第5章 海外の日本人・日本企業に対する支援 

  【海外邦人安全対策の推進】
 外務省は、国民の安全な海外渡航・滞在を支えるため、海外安全対策の一層の充実を目指して努力している。事件・事故などの予防と発生後の的確な対応の双方を重視しつつ、諸外国や関係省庁、民間企業・団体とも連携して海外安全対策を推進している。
 2003年の日本人海外渡航者数は約1,330万人(速報値)であり、海外に住む日本人の総数は約91万1,000人となった(2003年10月1日現在)。日本人が海外で事件や事故に巻き込まれる件数も過去10年間で約1.5倍に増加し、2002年に海外の日本大使館等が関与した日本人援護件数は、1万4,364件、人数にして1万6,996人に達している。2003年の日本人が巻き込まれた事件・事故としては例えば、中央アフリカのクーデター(3月、日本人1名が重傷)、イラク国連事務所爆弾テロ事件(8月、日本人1名が負傷)、中国瀋陽における邦人誘拐事件(10月、日本人1名が誘拐、無事保護)、エジプトでの一連の観光バス事故(11、12月、日本人多数が重軽傷)がある。2003年の在外邦人の安全に関わる最大の問題は、3月の米軍等によるイラクへの武力行使への対応であった。外務省としては、「早め早めの対応」、「最悪の事態を想定して準備する」との原則の下、在外邦人の安全確保に努めるとともに、武力行使開始後もイラク国内に残留した日本人に可能な限りの支援を行った。
 一方で、海外の日本人が命を落とすという事件も発生しており、11月24日には2001年2月にコロンビアにおいて誘拐の犠牲となっていた日本人1名が、また、11月29日にはイラクにおいて日本人外交官2名が殺害されるという痛ましい事件が起きた。

 
2002年の海外邦人援護件数の事件別・地域別内訳

2002年の海外邦人援護件数の事件別・地域別内訳
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 予防のための最も重要な対策は、日本国民に対する的確な情報提供と広報活動である。外務省は、各国・地域について、安全対策やトラブル回避の観点から参考となる情報を国民に幅広く提供している。例えば、治安の悪化、騒乱、テロ等、海外の日本人の生命・身体の安全に悪影響を及ぼす事態の発生やその可能性についての情報はもちろん、一般的な治安状況、犯罪発生の傾向(状況・手口等)、査証・出入国手続、保健・衛生等、渡航や滞在にあたっての安全対策やトラブル回避に必要な基礎的な情報を「渡航情報」として提供している。2003年春にアジアを中心に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)への対応に際しても、危険情報の発信、ホームページや説明会の開催等を通じたSARS関連情報の提供等を実施した。また、イラクを中心とする中東情勢や10月にアル・カーイダの首領であるウサマ・ビン・ラーディンによると見られる声明で日本が報復の対象として言及されたこと等を踏まえ、テロ関連情報の収集・分析を強化し、海外進出企業や在留邦人を対象とした「危機管理セミナー」等の場で、情報提供及び啓発に努めた。こうした情報は、外務省「海外安全ホームページ」(http://www.mofa.go.jp/anzen)のほか、海外安全情報FAXサービス(0570-023300)、最新渡航情報メールサービス等を通じて幅広く提供されている。「海外安全ホームページ」へのアクセス件数は毎月200万件以上(3月には500万件)となっている。また、海外においては大使館等と在留邦人の間で「安全対策連絡協議会」を開催して情報提供・交換を行うとともに、国内においても各種講演会や「海外安全官民協力会議」等を通じて国民に情報提供を行っている。このような情報提供に加えて、在外公館の危機管理体制等を随時点検し、また、退避が必要となる状況を想定した対応訓練等を実施している。
 また、領事分野の諸施策を国民に広報するために、「旅券の日」(2月20日)に伴う関連イベントや海外安全キャンペーン(12月)を実施したほか、海外安全に関するセミナーの開催、海外進出企業や旅行業界等に対する海外安全関連の情報提供等を継続的に行っている。

 
海外安全ホームページ

海外安全ホームページ

 
 SARS危機への対応
~中国広州での領事業務~
Column

 SARSの発祥地であり、かつ、感染源が依然として判明していない広東省の在留邦人にとって最大の不安は、いつ、どこでも感染の可能性があるということでした。したがって、在広州日本国総領事館における最大の仕事は、情報収集と管内在留邦人への迅速な情報提供を行い、これらの不安を和らげることにありました。また、発熱による検査のためSARS病棟に隔離入院させられた日本人に通訳などの支援を行うため他の館員とともに防護服を着て訪ねたり、学校当局により隔離された日本人留学生と携帯電話で連絡を取り、その様子を日本にいる家族に連絡するということもありました。こうした対応を行うにあたって小規模な当館ではすべての館員がSARS関連の仕事に関わることとなり、同時に未知の病気との闘いということもあって、緊張と不安の連続で皆疲労がたまっていましたが、在留邦人の方から「情報提供いただき助かっています。」との声が届くたびに元気づけられていました。
 このような経験を通じて一番強く感じたことは、「未知のものに対する恐怖」の恐さです。一時期は在留邦人の方などから連日照会の電話があり、その中には「広州市の○○ビルの十何階にある会社で患者が出て、その会社は一時閉鎖された。」とか、「広東省の○○市では集団発生が起こり、日本人も数名死亡したという噂を聞いた。」というような情報もありましたが、これらの情報を確認してみるとほとんどのケースが全くのデマであったり、どこかで曲解されて伝えられたというものでした。このような不正確な情報が流れた後は、在留邦人社会の中にパニックを引き起こさないため、「デマの打ち消し」が重要な仕事の一つとなりました。SARS問題に限らず未知の恐怖と戦うためには、素早い対応はもちろん必要ですが、何よりも冷静さを保ちながら正確に対処することが重要であるということを痛感した次第です。
執筆:広州日本国総領事館領事 新通(しんどおり) 昌徳


 

 イラクにおける「人間の盾」/「自己責任」原則 ある館員の所感


 「イラクの情勢は大変危険です。既に全土に「退避勧告」が出ています。今すぐ退避して下さい。」
 イラク開戦が迫る2003年2月、外務省は、イラク国内の戦略的拠点で「人間の盾」になろうとする日本人に対して、必死の説得活動を行っていた。大使館員がイラク周辺国の空港やバスターミナルで待機して直接語りかけるなど、思いつく限りの手段を試みた。
 しかし、「人間の盾」志願者は、説得を「過保護」と揶揄し拒否した。「こんなことに時間を使う余裕があるなら、攻撃を止めるようアメリカを説得すべきだ」と述べ、イラク入りする者もいた。海外における日本人の保護は外務省の役割であるので、退避を勧めるための努力を続けた。同時に自問自答もした。
 彼らは平和の希求という理想を追求するため、自らの意思で危険を承知で行動している。政府としては止める権利も義務もないのではないか。むしろ、求められていない邦人保護活動は、彼らの理想に対する侮辱であり、税金の無駄遣いではないか。
 そんな矢先、ある「人間の盾」志願者から「館員が国外に退避した後でも、大使館に駆け込めば何とかしてくれますよね」という要望があった。大使館の説得には応じないが、最後は政府が何とかしてくれるであろうという意識が感じられた。館員は説得活動を続け、攻撃開始直前になって出国支援を求めてきた日本人に対しても、可能な範囲で支援を行った。
 戦争は、結果として一人の日本人の犠牲者を出すこともなく終結を迎えた。しかし、邦人保護のあり方については、一つの問題意識が残された。即ち、今回の「人間の盾」のように自らの信念に基づき危険を覚悟で渡航する日本人については、より一層自己責任の原則について明確な意識を持ってもらう必要があるのではないかという問題意識である。自己責任の原則をより明確にすることが、個人個人のより慎重な行動を慫慂し、結局は海外における日本人の一層の安全につながるのではないかと感じた。

 

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