第1章 概観


1 現在の国際社会と日本外交

【今日の国際関係】
 グローバル化の進んだ今日の国際社会においては、ヒト・モノ・カネ等の移動が瞬時になされ、今や、インターネットなどを通じて、世界中の情報が瞬時に入手できるようになったのみならず、ビジネスも行われるようになっている。また、世界中に容易に渡航できるようになったほか、自国にいながらにして様々な国の音楽やドラマも鑑賞できるなど、私たちはグローバル化時代の恩恵を日常生活の各所で享受している。そして、政治・経済・社会・文化等あらゆる分野にわたって国家、企業、私人等様々なレベルでの重層的な交流が活発に行われ、国境を越えた相互依存関係が高まっている。その一方で、グローバル化時代の負の側面として、大量破壊兵器の拡散、国際テロリズム、人身取引や薬物の取引をはじめとする国際組織犯罪、エイズやSARS等の感染症、環境問題といった地球的規模の問題も顕在化している。これらは当局の対処能力や管理能力の欠如に起因するものでもあるが、グローバル化と相互依存関係が共鳴しあいながら深化している中で、国境を越えて国民一人一人ひいては国家の安全をも脅かすものとなっている。
 冷戦が終結して、国際社会は安定した平和と繁栄の時代の到来を期待したが、世界の各地で紛争は、今もなお、後を絶たない状態が続き、それによって民族の大虐殺や大量の難民、国内避難民等が発生し、人間として最低限の営みすら行えないという事態も見られている。また、2001年9月11日の米国同時多発テロを契機に、国際テロリズムやテロ組織等の非国家主体による大量破壊兵器等の取得・使用の危険性は深刻な脅威として認識されるようになった。国際社会の「テロとの闘い」は、アル・カーイダの訓練キャンプを破壊し、ネットワークを分断し、多数の幹部・構成員を拘束、殺害する等の成果を上げている。しかしながら、ウサマ・ビン・ラーディンはいまだ拘束されておらず、各地に分散したアル・カーイダの幹部や関係者の声明に呼応しつつ一定の独自性をもって活動している各地のテロリストグループ等によるテロの脅威は依然として高い。こうしたテロリストが、核兵器や生物・化学兵器といった大量破壊兵器を入手することがあれば、国際社会にとってその脅威は計り知れないものとなろう。
 このように、現在の国際社会は、ある意味で、冷戦期以上に不安定要因を抱え込んでいると言える。国連は、二十世紀に二度の大戦を経験した国際社会によって世界の平和と安定を確保する試みとして創設されたが、冷戦期に十分な役割を果たすことができなかった。冷戦の終焉によって、国連がようやくその真価を発揮することへの期待は高まったが、現実には、今日の新しい国際情勢において、国連はその期待された役割を十分に果たしているとは言えない状況にある。そうした中で、国際社会は、平和と安定を求めて、今日の国際情勢に見合った新たな秩序の形成を模索している。日本を含め国際社会が、国連を改革しようと努力しているのもその一環である。また、国際社会が直面している共通の課題に取り組む上で、国際社会全体が新しいルールを形成し迅速に共同行動をとることが難しい面もある中、国際社会において問題意識を共有する国々が、既存の法的な枠組みの範囲内で、連携を試みる取組も見られるようになっている(注1)
 また、近年、特筆すべきこととして、地域レベルでの協力が進展していることが挙げられる。地域の平和と繁栄を確保するため、国際社会は、欧州、米州、アジア、アフリカ地域といった地域によって、その度合いは異なるものの、地域協力や地域統合に向けた努力を進めている。欧州には、最も進化した形態の地域統合であるEUがあり、経済のみならず政治、安全保障などの分野での統合も進化し、その地理的範囲も拡大しつつある。NATOについても、「NATO・ロシア理事会」を発足させてロシアとの関係を強化する一方、かつてワルシャワ条約機構に属していた中・東欧諸国のNATO加盟も実現した。また、アフガニスタン等の域外における活動を開始するなど、NATOは拡大と変革を遂げている。米州においては、NAFTAや南米南部共同市場(メルコスール)、アンデス共同体といった地域経済統合に加えて、FTAAを通じた北米と南米の自由貿易圏としての経済面での連携強化に向けて交渉が進められている。アフリカにおいても、アフリカ連合(AU)がアフリカ自身の平和や開発の問題に、自助努力で取り組もうとする動きが見られるようになっている。アジアにおいては、経済面での交流は急激に進展を見せ、現在では、アジア地域の域内貿易依存度が、NAFTAのそれをも凌駕するに至っている(注2)。その反面、政治面での協力は、多様な民族、文化、宗教、政治体制を背景として未発達であり、伝統的な安全保障面での地域協力は、ASEAN地域フォーラムによる信頼醸成対話に留まっている。そうした中で、近年、「東アジア共同体」という地域統合体の形成も視野に入れつつ、ASEANや日本、中国及び韓国を中心とした地域協力が進展し始めたことは、新たな一歩として注目を集めている。
 このように、現在の国際社会において、個々の国家は自らの国益を追求する中で、国際社会全体が直面する地球的規模の問題に対処していくため、他国・国際機関と協力しつつ、必要に応じて新しいルールを構築しながら、その時代にふさわしい国際秩序のあり方を模索している。



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