本編 > はじめに
2001年9月米国で発生した同時多発テロは、世界に強い衝撃を与えました。国際テロリズムは、いかなる理由によっても正当化することのできない国際社会全体への挑戦であり、すべての文明に対する脅威であります。わが国をはじめ国際社会は、このような事件を二度と起こさせないよう、一致団結してテロ対策に取り組むと同時に、今次テロ事件の影響を被った人々への支援を進めています。世銀の推定では、今回のテロにより、開発途上国(以下、途上国)において、1千万人にのぼる人々が新たに貧困に陥り、5歳未満の子どもの死亡者数が2万から4万人増加すると考えられています。テロによって引き起こされた社会不安のしわ寄せを最も深刻に被るのは、途上国に住み、こうした社会不安に対して脆弱な貧しい人々なのです。
世界には、今日なお途上国を中心に12億以上の人々が1日1ドル以下の絶対的貧困の中で暮らしているほか、8億近い人々が飢餓に苛まれているといわれています。しかし、途上国には、こうした貧困だけに止まらず、途上国の人々の生命そのものへの直接的脅威であり、かつ長年に亘る開発努力の成果を短期間で破壊してしまう武力紛争、国造りの担い手を蝕み社会全体の活力を奪うHIV/AIDS等の感染症の問題、さらには地球温暖化に起因する海面上昇や生態系の破壊といった地球環境問題等様々な問題が山積しています。これらの課題は、国境や大陸を越え、途上国のみならず、先進国を含む国際社会全体を危機におとしいれかねない問題となっています。その解決を先延ばしにすることは、将来の世代により大きな負債を残すことを意味するのです。
グローバル化の急速な進展による人・物・資金・情報の国境を越えた移動の急激な増加を背景に、国際社会においては、相互依存関係がますます深化しています。こうした中、資源や市場を海外に大きく依存するわが国が、平和の中で自国の繁栄を享受していくためには、これまで以上に他の先進国とともに、国際社会の大多数を占める途上国と手を携え(協力)、これらの国々と共に生きていくこと(共生)が求められています。
わが国が21世紀にふさわしい国際秩序の構築や、途上国の開発問題、さらに地球規模の課題への取り組みに主導的役割を果たしていくことは、国際社会の調和的かつ互恵的な発展に貢献し、国際社会からの厚い信頼を確保することを通じ、わが国の平和と繁栄を維持・発展するというわが国の国益につながるものです。ODAはそうしたわが国外交の推進における最も重要な手段の一つです。その際、わが国としては、優れた技術や自身の経験に根ざしたノウハウを、積極的かつ効果的に提供していくとともに、途上国の政策と自助努力を尊重して、共に歩み共に進むことが極めて大切なことであると考えています。
わが国は、こうした認識に基づき、これまで世界有数の援助供与国として、150を超える途上国に対してODAを実施してきました。わが国や他の援助国、さらには被援助国も含む国際社会が協力して途上国における開発の課題に取り組んだ結果、20世紀後半においては、アジアを中心としてかつてないほど開発上の進展が見られました。例えば、途上国における平均余命は70年の55歳から98年には65歳に上昇したほか、同期間の幼児死亡率は新生児1千人中107人から59人へ低下し、成人識字率も53%から70%へ向上しました。特に2000年に西太平洋地域においてポリオ野生株の根絶が宣言されましたが、わが国も大きな貢献をしたこの成果は、国際的にも高く評価されています。しかし、こうした成果は途上国によってばらつきがあり、アフリカやアジアの開発需要は引き続き高いものがあります。さらに、地球環境問題、HIV/AIDS等感染症問題、平和構築といった新しい課題が出てきています。一方で、厳しい経済・財政状況等を背景として、わが国国内には援助に対して厳しい見方もあり、2002年度の政府全体の一般会計ODA予算は、対前年度比10.3%減の9,106億円となりました。また、ODA事業の透明性の確保、効果的・効率的な実施といったODAの質的な面の改善を求める国民の声も益々強まっており、政府としてはこうした声を真撃に受け止める必要があります。2002年3月に川口外務大臣に提出された「第2次ODA改革懇談会」最終報告書は、そうした国民の声を反映し、国民参加、透明性の確保、効率性の向上をキーワードとするODA改革の具体的方策を提示しています。
国際社会が直面する諸課題が多様化、複雑化している現実を踏まえれば、わが国が貢献を行っていくための努力は、政府のみでなしうるものではありません。むしろ、NGO(民間援助団体)、企業、大学、地方自治体等の有する経験・技術・ノウハウなどその比較優位を最大限活かしつつ(partnership)、幅広く国民各層の参加を得て(participation)、政府と国民が双方向の対話を進めながら援助を実施していく(public-private interaction)こと(3つのP)が何よりも必要です。政府としても、NGOをはじめ国民各層との協力・連携に向けて一層努力する必要がありますが、このことは、日本人ひとりひとりが国際社会にどのように関わっていくかという問題でもあります。また、ODA事業に幅広い日本人の参加を得ることは、現在の日本社会に活力を取り戻し、特に若い世代へ希望を与えることにもつながるでしょう。
「政府開発援助(ODA)白書」は、このような視点を踏まえ、国民のODAに対する見方の変化や援助課題の多様化などODAを巡る内外の変化を概観しつつ、わが国ODAの現状につき、包括的に解説することを目指しています。政府としては、国民の税金等を原資とするODA事業についてわが国にとっての意義を明確化し、透明性を確保するとともにその効果的、効率的な実施を図り、国民の一層の理解と支持を得られるよう努力しています。本書の刊行は、政府によるこうした努力の一環として位置付けられるものです。