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【各論】


 1.

多角的自由貿易体制の強化


 (1) 

多角的自由貿易体制と日本


戦後日本の経済発展は、多角的自由貿易体制の存在抜きには語れない。自由貿易制度の整備とともに各国の関税が引下げられたことは、日本製品の輸出促進につながり、日本は貿易を通じた経済的繁栄を実現した。世界貿易機関(WTO)は関税引下げ交渉のみならず、貿易に関するルールづくりや紛争処理の機能を備えており、世界経済の安定と発展を支える機関として、ますます重要な地位を占めている。

日本としても、世界の中で日本国民と日本企業が安心して経済活動に従事できる環境を作るため、世界経済に法的安定性と予測可能性をもたらすWTO体制の整備・強化に積極的に参画する必要がある。



 (2) 

2007年のWTOドーハ・ラウンド交渉


WTOドーハ・ラウンドについては、農業市場アクセス、農業補助金、非農産品市場アクセス(NAMA)等の論点を巡って主要国間の立場を集約させることができず、2006年7月に交渉はいったん中断した。その後、日本を含む各国の働きかけにより、2007年1月末の非公式閣僚会合(於:ダボス)及び非公式貿易交渉委員会(TNC)を経て、交渉が本格的に再開した。

2007年前半にはG4(米国、EU、インド、ブラジル)の間で閣僚会合等少数国会合の動きが活発化したが、日本もG4諸国に働きかけ、4月、5月の2度にわたり、G6閣僚会合(日本、オーストラリア及びG4)が開催された。もっとも、6月19日からドイツ・ポツダムで行われたG4閣僚会合は、ブラジル及びインドが鉱工業品の関税削減に消極的であったことなどから21日に決裂し、その後、2007年においてG4閣僚会合の枠組みが活用されることはなくなった。

これを受け、交渉の主な舞台はジュネーブに移った。7月には、農業・NAMAのモダリティ(注5)に関する議長テキストが発出され、日本は、この文書を叩き台としつつ、多国間協議の場での議論を積極的に行っていくことが肝要であること等を表明した。

このような動きと並行して、6月6日~8日のG8ハイリゲンダム・サミットでは、交渉の早期妥結に向けたメッセージとしてG8貿易宣言が発出された。また、9月8日~9日にオーストラリア・シドニーで開催されたAPEC首脳会議では、WTOラウンド交渉が年内に最終局面に入ることを確保するとの政治的意思を確認し、そのために農業・NAMA交渉議長テキストを基に交渉を再開する旨の独立声明が発出された。

ジュネーブでは、9月以降、議長テキストを基に農業・NAMAの交渉グループで実務レベルの交渉が活発に行われた。11月30日にはルール交渉議長テキストが出され、ルールについても活発な交渉が行われた。このように交渉は引き続き重要な局面にある。



 (3) 

交渉各分野の概観


 イ  

農業

農業分野では、モダリティに合意することを目指し、集中的に交渉が行われた。

主な論点は、[1]農産物の関税削減率をどの程度にするか、関税削減率を緩和することが認められる一部の重要品目の数・扱いはどのようにするかといった市場アクセスの問題、[2]国内補助金の削減率をどの程度にするか等であった。

9月以降は7月に発出された議長テキストに基づいて議論が行われてきている。WTO全加盟国が参加する全体会合、主要少数国会合、二国間での協議等を通じ、国内補助金の技術的論点、輸出競争分野全般については、おおむね議論が収斂してきている。一方、市場アクセスについては、開発途上国に対する特別な待遇の内容を含め、議論が必要な論点が残っており、今後、厳しい交渉が予想される。日本はこれまで同様、食料純輸入国である日本の農業の特性を踏まえ、バランスのとれた最終合意を目指して取り組んでいく方針である。


 ロ  

非農産品市場アクセス

非農産品市場アクセス(NAMA:Non-Agricultural Market Access)分野では、鉱工業品及び農林水産品の関税や非関税障壁の削減に関する議論を行ってきている。関税の削減に関しては、7月枠組み合意(2004年)、香港閣僚宣言(2005年12月)に基づき、高関税ほど大きい削減とする関税削減方式(スイス・フォーミュラ)等の主要論点を中心に、開発途上国配慮、分野別関税撤廃等の交渉を行ってきた。

7月に発出された議長テキストに対し、開発途上国は、農業交渉における野心とのバランスが必要であると主張し、議長テキストで示された高い関税削減率に不満を表明した。9月以降、低譲許率国(注6)、小規模脆弱経済、後発開発途上国(LDC)等の扱いについて集中的に議論が行われ、農業交渉と歩調を合わせた進展を図りつつ、モダリティ合意を目指した努力が続けられている。

鉱工業で強い競争力を持つ日本としては、実質的な市場アクセスの改善につながる成果を目指し、早期にモダリティ合意に達することができるよう、更なる努力を行っていく方針である。


 ハ  

サービス

1月のWTO交渉の再開を受けて、サービス貿易交渉も再開され、市場アクセスに関する二国間交渉や複数国間交渉のほか、国内規制やサービス分野におけるルールに関する諸会合や大使級非公式会合が活発に実施された。9月には、サービスについても議長テキストを作成すべく、交渉議長のイニシアティブの下で議論が開始された。

日本は、サービス貿易自由化を推進するため、引き続きサービス貿易交渉を牽引していく方針である。具体的には、他の推進派諸国・地域と緊密に連携しつつ、コンピューター関連サービス、電気通信、建設、流通、金融、海運等の分野を中心に、外資制限、形態制限、拠点設置制限等の規制の自由化を求めて積極的に交渉していく。


 二  

ルール

ルール分野では、2001年のドーハ閣僚宣言、さらに2005年の香港閣僚宣言に基づき、ダンピング防止及び補助金(漁業補助金を含む)分野での規律の強化及び明確化を目的として交渉が行われてきた。2007年11月末に発出された議長テキスト案では、ダンピング防止分野については日本を含めた多くの国々がとりわけ強く禁止を主張してきたゼロイング(注7)が容認されており、また、漁業補助金についても、禁止対象補助金が極めて広範囲に及ぶなど、日本のこれまでの主張(注8)が反映されていない部分もある。日本としては、今後、日本の考え方を反映させるため、引き続き積極的に交渉に参画していく方針である。


 ホ  

貿易円滑化

貿易円滑化分野では、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)第5条(通過の自由)、同第8条(輸入及び輸出に関する手数料及び手続)及び同第10条(貿易規則の公表及び施行)に関連する側面の明確化及び改善等を目的として、交渉が進められている。

2007年には、1月のWTOドーハ・ラウンド交渉再開以降、非公式を含む7回の交渉会合が開催され、日本からの提案である「貿易関連法令等の公表」、「法令等の制定・改正を行う際の事前協議・事前公表」、「不服申立て制度」及び「予備審査手続」等、将来の協定化を念頭に置いた具体的な条文テキスト案の検討が進んだ。

今後の交渉の進展に伴い、国際的にモノの取引を実施するに当たって事業者が直面する様々な障害が減少し、貿易関連手続が迅速化されることが期待される。


 ヘ  

開発

開発途上国がWTOの加盟国の約5分の4を占めている現状で、開発途上国の開発問題は、今次ラウンドの中核的なテーマとなっており、開発途上国に対する「特別かつ異なる(S&D)待遇」、綿花問題(注9)などに加え、「貿易のための援助」(AFT:Aid for Trade) (注10)を主要テーマとして議論が行われている。これには、LDCに対する貿易関連技術支援に関する「統合フレームワーク」(注11)が含まれている。

日本は、WTO香港閣僚会議に先立ち、日本としての貿易関連支援策である「開発イニシアティブ」(注12)を発表し、4月には、この柱の一つであるLDC産品に対する市場アクセスの原則無税無枠措置(注13)を拡充した。また、日本は6月及び7月に「開発イニシアティブ」の実施促進のため、アフリカ3か国にハイレベル・ミッション(注14)を派遣した。

 「貿易のための援助」については、9月~10月にかけて、3つの地域で地域レビュー会合(注15)が開催され、11月にはグローバル・レビュー会合がジュネーブにおいて開催された。これらを通じ、貿易及び開発関係者の間で「貿易のための援助」の重要性が改めて認識された。

日本としては、「開発イニシアティブ」による支援を着実に実施するとともに、関連する国際会議に積極的に参加することを通じて、今後とも「貿易のための援助」に貢献していく考えである。


 ト  

知的財産権

地理的表示(GI)(注16)について、多数国間通報登録制度や、TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定第23条に定める追加的(注17)保護の対象となる産品をワインとスピリッツからその他の産品にも拡大するべきかどうかについて、TRIPS理事会(2月、6月、10月)や非公式協議等の場で議論されている。

多数国間通報登録制度については、日本は、ある国で地理的表示と認められている特定の表示が他国でも地理的表示と認められるとは限らないことから、米国等と共に拘束力のない制度とするように提案している。これに対して、EU等は、登録により強い法的効果を持たせる制度を望んでいる。

地理的表示の追加的保護の対象をワイン・スピリッツ以外の産品へ拡大するか否かについては、メリットとデメリットをよく見極めて対処していく方針である。



 (4) 

紛争解決


WTO体制に信頼性・安定性をもたらす柱として、紛争解決制度がある。WTO加盟国は、この制度を加盟国間の貿易紛争の解決のために積極的に利用しており、1995年のWTO発足時から2007年末までの13年間の紛争案件数は、369件(年平均約28.4件)に達する(注18)

日本もこの制度の下で多くの紛争案件に関与してきている。米国のダンピング防止措置に関連する「ゼロイング」手続がダンピング防止協定等に違反すると日本が申し立てた案件について、日本はパネル報告書の内容を不服として上級委員会に上訴していたが、1月、パネル判断を覆して日本の主張をほぼ全面的に認める上級委員会報告書が発出・採択された。また、韓国の半導体製造企業に対する金融支援措置に関し、日本が賦課した相殺関税が補助金協定に違反すると韓国が申し立てた案件(注19)について、7月にパネル(注20)報告書(注21)が発出されたが、日本の主張が一部認められなかったため、日本は上級委員会への申立てを行い、パネルの判断を覆すよう同委員会に求めた。11月に公表された同報告書では、幾つかの点でパネルの判断を覆し、日本の立場を受け入れる一方、他の点で日本の措置はWTO協定に適合していないとの判断がなされた。

また、11月、WTO紛争解決機関(DSB)は、任期満了となる上級委員会委員の後任として、大島正太郎国際貿易・経済担当兼査察担当大使を含む4名の新委員の選出を決定した(注22)



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(注5) 関税率や国内補助金の具体的な削減率や規律の在り方についての各国共通のルール。
(注6) 譲許とは、WTO加盟国が各産品について関税率の上限を約束することであり、譲許することは貿易の予見可能性を高めるという意味で重要である。低譲許率国とは、非農産品の品目数について、譲許している品目数の割合が全体の35%未満である国を指す。
(注7) 米国商務省は、ダンピング・マージン(輸出国の国内正常価格より輸出価格が低い場合の価格差)を計算する際に、[1]まず、その産品の個々のモデルまたは取引ごとに輸出国の国内正常価格と対米輸出価格を比較し、[2]その結果を総計して、この産品全体のダンピング・マージンを算定している。この総計を行う[2]の段階において、[1]の比較で輸出国の国内正常価格より対米輸出価格が高いものについてはその価格差はマイナスとなるが、ゼロイングとは、それらをマイナスとして差し引かず、一律「ゼロ」とみなして計算する方式。これにより、ダンピング・マージンが不当に高く計算される。
(注8) 漁業補助金については、日本は韓国、台湾と共同で提案を提出し、ECと共に、過剰漁獲につながる補助金に限定して禁止すべきという主張を行ってきた。これに対して、ニュージーランド、米国等は、限定的な例外を認めた上で、漁業補助金を原則禁止すべきと提案し、日本等と主張が対立してきた。
(注9) 西アフリカのLDC4か国(ブルキナファソ、ベナン、マリ、チャド)によって提起された問題。この4か国にとって、本来、綿花は十分競争力のある産業であるにもかかわらず、一部先進国が自国の綿花産業に与えている補助金のために、綿花輸出が阻害され大きな打撃を受けているとして、先進国に対して補助金の段階的撤廃及び撤廃完了までの補償措置を要求している。
(注10) 開発途上国が貿易から十分な利益を得るためには、貿易自由化だけでは不十分であり、貿易関連の技術支援、生産能力の向上や流通インフラ整備などを含めた供給面での支援、貿易自由化に伴う構造調整面での支援等が必要との観点から、WTO、経済協力開発機構(OECD)、世界銀行などで「貿易のための援助」に関する議論が行われている。ただし、現時点において明確な定義はない。
(注11) WTO、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国際貿易センター(ITC)、国連開発計画(UNDP)、国際通貨基金(IMF)、世界銀行の6国際機関による対LDC貿易関連技術支援共同イニシアティブであり、バイやマルチの貿易関連技術支援の効率的実施を行う。9月にストックホルムにおいてハイレベル・ドナー会合が開催され、組織面やモニタリングを強化させたEIF(強化された統合フレームワーク)への移行が支持された。
(注12) 貿易促進を通じて開発途上国の発展に資することを目的に、「生産」、「流通・販売」、「購入」の各局面において、ODAによる開発援助やLDC無税無枠措置等を含む様々な措置を組み合わせて包括的な支援を行うもの。
(注13) LDC産品に対する関税を量的な制限を設けることなく原則的に無税とする措置。香港閣僚会議では、少なくとも97%を無税無枠とすることが合意されている。
(注14) 6月28日~7月4日、マダガスカル、ケニア、ザンビアへ横田淳国際貿易・経済担当大使を団長とするミッションが派遣され、各国の元首・閣僚を含むハイレベルとの間で「開発イニシアティブ」について協議した。
(注15) 9月13日~14日にはラテンアメリカ・カリブ海地域レビュー会合(於:ペルー)、9月19日~20日にはアジア・太平洋地域レビュー会合(於:フィリピン)、10月1日~2日にはアフリカ地域レビュー会合(於:タンザニア)がそれぞれ開催された。
(注16) ワインのボルドー、ブランデーのコニャックのように、その商品について確立した品質、評判等が主として地理的原産地に帰せられると考えられる場合において、その商品が当該地理的原産地の産品であることを特定する表示をいう。日本においては、国税庁長官が国内で保護するしょうちゅう乙類の産地について、壱岐焼酎の産地である「壱岐」、球磨焼酎の産地である「球磨」、琉球泡盛の産地である「琉球」、薩摩焼酎の産地である「薩摩」を定めており、これらの産地を表示する地理的表示は、当該産地で製造されたしょうちゅう乙類以外に対して使用することはできない。また、国内で保護する清酒の産地については、「白山」が地理的表示として指定されており、「白山」との表示は、石川県白山市で製造された清酒以外に対して使用することはできない。
(注17) TRIPS協定は、全産品について当該産品の地理的原産地について公衆を誤認させる方法等での地理的表示の使用を防止することを原則としつつ(第22条)、ワイン及びスピリッツについては、公衆の誤認等の有無にかかわらず、当該地理的表示によって表示されている場所を原産地としないものへの使用を防止するという追加的保護を定めている(第23条)。
(注18) GATTの下での紛争案件数は、1948年から1994年までの間に314件(年平均6.7件)。WTOの下での紛争案件数369件のうち、2007年末までに日本が当事国(申立て国または被申立て国)としてかかわった案件は、27件。なお、件数については、WTOホームページに掲載されているDS番号が付されたすべての案件をそれぞれ1件として計算している。
(注19) 韓国政府による韓国ハイニックス・セミコンダクター社への支援措置に関し、日本のDRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー。半導体の一種)産業から申請を受けた日本政府が調査を行った結果、問題の支援措置がWTO協定上の補助金に該当し、同社製品の日本への輸入により日本のDRAM産業に実質的な損害が生じていると認定された。日本は、この調査結果を踏まえ、WTO協定に基づき、韓国から日本に輸入される同社製DRAMに対して27.2%の相殺関税を賦課することとした。
(注20) パネルは、紛争案件ごとに構成され、WTO紛争解決手続における第一審に相当する役割を果たす。紛争当事国は、パネルの法的判断に不服がある場合には、上級委員会に上訴できる。
(注21) 7月に公表されたパネル報告では、一部の金融支援措置については、韓国政府の委託・指示による補助金と認定されたが、一部の金融支援措置について韓国政府の委託・指示があったと認定するには不十分である等とされた。
(注22) 上級委員会は、「二審制」となっているWTOの紛争解決手続において、パネル(第一審)が取り扱った問題についての申立てを審理する「第二審」に当たる機関であり、最終的な裁定を行う。上級委員会は7名の委員で構成され、委員の任期は4年。今回の選考では、大島氏のほかには、米国、中国、フィリピンからの候補が選出された。大島氏は2008年6月に上級委員就任予定。日本は1995年のWTO発足以降、上級委員を輩出しており、大島氏は、松下満雄・元委員(成蹊大学法科大学院教授)、谷口安平・前委員(2007年12月に任期満了、専修大学法科大学院教授)に続く3人目の日本人委員となる。

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