第3章 > 第5節 国際法規範の形成に向けた取組
【総論】
今日の国際社会においては、政治・安全保障、経済、人権、環境等、国民生活に影響を与える様々な分野で国際的なルールの形成が日々行われている。その中で、日本は、国益、すなわち、日本と日本国民の安全と繁栄の確保に資するような国際法秩序を構築していくために、国際的なルール作りに構想段階から積極的に参画して、自らの理念と日本の主張を反映させるよう努めている。また、そのようにして作られた国際的なルールには国民の理解を得て早期に参加するよう努め、日本及び日本国民の国際社会における活動の円滑化を図っている。日本が締結した国際約束を適切に実施することは、日本外交の継続性と一貫性を維持し、日本外交に対する信頼感を高める重要な意義を有する。
国際法は、国際社会の基本的な法則とも言うべき「国際慣習法(不文律)」と各国が締結する「条約」の二つに大別されるが、「国際慣習法」の法典化(成文化)も鋭意行われている。いわば国際法秩序の「屋台骨」の構築とも言える、このような法典化作業への参画等を通じ、国際法規の形成に積極的に関与することは、日本の主張を国際法秩序に反映させるだけでなく、国際社会における法の支配を強化する上でも重要である。さらに、国際紛争の平和的解決、日本の国益に資する国際法秩序の構築のため、国際司法裁判所(ICJ)等の国際裁判所や国際法に関する各種の国際会議に積極的に関与している。
【日本の取組】
〈日本の外交安全保障の基盤的枠組み作り〉
日本有事に備えての法整備に関しては、小泉内閣の「備えあれば憂いなし」との方針の下、日本政府は、武力攻撃事態対処法案を2002年の通常国会に提出した。外務省としては、日本の安全の確保のため、日米安全保障条約の円滑かつ効果的な運用に努力するとともに、武力紛争下での捕虜や文民の保護を定めた国際人道法であるジュネーブ諸条約第一及び第二追加議定書の締結に向けて、必要な検討を進めていくことにしている。
また、日本の周辺環境の安定は、安全保障の観点から重要な問題であり、引き続き、戦後の残された課題である日朝国交正常化や日露平和条約の締結等に向けた交渉に取り組んでいく考えである。
さらに、米国同時多発テロ以降、2002年においてもテロとの闘いが国際社会の重大な課題となっており、日本としてもテロを防止・根絶するための国際的な枠組み作りに積極的に取り組んでいる。従来から議論されてきた包括テロ条約や核テロ防止条約に加え、海洋航行不法行為防止条約や核物質防護条約の改正の交渉が開始されたが、日本としてもこれらの交渉に積極的に取り組んでいる。また、テロ資金供与防止条約を6月に締結し、日本は12本のすべてのテロ防止関連条約を締結した。
〈自由貿易の維持・拡大に向けた枠組み作り〉
2002年1月から世界貿易機関(WTO)の新ラウンド交渉が本格化し、各分野において活発な議論が行われる中、その経済が貿易・投資に大きく依存する日本は、アンチダンピング等の分野で積極的に議論を主導した。また、自由貿易協定(FTA)の構築が世界において急速に進展する中、経済連携の強化を積極的に進めていくとの観点から、2002年11月にシンガポールとの間で日本として初めてのFTAである経済連携協定(EPA)を締結したことに加え、同月よりメキシコとのFTA交渉を開始し、東アジア諸国・地域との間でも経済連携に向けた検討を進めた。
〈国際的な対応が求められる分野での国際的ルール作りへの参画〉
グローバル化の進展や科学技術の発展により、政治・安全保障や経済にとどまらない様々な分野で、国際的な問題解決のための法的枠組み作りが重要になっており、日本はその取組に積極的に参画している。環境分野では、特に、1997年に日本で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議で作成された気候変動枠組条約京都議定書について、日本は2002年6月に締結した上で京都議定書の早期発効を目指し働きかけを続けるとともに、米国や開発途上国を含むすべての国が参加する共通ルールの構築に向けて努力するなど、地球温暖化問題に積極的に取り組んでいく考えである。知的財産権の分野では、知的財産権の保護に関する国際的な枠組みへの参加を進めており、7月に、著作隣接権の保護の改善を目的とした実演・レコード条約を締結した。また、文化の分野では、文化財の不法取引への対処を定める文化財不法輸出入等禁止条約が、国内法制の未整備のため長年にわたり未締結であったが、所要の国内法の成立を受けて、9月に同条約を締結することができた。
(トピック:国際法あれこれ)
〈国際化社会に対応した枠組み作り〉
国際社会で活動する日本国民や日系企業が大幅に増加する中で、在留邦人や日系企業の利益の保護・促進を図るための国際法秩序の枠組み作りにも努めている。海外における日本人受刑者及び日本国内における外国人受刑者の改善・更生と社会復帰等を目的として、2003年2月、受刑者移送条約を締結した。また、韓国との間では、2002年6月に犯罪人引渡条約、2003年1月には投資協定をそれぞれ締結した。
さらに、国際的な商取引等の増加に伴い、国際私法の分野においても統一的なルール作りが進められている。例えば、2001年11月には、私法統一国際協会(UNIDROIT)において可動物件国際担保条約が、12月には、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)において国際債権譲渡条約がそれぞれ採択されているが、日本は草案の作成段階から積極的に審議に参加し、条約の成立に貢献している。
〈国際法規の法典化と解釈〉
日本は、国連を中心とした国際法の漸進的発達及び法典化にも積極的に貢献している。国際的な法典化作業により、これまで、条約法条約、外交関係ウィーン条約、領事関係ウィーン条約等が作成されており、現在は、国家責任などについて法典化が進められている。国際私法分野においても、UNCITRAL等の会合における条約・モデル法の作成作業に関して、日本は積極的な貢献を果たしてきた。
国際法は、着実に発展しつつある動的な法体系であり、その解釈については、国際法の最新の動向を的確に把握し、一歩先の展開を見通して戦略を立てなければならない。このような観点から、人道法、工作船、拉致等の最近の問題における国際法上の論点について、より適切な対応を図るため、国内の研究者とも幅広い意見交換を重ねている。
〈国際紛争の平和的解決の促進〉
国際社会の平和と安定を維持するためには、法の支配を強化し、国際紛争の平和的解決を促進する必要がある。日本は、ICJの小田滋判事や国際海洋法裁判所の山本草二判事、旧ユーゴ国際刑事裁判所の多谷千賀子判事といった各種の国際裁判所への人的貢献を通じ、法の支配の強化に貢献している。2002年10月のICJ裁判官選挙においては、小和田恆候補が当選し、2003年2月より9年の任期を務めることになった。
また、日本は、国際社会にとって最も深刻な犯罪の発生を防止し、国際社会の平和と安定の増進に資するとの観点から、国際刑事裁判所(ICC)の設立を一貫して支持してきた。ICC規程は、2002年7月1日に発効したが、日本としても、同規程を締結するため国内法令との整合性につき鋭意検討を進めている。