1. |
海外における危険と日本人の安全 |
海外で日本人が遭遇する脅威や危険はますます多様化し、紛争、暴動による政情・治安の悪化や、テロ、誘拐などの脅威が高まっている。また、地震、ハリケーン、山林火災などの大規模化する自然災害や、新型インフルエンザを始めとする新興感染症など未知の脅威への対策が必要となっている。
さらに、交通事故や山岳、海難事故、麻薬犯罪、国際詐欺などの被害者となる事例、文化、慣習、宗教等の違いから、本人の知らぬ間に現地の法令や慣習に反し犯罪や事故に巻き込まれてしまう事例などが多く見受けられる。
このように、海外では身近に様々な脅威、危険が潜んでおり、それらを回避し、海外で安心して生活・活動できるよう、安全の確保や邦人援護等支援体制の強化がますます重要となっている。
(1) |
2008年における海外の脅威の動向 |
紛争、テロ、誘拐、感染症の流行、さらに自然災害の大型化など、近年の海外における脅威の傾向は2008年も変わらず、特に、日本人が被害に遭うテロ、誘拐事件が幾つも発生した。また、鳥インフルエンザから変異する新型インフルエンザ発生にも引き続き警戒が必要である。
テロについては、観光、商業都市のホテルや駅などの施設がねらわれる大規模な事件が多発した。日本人も3月のイスラマバード(パキスタン)の爆弾事件で2名が負傷し、11月のムンバイ(インド)の連続テロ事件では2名が死傷した。誘拐事件は、2007年10月から2008年6月までイランで日本人旅行者が8か月余り拘束された事件のほか、5月に旅行者2名がイエメン・マアリブ州で誘拐され翌日に解放された事件、8月にアフガニスタンでNGO関係者1名が誘拐され遺体で発見された事件、9月にエチオピアでNGO関係者1人が誘拐され約3か月後にソマリアで解放された事件などが発生した。
また、ソマリア沖・アデン湾周辺海域では、海賊行為が船舶の種類や大きさを問わず増加かつ凶悪化し、船舶の被害が多発している。4月には日本船籍の原油タンカーが襲撃されたほか、11月には日本人一人が乗り組む中国漁船が乗っ取られ、約3か月後に解放された。
感染症については、デング熱が各地で流行したことに加え、コレラがジンバブエなどの南部アフリカで大流行した。また、家きんへの流行が広範囲で確認された鳥の感染症・H5N1型鳥インフルエンザが人にも感染した例が、アジアを中心に42例(うち31例では感染者が死亡)確認された(2009年2月末現在)。こうした感染を繰り返すうちに、ウイルスが人から人へと感染するタイプに変異し、世界的大流行を引き起こす恐れのある新型インフルエンザが出現すれば、海外に滞在する日本人だけではなく、日本全体にとって大きな脅威となる。
自然災害では、5月に中国の四川省で死者約7万人を出す大地震が発生したほか、サイクロン、ハリケーンや集中豪雨などによる被害が日本人も多く訪れ滞在する地域を含め世界各地で発生している。2008年は日本人には重大な被害は出なかったが、このような自然災害は予測が困難であり、日本人の被害も完全には防止できないのが実情である。
一方で、麻薬密輸への関与や麻薬所持の容疑で、日本人が海外で逮捕・拘留される事案が引き続き発生している。6月には中国で麻薬密輸により日本人が死刑判決(第1審)を受け、2007年以降中国で麻薬密輸により死刑判決を受けた日本人は計4名となった。さらに、高齢者の海外渡航や中長期の滞在者が引き続き増加する中、高齢者の山岳、海難事故や旅行中の疾病などが多く報告されている。
このほか、11月には日本人旅行者も多く訪れるタイのバンコク国際空港が反政府団体に占拠され、同空港の閉鎖とともに同空港及び周辺地域に非常事態宣言が発令される事態が発生した。多数の日本人が約1週間にわたり足止めを受けるなど、帰国日程の変更を始め多大な不便を余儀なくされた。このため、外務省は、在タイ日本国大使館を通じ、タイ政府に対し、日本人旅行者の安全と早期帰国への支援を要請するとともに、航空会社と連携しつつ、近郊の代替空港から臨時便で早期に帰国できるよう滞在ホテル及び代替空港等において日本人旅行者に対する支援を行った。
援護件数の多い在外公館上位20公館(2007年)
|
(2) |
海外における日本人の安全対策 |
このように海外で日本人が遭遇する脅威や危険が増している中で、海外に永住・長期滞在する日本人は2007年に推計108万人に達し過去最大となり、また、同年の海外渡航者数は前年よりは減少したが1,729万人と過去3番目の高い水準を維持している。
これに対し、2007年において在外公館が取り扱った邦人援護案件は、件数で1万5,964件、人数では1万7,643人であった。前年に比べ若干減少しているものの、過去10年間を見れば件数、人数ともに高い水準のまま推移している。
このような中、海外における日本人の安全対策には、在外公館の邦人援護体制の強化とともに、海外に渡航・滞在する日本人一人一人が危機管理意識を持って、渡航・滞在先の危険を把握し危険を回避するための対策を講ずることが重要となっている。海外渡航をする前には、外務省の海外安全ホームページ等で渡航先の治安情報や安全情報を確認しておくことが求められる。
なお、外務省では、近年、日本から携行する海外携帯電話での国際ローミングによるデータ通信が可能となる国・地域が拡大していることを受け、携帯版の渡航情報サイトの機能を拡充し、海外からも携帯電話を通じて手軽に外務省渡航情報を参照できるようにするとともに、海外渡航中にいつでも緊急情報や最新の渡航情報及び渡航先の緊急連絡先を検索できるようにした。また、これまで同様、外務省の海外安全相談センターにおいても、国民からの海外安全についての相談に応じている。
2006年10月に実施された内閣府「外交に関する世論調査」において、海外における日本人の安全確保や支援について、約4割強が「できるだけ個人又は派遣元企業・団体で対応すべきであるが、できないところは政府が支援すべき」と回答している一方で、政府による保護や支援は必要と感じている回答者もほぼ9割を占めている。
携帯版外務省渡航情報(http://m.anzen.mofa.go.jp/)
外務省では、そうした国民のニーズに対応して的確な支援を行うため、在外公館の閉館時にも24時間緊急連絡が可能となる体制の構築を進めるとともに、海外の大規模災害に機動的に派遣できるよう外部専門家を含む人員、資機材などの確保、整備を進める等、支援体制の強化を図っている。また民間との連携によるセーフティーネットの構築を進め、連絡協議会などを定期的に開催している。在外公館では、現地日本人組織や民間代表者との間で安全対策に関する意見交換や情報共有を行い、連携を深めているほか、留学やワーキング・ホリデーのため海外に滞在している日本人を対象に安全対策をテーマに説明会などを行っている。
2008年にはNGOで活動していた日本人や個人旅行者が被害者となったテロ、誘拐事件が複数発生したことから、関連情報を共有しテロ、誘拐について注意喚起する「NGO等海外安全セミナー」を開催したほか、大学等と協力して学生、生徒への啓発も行った。
「渡航情報」の体系及び概要
このほか、国民一人一人が危機管理意識を高め、安全対策を適切に講ずることができるよう、海外安全ホームページを通じて、海外の脅威や危険の傾向と対策に関する最新の渡航情報を提供している。さらに、海外での活動に応じてきめ細かに対応できるよう、総合的な安全対策を取りまとめた「海外安全虎の巻」のほか、テロ対策、脅迫事件対策、誘拐対策など各種の想定される事案ごとにパンフレットを作成している(これらは海外安全ホームページからもダウンロードできる)。
海外安全ホームページ(http://www.anzen.mofa.go.jp)
また、外務省では、海外安全対策の必要性を集中的に啓発するため、2008年度は12月15日から「海外安全・パスポート管理促進キャンペーン」を実施し、幅広い年齢層に人気の高いほしのあき氏をイメージ・キャラクターに起用した。同氏は2009年1月末まで海外安全大使を務め、安全で楽しい旅行や滞在のための対策や心構えを集中的に呼び掛けた。
2008年度海外安全・パスポート管理促進キャンペーン
英国には居住者として登録されている邦人が約6万人、旅行者として訪れる邦人は年間約30万人にも上ります。そうした中、当館では、邦人援護事案が増加の一途をたどっています。先日も窓口に旅券と所持金をくすねられた旅行者が当館に来られましたが、事件で精神的に不安定になり、パニックに陥ってしまいました。
私たちはまず総領事館精神科顧問医に診察を依頼し、帰国の可否を判断。次に航空会社に事情を説明し特別な配慮を要請。また、滞在費は所持していたクレジットカードの会社と交渉し、緊急キャッシングをお願いしました。その日は宿泊先へお連れし、ホテル側にも配慮を依頼しました。
翌日、その方が事件後ほとんど食事をとられていなかったので、昼食にお連れしましたが、そのころには表情もかなり穏やかになり、最後は空港までお送りし、無事ロンドンから出発させることが出来ました。後日、帰国の報告とともに、心のこもった礼状をいただきました。
上述の事案は、邦人の方の援護がうまく進んだ一例でしたが、重度の統合失調症、記憶喪失、薬物中毒など多様な方々も窓口に来られます。これらは個々に複雑な背景事情もあるためマニュアル的な対応は難しく、その都度、誠意を以て臨機応変かつ迅速な対応を心掛けています。
我々は、上記のような事例を含め年間600件以上の邦人援護事案を扱っています。仕事のため、休日返上や対応が早朝・深夜に及ぶことも珍しくありません。それでも、いざという時の邦人の支えとなるよう、微力を尽くしています。これからも、多くの方の力も借りつつ、英国に来られる邦人の安全が守られるよう、努力していきたいと思います。
在ロンドン日本国総領事館 領事 作田 誠