目次 | 前の項目に戻る |  次の項目へ進む

【各論】


 1.

イラク


 (1) 

イラク情勢


イラクでは2006年2月にサーマッラーで発生したシーア派の聖廟爆破事件以降、宗派間対立が激化し、治安が急速に悪化した。2007年4月18日にはバグダッド、7月7日にはタミーム県、8月14日にはニナワ県でそれぞれ100名以上が死亡するテロが発生するなど、大規模テロの発生が相次いだ。

イラク政府は、マーリキー首相のイニシアティブの下、治安部隊の増強を継続するとともに、2月からはバグダッドでの新たな治安対策を開始した。米国も1月、ブッシュ大統領がイラクへの2万人の米軍増派を含むイラク新政策を発表し、イラクの安定化に向けた強い決意を示した。こうした政府レベルでの動きに加え、イラクの国民レベルにおいても、暴力への嫌悪感が広がり、それを背景に、スンニー派地域を中心として民間治安部隊が多国籍軍と協力して反アル・カーイダの活動に従事する動きが広がりを見せている。また、8月29日にシーア派の強硬派指導者ムクタダー・サドル師が、支配下にある民兵組織「マハディ軍」の活動を半年間停止する旨発表した。

これらの取組を受け、2007年夏以降、治安は改善に向かいつつある。2007年12月中に殺害されたイラク人の数(568名)は、サーマッラーの聖廟爆破事件以降最少となった(AFP通信調べ)。また、これまでにイラク18県の半分に当たる9県で、治安権限が多国籍軍からイラク側に移譲された。2005年1月には、約13万人であったイラク治安部隊人数は、2007年末現在で約37万人まで増加した。

このように、治安の改善が進む一方で、政治面では、石油・ガス法(炭化水素法)等の重要法案がいまだ成立していないなど依然課題が多い。マーリキー政権からサドル派、スンニー派合意戦線等に所属する複数の閣僚が離脱もしくは活動を停止するなど、政権基盤の弱体化も見られる。



 (2) 

国際社会の取組


イラクの安定化は、国際社会共通の課題であり、各国及び国際連合等の国際機関は着実に支援を進めているとともに、各国、関係機関の協力を推進するための様々な国際的な取組が行われている。日本は、こうした国際的取組に積極的に参加するとともに、4月末から5月にかけて行われた安倍総理大臣の中東諸国歴訪の際にも、各国に対し対イラク支援実施の働きかけを行うなど、国際的な取組を強化するための働きかけを行っている。

イラクの安定化には、イラク周辺国及び主要国が協力して取り組むことが必要であるとの観点から、「イラク安定化に関する周辺国拡大外相会合」の第1回会合が5月にエジプトのシャルム・エル・シェイクで、第2回会合が11月にトルコのイスタンブールでそれぞれ開催された。日本からは、第1回会合に麻生外務大臣が、第2回会合には小野寺外務副大臣がそれぞれ参加した。

また、イラクの繁栄と安定化に向けて、イラク政府と国際社会で共通の目標を設定するとともに、目標達成に必要な取組を定めるため「イラク・コンパクト」が作成され、発足会合が5月3日にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された。「イラク・コンパクト」の策定には、日本も準備グループの一員として積極的に貢献してきており、小池百合子総理大臣補佐官が発足会合に出席した。

国連は、イラクの安定化に向けた取組を強化する姿勢を見せており、8月には、国連安保理決議第1770号により、国連イラク支援ミッション(UNAMI)の権限延長(2008年8月までの1年間)及び役割拡大が決定した。さらに、9月、国連の主催により、イラク・ハイレベル会合が開催され、日本からは町村外務大臣が出席した。この会議では、潘基文(パンギムン)国連事務総長から、イラク国内における国連のプレゼンスを拡大する方針が発表された。12月には、イラク駐留多国籍軍の駐留期限を2008年末まで原則として1年間延長する国連安保理決議第1790号が採択された。



 (3) 

日本の取組


イラクが平和的な民主的国家として再建されることは、中東地域の安定に不可欠であり、石油エネルギーを中東原油に依存する日本にとっては、国益に直結する問題として極めて重要である。またイラクが不安定化すればテロの温床となりかねず、イラクの再建は、国際社会共通の課題である。日本も、国際社会の責任ある一員としてふさわしい支援を行うため、自衛隊、ODA、国民融和に向けた働きかけ等、幅広い取組を行ってきている。


 イ  

政府開発援助(ODA)による支援

日本は2003年10月、イラク復興支援のための「当面の支援」として、15億米ドルの無償資金協力、中期的な復興ニーズに対する円借款を中心とする最大35億米ドルの支援からなる最大50億米ドルのイラク復興支援を表明した。このうち15億米ドルの無償資金協力については、使途をすべて決定し、現地で次々と支援が実を結びつつあることから、円借款を中心とした支援に重点は移りつつある。円借款については、運輸、エネルギー、産業プラント及び灌漑等の分野の10案件(総額約21億米ドル)に対する支援の意図を表明し、交換公文の署名を行った。また、これら最大50億米ドルの復興支援に加え、約60億米ドルの債務救済支援を実施した。さらに、日本の支援により、2007年末時点までに2,000名以上のイラク人に研修を実施しており、3月にはハキーム・イラク国民融和担当大臣を団長とし、各派のバランスを考慮した形で13名の国民議会議員等有力者を日本に招請し、「イラク国民融和セミナー」を開催した。

これらの支援に加え、日本は、2月に「イラク・コンパクト」策定を含めたイラクの国づくりを後押しすべく、国際機関を通じ、基礎的生活分野、治安、人材育成等の人道復興支援案件に対し、総額1億450万米ドルの追加支援を決定した。また、イラク難民・国内避難民を支援するため11月に約6億円の支援を決定した。


 ロ  

自衛隊による支援

サマーワを中心として人道復興支援活動に従事していた陸上自衛隊が、2006年7月にイラクから撤収した後も、航空自衛隊による多国籍軍及び国連に対する輸送支援は引き続き実施している。航空自衛隊は、おおむね週4回~5回程度輸送を行っており、基本的には、バグダッドへの輸送としておおむね週1回程度、バグダッド経由エルビルへの輸送としておおむね週1回程度、その他についてはアリ(タリル)飛行場への輸送を行っている。2006年9月の国連輸送支援開始以降、おおむね月17回~20回程度輸送を行っており、そのうち4回~5回が国連支援となっている。2007年6月、日本ではイラク人道復興支援特別措置法の期限を2年(2009年7月31日まで)延長する法案が国会で可決・成立した。



 (4) 

日本とイラクの関係


3月にハーシミー副大統領(スンニー派)が来日し、4月にはマーリキー首相(シーア派)が来日した。日本からは、今後ともイラク復興支援に取り組む姿勢に変わりない旨を伝えるとともに、それぞれの所属する宗派の政治指導者である両者に、国民融和に向けた働きかけを行った。イラク側からは、日本の支援継続を要請するとともに、これまでの取組に深い謝意が表された。これらの訪日を通じ、日本とイラクがお互い利益を得るような関係を目指すという、「長期的・戦略的パートナーシップ」の構築に向けた双方の意思が確認された。


テキスト形式のファイルはこちら

▲このページの上へ