第2章 各論-分野ごとに見た国際情勢と日本外交

第3節 より良い地球社会の実現に向けた取組
   1.テロ

[国際協力の強化]

97年には、前年12月に発生した在ペルー日本国大使公邸占拠事件が4月にペルー軍特殊部隊の救出作戦により解決をみるまで、127日間の長期にわたる事件となった(第1章4.及び第3章3.参照)ほか、イスラエルにおける連続爆弾テロ事件(3月、7月、9月)、スリ・ランカのコロンボにおける爆弾テロ事件(10月)、エジプトのルクソールにおける観光客襲撃事件(11月)などが発生した。特に、ルクソールにおける事件では、外国人観光客等約60名が死亡し、20数名が負傷した。(うち邦人10名が死亡、1名が負傷。)

このような深刻なテロ事件が続発する中で、テロ対策のための国際協力の重要性がますます強く認識されている。サミット参加8ヶ国は96年7月のパリにおけるテロ閣僚会合で採択されたテロ対策のための25項目の実践的措置の実施に努めるとともに、国際社会のすべての国々に対して種々の機会にこれらの措置の実施を呼びかけた。デンヴァー・サミットにおいては、上記の25項目のテロ対策措置に、人質交渉専門家及びテロ対応部隊の能力を強化することなど6項目の措置が新たに追加された。

国連においては、上記パリ閣僚会合での25項目の措置の中に掲げられた爆弾テロ防止条約の作成が、2月より総会第六委員会で進められ、同条約は12月に総会本会議で採択された。

[日本の取組]

あらゆる形態のテロを非難し、断固としてこれと闘うこと、テロリストに対し譲歩しないこと、テロリストを裁判にかけるために「法の支配」を適用することは、サミットなどでも累次強調されてきた方針である。日本としても、テロを地球規模の問題と位置づけ、その分野における国際協力に参画しているが、ペルー事件やルクソールでの事件により、こうした協力が日本自身の利害に直接かかわる重要な問題であることが改めて強く認識された。
日本は、デンヴァー・サミットにおいて、ペルー事件の教訓を踏まえ、人質事件に対処するための能力強化に関する協力、情報交換の緊密化、地域協力の推進、人質事件対策を主たる議題とする専門家会合の開催を提案し、それぞれの実施に取り組んできている。
 橋本総理大臣は、1月にASEAN諸国を訪問した際、ASEAN諸国との間でテロに関する情報・意見交換のためのネットワークの構築を提唱し、各国の賛同を得て、6月、同ネットワークが発足した。また、日本は、アジア太平洋地域における本分野での地域協力推進への取組の一環として、10月に東京でASEAN加盟国9カ国の専門家の参加を得て日・ASEANテロ対策協議を開催した。同協議においては、情報収集に係わる協力体制及び事件発生時における連絡・協力体制の強化の重要性等について認識の一致をみた。
なお、日本としては、ペルー事件の教訓を踏まえ、外務省におけるテロ情報の収集・分析体制の強化に努めているほか、ルクソールでの事件等にも鑑み、12月に従来の渡航情報を見直し導入された「海外危険情報」の発出等を通じ、世界の危険地域に関する一般国民への情報提供を強化している。(第5章2.(1)参照)
日本赤軍については、2月にレバノンで、国際手配中のメンバー5名が身柄拘束され、7月の第一審判決で5名全員に対し、禁固3年、刑期終了後国外退去との判決が言い渡された。日本としては、レバノンにおける司法手続き終了次第、速やかに5名の身柄の引渡が行われるようレバノン当局に要請している。また、11月には、ボリヴィアで、国外手配中のメンバー1名が身柄拘束され、国外退去処分とされた後、日本において警察当局により逮捕された。
現在逃亡中の国際手配されている日本赤軍メンバーは7名、よど号ハイジャック犯は5名となっている。

   2.国際組織犯罪、薬物

    (1)国際組織犯罪

近年、組織的な犯罪グループが犯す国境を越えた犯罪は国際社会にとりますます大きな問題となっており、各国間の協力体制の強化が一層重要となっている。
 96年のリヨン・サミット以降、サミット参加8カ国の国際組織犯罪上級専門家グループは銃器の不正取引やハイテク犯罪等に関する対策を検討し、その成果はデンヴァー・サミットに報告された。同サミットでは国際組織犯罪に対する取組を更に強化していくことが表明され、その後、98年のバーミンガム・サミットの議長国である英国は、この問題を雇用問題と並ぶ主要議題にすると発表した。こうした流れを受けて12月にワシントンで8カ国の司法・内務閣僚級会合が開催され、ボーダーレス化の最前線にあるともいえるコンピュータ・ネットワークを利用して行われる、あるいはこれを標的とする国際ハイテク犯罪の問題を中心に議論がなされた。その結果、このような犯罪に対し適時に協力して対応するために各国が24時間体制の連絡先を指定する等、10項目の行動計画を含むコミュニケが採択された。これは、犯罪組織、犯罪から保護されるべき各国国民、この分野で一層協力すべき国際社会の各々に対し8か国として強いメッセージを発したものであり、また、バーミンガム・サミットに向けての指針を与えたものといえる。日本は、このようなプロセスの中で、銃器不正取引問題の検討グループの議長を務めており、各犯罪分野での8か国による共同の対策の策定に積極的に取り組んできている。

    (2)薬物

 国連では、全世界的に深刻化してきている麻薬等の薬物問題に対処するため国連薬物統制計画(UNDCP)を中心に積極的に対応している。
 具体的には、90年には国連麻薬特別総会が開催され、「政治宣言」及び「世界行動計画」が採択され、薬物不正取引防止における国際協力強化が提言された。さらに93年には国連総会麻薬特別会合が開催され、各国が麻薬撲滅強化に優先的に取り組むことを再確認し、「世界行動計画」の履行強化を目指した決議を採択している。
 さらに、98年6月8日~10日には新しい薬物戦略の策定を目的に国連総会麻薬特別会期(麻薬特総)を開催することが決定しており、経済社会理事会の下にある麻薬委員会を中心にその準備が進められている。
 このような麻薬に対する国際的な取組を踏まえ、日本としては、UNDCPの活動を積極的に支援し、厳しい国内財政事情にもかかわらず、91年以降毎年数百万ドルの拠出を実施してきている。また、米州機構全米麻薬乱用取締委員会(OAS/CICAD)に対しても、資金拠出を行い、その活動を支援している。
 この他、日本は、薬物に関する先進国間の協議機関である、ダブリン・グループのメンバーでもあり、同グループの会合においては、先進国間で積極的な情報交換・協議を行ってきている。
 また、97年10月には、UNDCPの薬物対策プログラムの一つである海上薬物取締セミナーが、海上保安庁が実施機関となって、アジア諸国等の海上警察権を行使する機関の職員・約20名を招聘して、横浜で開催された。

   3.人権の擁護及び民主化の促進

[国際社会及び日本の取組]

 世界の平和と繁栄のためには人権の擁護と民主化の促進が不可欠であるとの認識が国際社会において広く共有されるようになってきている。世界人権宣言採択50周年を翌年に控えた97年においてもこの分野で様々な動きが見られた。
 国連は世界の人権状況の改善のために広範な活動を行っているが、9月には第2代の国連人権高等弁務官としてロビンソン女史(前アイルランド大統領)が就任し、秋には国連改革の一環として人権高等弁務官事務所の機能強化が図られた。また、デンヴァー・サミットにおいても民主主義と人権が重要なテーマの1つとなった。  世界における人権状況の改善のため日本は、国連の人権分野での活動に積極的に参加し、これを支援するとともに、人権状況に問題があると思われる国には、国連人権委員会等において懸念を伝達してきている。さらに、人権対話や民主化支援等を行っている。
 日本は、国連の人権分野での活動を積極的に支援し、人権高等弁務官事務所の改革・効率化等を支持している。財政面では、国連が各国による人権状況改善努力を支援するための諮問サービス基金等の各種基金に対し、97年には約110万ドルを拠出した。また日本は、82年以来国連人権委員会のメンバーであり、97年3月から4月に開催された第53回会期でも討議や決議案の検討に積極的に参画した。
 97年も各レベルでの諸外国との協議の機会をとらえて人権問題について話し合ったほか、10月には初めての日中人権対話を開催した。また、地域的な対話の促進、人権意識向上のための取組として、95年以来「アジア太平洋地域人権シンポジウム」を国連大学との共催で東京で開催してきている。(98年1月にはその第3回をロビンソン国連人権高等弁務官を基調報告者に招いて行った。)また、97年には「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画を策定し国連に提出する等の取組も行われた。
 また、従来より開発途上国等における民主化及び人権の擁護・促進のための協力として、法・司法制度や選挙制度の整備への支援、司法・警察官の研修等を始めとする「民主的発展のためのパートナーシップ(PDD)」協力を推進している。

[女性、児童]

 女性の地位向上に向けた取組として、3月に開催された第41回国連婦人の地位委員会において、第4回世界女性会議のフォローアップ等に関する審議や決議の採択に積極的に参加したほか、国連婦人開発基金や日本のイニシアティヴにより設置された「女性に対する暴力撤廃のための国連婦人開発基金信託基金」等に対し97年は約540万ドルを拠出するなど、世界の女性に対する支援を行っている。
また、世界における児童の権利擁護や保健・教育の促進、緊急援助等に向けて、国連人権委員会等での検討や国連児童基金(ユニセフ)を通じた協力に貢献しており、97年の同基金への拠出は約2900万ドルに上った。

[社会開発]

 社会開発の分野では、日本は96年より国連社会開発委員会のメンバーとなっており、97年2月の同委員会第35回会期では、95年に開催された社会開発サミットのフォローアップの観点からも、雇用促進などの問題の検討に各国と協力して取り組んだ。また、日本はODAにおいても医療・保健・教育等の社会開発分野を重視しており、二国間のODAに占めるこの分野の割合は91年の12.3%から96年には20.9%へと増加傾向にある。

   4.原子力安全の確保及び科学技術分野における国際協力

    (1)原子力の平和利用に関する国際協力

[チェルノブイリ石棺プロジェクト]

 86年4月に爆発事故を起こしたチェルノブイリ発電所4号炉は、事故直後にコンクリート等で塞ぎ応急手当がなされているが、この「石棺」が近年老朽化して危険な状態にあるため、ここ数年来、G7とウクライナの専門家が中心となり新しい石棺建設の検討を続けてきた。この4号炉の安定化は、2000年までのチェルノブイリ発電所閉鎖等に関するG7とウクライナとの間の覚書の実施にもかかわる重要な問題であるが、97年に大きな進展が見られた。
まず、6月にG7とウクライナの間で総額約7億5800万ドルのチェルノブイリ石棺プロジェクトについて意見が一致し、直後のデンヴァー・サミットで、このプロジェクトにG7が3億ドルを拠出する旨発表された。  その後、11月には、ウクライナのクチマ大統領と米国のゴア副大統領の参加を得てG7以外の各国から資金を集めることを目的としたプレッジング会合がニュー・ヨークで開催された。また、12月12日には、チェルノブイリ石棺プロジェクトの実施のために欧州復興開発銀行(EBRD)に設立されたチェルノブイリ石棺基金の第1回拠出国総会が開催され(日本も原加盟国として出席)、プロジェクトは実施段階に入った。
このプロジェクトの推進は、地球規模の原子力安全や環境問題の観点からも大きな意味を有しており、日本は他のG7各国と協力して、その進展に重要な役割を果たしてきた。

[アジア原子力安全ソウル会議]

 近年原子力発電の導入、拡充に向けた動きが活発なアジア地域における原子力安全の分野での協力を推進するため、96年11月、日本のイニシアティブの下、アジア原子力安全東京会議が開催された。これを引き継ぎ、97年10月には、ソウルにおいて第2回アジア原子力安全会議が開催され、原子力安全の向上、原子力計画の透明性の確保、緊急事態の際の地域的協力、などにつき意見交換がなされ、原子力安全条約に基づく国別報告書や地域内協力のあり方などに関する各種専門家会合の開催などにつき意見が一致した。

[国際原子力機関(IAEA)を通じた国際協力]

核不拡散の分野において、IAEAでは、イラク及び北朝鮮の核開発問題を契機として、核物質等が軍事転用されないことを確保するための保障措置を強化及び効率化する諸方策に関するモデル議定書の起草作業が1993年より行われてきた。このモデル議定書は、5月のIAEA特別理事会で採択され、今後、各国とIAEAとの間で、これに沿った追加議定書が締結されることになっている。(日本はIAEAとの間で98年3月に議定書締結のための第1回協議を行った。)
 また、原子力安全の分野でも、原子力の平和利用を確保するためには、原子力発電所等から生ずる放射性廃棄物・使用済燃料を安全に管理することが重要であることから、IAEAにおいて、使用済燃料及び放射性廃棄物の管理の安全に関する条約の作成作業が1995年より行われてきた。同条約は、97年9月に採択され、同月末のIAEA総会開催時に署名のために開放された。

    (2)科学技術分野における国際協力

[科学技術と国際社会]

 環境、エネルギー、食糧問題など、今日、国際社会が直面する種々の課題の解決には、国際協力により優れた科学技術を結集させて対応することが不可欠となっている。科学技術の分野で世界の最高水準にある日本は、諸問題の解決に向けて自らの能力にふさわしい貢献を行っていくことが期待されている。

[二国間及び多数国間の科学技術協力]

<二国間協力>
 日本は、20以上の国々との間に科学技術協力協定を有しており、これらの国を中心に、協力促進のための二国間会合を定期的に開催している。9月には、新たにフィンランドとの間で科学技術協力協定に署名(12月に発効)した。
 また、日本は、各国との間で、時流に沿った科学技術に関する協議や情報交換なども積極的に行っている。例えば、日米間では全世界的衛星測位システム(GPS)の民生利用に関する協議を行っており、12月の第3回協議では、GPSに関する日米協力の枠組み設置について今後更に検討を進めることで一致した。

<多数国間協力>
 グローバリゼーションの進む中、多数国間での科学技術協力が年々重要となっている。旧ソ連邦の大量破壊兵器関連の科学者に対して平和目的の研究プロジェクトを提供するために、93年に日本、米国、EU、ロシアにより設立された国際科学技術センター(ISTC)は、97年末までに494件のプロジェクトに対し、約155万ドル(うち、日本は94件に対し約26万ドル)の支援を決定した。また、日本が米、EU、ロシアと共に取り組んでいる、人類の究極のエネルギー源と考えられる核融合の実用化を目指した国際熱核融合実験炉(ITER)計画では、引き続きその実施に向け協力を進めることとなった。
 ライフサイエンスの分野では、日本は、G7などとともにヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)を実施している。5月にワシントンで開催された政府間会合の結果、各加盟国の財政貢献増によりHFSPの特徴とされる学際性及び若手重視の研究助成活動を一層推進していくことが確認された。また、クローン研究については、デンヴァー・サミットで宣言されたように、ヒトの個体のクローン作成禁止についての国際的な協力が進められている。
 宇宙開発の分野に目を向ければ、日本は米国、カナダ、欧州諸国、ロシアとともに国際宇宙基地計画を進めており、98年にはその組立てが開始される予定である。その準備もかねて、11月に土井隆雄宇宙飛行士がスペースシャトル「コロンビア」に搭乗し、日本人初の船外活動を行った。また、日米協力の一環として、米国が地球観測のために開発した熱帯降雨観測衛星(TRMM)が日米の観測機器を搭載して、日本のH-IIロケットによって打ち上げられた。
APECの枠組みにおいても科学技術は重要な対象分野となっており、97年にも2回の産業技術ワーキング・グループ会合が開催された。

   5.人口、エイズ

    (1)人口

 世界の総人口は、現在約58億人を数え、2025年には約80億人、2050年には約94億人に達するものと予測されている。開発途上国では、人口の急増が、食糧不足、雇用問題、都市への人口集中によるスラムの拡大を招くなど、経済・社会開発の阻害要因となる一方、先進諸国では、高齢化並びに開発途上国からの人口移動などの問題が生じている。また、人口の増加はエネルギー消費の拡大とあいまって、緑地の砂漠化や地球の温暖化などの環境問題の一因ともなっている。深刻化する人口問題に対応するために94年9月にカイロで開催された国際人口・開発会議(ICPD)においては、家族計画、母子保健の促進、人口問題と環境とのかかわり、女性の権利と地位の向上などの重要かつ新しい分野における取組の指針を含む「行動計画」が採択された。
 日本は、ICPDに先立ち、94年度から2000年度までの7年間で人口・エイズ分野においてODA総額30億ドルを目標に開発途上国援助を行う「地球規模問題イニシアテイヴ」(GII)を94年2月に発表した。GIIの実施にあたっては、母子保健や家族計画など人口問題に直結する分野での協力に加え、人口問題が経済・社会開発問題全体に深くかかわっているとの認識から、基礎的保健医療、初等教育、女性の地位向上なども含んだ包括的アプローチが採用されており、94年度から97年度までの3年間で、既に約20億ドルの援助が実施されている。また、日本は、多数国間の協力にも積極的に貢献し、86年以降、国連人口基金(UNFPA)及び国際家族計画連盟(IPPF)に対する第1位の拠出国である。

    (2)エイズ

 国連エイズ合同計画(UNAIDS)の最新の報告(1997年11月)によれば、世界中で3000万人以上の人々がHIVに感染しており、現在の感染率が推移すれば、2000年の感染者は4000万人に拡大すると推計している。1997年の新たな感染者は580万人に及び、これは、毎日1万6000人が感染していることを意味している。また、同年のエイズによる死者は230万人で、女性がそのうちの約半数を占めており、15歳以下の死者は46万人にのぼっている。HIV/AIDS感染者のほぼ90%は、開発途上国の人々が占めており、それらの国々の社会・経済開発にも大きな影響を及ぼしている。
 1994年8月に開催された横浜国際エイズ会議や同年12月のパリ・エイズ・サミットにおいて、エイズ問題は「人類共通の課題」として全世界が緊急に取り組まなければならないとの認識が高められた。
 このような国際的な動きのなか、危機的なエイズ蔓延を阻止するため、世界各国で様々な取組が展開されている。日本も、前述の通り、GIIを発表しエイズ問題に取り組んでおり、アフリカやアジアなどにおいて積極的な援助を行っている。