8月 |
23日 |
- 事件発生。キルギス南部オシュ州アルティンジルガ地区にて邦人4名を含む7名が誘拐される。
- 外務省オペレーションルームに緊急対策本部設置。
- 三橋駐カザフスタン大使がキルギス首都ビシュケクに到着。現地対策本部を設置。
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24日 |
- 小渕総理がアカーエフ・キルギス大統領と電話にて会談。
- キルギスに対して海外危険情報発出(オシュ州に危険度4「家族等退避勧告」、その他地域に危険度1「注意喚起」)。
- 国際協力事業団(JICA)に対し、安全対策の再点検を指示。
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23~28日 |
- 武見政務次官(当時)がカザフスタン、タジキスタン、キルギスを~28日訪問。各国要人と会談し協力を要請。
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25日 |
- ビシュケクで中央アジア3ヵ国と中露との首脳会談(「上海ファイヴ」)が開催され、テロに対する立場を盛り込んだ声明を採択。
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26、28日 |
- ウズベキスタン・イスラム運動リーダーの一人と称する、アブドゥラヒムが米VOAに電話し、ウズベキスタン政治犯の釈放を要求する声明とインタビューを放送。(9月6日にも)
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28日 |
- キルギス、カザフスタン、タジキスタン及びウズベキスタン4ヵ国の外相・国防相会合開催。
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27、31日 |
- ウズベキスタン・イスラム運動リーダーの一人と称する、アブドゥラヒムの声明及びインタビューをBBCで放送。
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29日 |
- 小渕総理よりラフモノフ・タジキスタン大統領及びカリーモフ・ウズベキスタン大統領に対し協力を求めるメッセージ発出。
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30日 |
- キルギスのオシュ州と隣接するウズベキスタンの3州に危険度3「渡航延期勧告」を発出。
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9月 |
1日 |
- 別件にて人質となっていた3名のキルギス人警官解放。
- キルギスのオシュ州と隣接するタジキスタンの地域に危険度2「観光旅行延期勧告」に代えて危険度3「渡航延期勧告」を発出。
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6日 |
- 通訳がロシア語で書いたものに日本人4名が署名したと見られる手紙がキルギス政府に接到。
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11日 |
- 現地紙「ビシュケクの朝」にウズベキスタン・イスラム運動のリーダーの一人と称する、アブドゥラヒムがキルギス大統領他に宛てた書簡(ウズベキスタンの政治犯5万人の釈放を求めるもの)が掲載される。
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16日 |
- ウズベキスタン・イスラム運動指導者と目されるタヒール・ユルダシェフがBBCの電話インタビューにて日本人人質を近日中に解放する旨表明。
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17、18日 |
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24日 |
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10月 |
2~3日 |
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3~4日 |
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8日 |
- 中山駐ウズベキスタン大使がタジキスタンを訪問し、ラフモノフ大統領、ヌリ国民和解委員会議長と会談。
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12日 |
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13日 |
- 総理よりアカーエフ・キルギス大統領にメッセージを発出。
- キルギス人警官1名が解放される。
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17日 |
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18日 |
- キルギスのシャムケーエフ将軍と兵士1名が解放される。
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25日 |
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26日 |
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