、開発援助を通じて、紛争発生時の緊急人道支援や、紛争終結後の復旧・復興支援等に取り組むことに加えて、日頃から紛争の原因として指摘される貧困や格差、また対立を調整するメカニズムの不在といった課題に対処するために、貧困対策や民主化の推進をはじめ国の政治・経済・社会のあり方にかかわる「良い統治(グッド・ガバナンス)」の構築・強化に対する支援を紛争予防の観点から行うことが重要です。
 特に、途上国政府が国民の参画を得た形で開発に取り組んでいくために必要な民主的な機構やそのための体制作りは、多くの途上国自身もその必要性と重要性を認識するに至っています。ただし、グッド・ガバナンスは抽象的な概念でありますが、途上国の国内政治に直接係わる問題ですから、途上国との率直な対話と援助国側の慎重な配慮が必要であることは言うまでもありません。そうした配慮をしつつ、工夫をこらして途上国政府が政策の透明性、説明責任(アカウンタビリティー)、腐敗防止、さらには意思決定過程への国民参加等を実現していけるよう、制度構築・人造り等の面で支援を行っていくことが重要です。

(3)地球規模問題と国際公共益


 途上国が直面する課題の中には、途上国のみならず、先進国を含め国際社会全体に直接影響を及ぼすものが多々あります。地球温暖化や砂漠化をはじめとする環境問題や、近年、国際的な関心が急速に高まったHIV/AIDS、マラリア、結核、ポリオ等の感染症の問題は、そうしたものの代表例であり、途上国と先進国とが一致して取り組むべき重要な課題です。したがって、これらの課題に取り組む途上国の対応能力向上を図るために、また国際社会全体としてこれらの課題の解決に一致協力していけるよう、開発援助を有効に活用していくことが求められています。
 一国内においては、社会全体の安寧と繁栄を支えるために公共財の構築・維持が不可欠であることは十分認識されていますが、国際社会においても同様のことが言えます。国際的な「公共財」とは、国際社会全体に影響する課題が増え、かつ深刻度を増している中、世界が平和と繁栄を享受し、地球規模での持続的な発展を進めていくために、国際社会が協力して確保・構築していくべき財やシステムです。たとえば、地球温暖化対策や、感染症対策、更には多角的自由貿易体制の強化や安定した国際金融システムの構築なども重要な国際公共財とされています。現在、それによってもたらされる利益、すなわち「国際公共益」をいかに確保していくかが国際的にも議論されています。(詳細は第II部第2章第1節(4)参照
 こうした国際社会全体の利益を図るための努力に途上国が十分に参画していくための能力向上(キャパシティー・ビルディング)を支援していくことは、開発援助の大きな課題です。


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