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総督官邸


 豊かな緑に囲まれ、にぎやかなセントラル地区の後方に位置する総督府は、さまざまな建築様式の要素が入り交じった、香港総督の公邸として現存する最古の建物である。
 最初の建築計画を立てたのは、二代目公有地監督官、チャールズ・セント・ジョージ・クレバリーで、彼は円柱を四方に配した新古典主義の邸宅を構想した。
 建設は1851年に始まり1855年に完成した。最初に利用したのは四代目総督のジョン・ボーリング卿であった。
 それ以降、度重なる増改築が行われ、現在の総督官邸には当初の面影はほとんど見られない。最も大規模な改築が行われたのは、1889年から1891年にかけてと、日本の占領下におかれた1942年から1945年の間の二回である。
 G.W.テス・ボークス卿が総督を務めていた(1887~91)1889年には官邸の東側に広々した舞踏場を持つ別館の建設が始まった。これは、1991年の2月に完成し、総督夫人が催す仮装舞踏会に用いられた。
 1940年代初頭、第二次世界大戦の勃発に際して防空トンネルが官邸内に掘られた。これが建物の基礎に悪影響を与え、老朽化も随所に見られるようになった。
 日本占領軍は、広範囲にわたる改築、増築を進め、官邸の中央には東洋的な塔を建てた。
 続いて、デイビット・トレンチ卿(1964~1971)によって、官邸は全面的に改装された。
 ムーレイ・マクルホース卿は(1971~1982)1979年の改築期間中、10ヵ月にわたり総督府を離れた。(1979)この工事で屋根は新しく取り替えられ、初めて舞踏場にエアコンが設置された。
 さらにデイビット・ウイルソン卿(1987~1992)は、庭にあった四角形のプールを円形のデザインに変えさせた。
 クリストファー・パッテン総督時代(1992~1997)にも大規模な改築が行われた。詳細の計画を担当したのは地元の著名な建築家であり、香港式のデザインや技術を世間に幅広く紹介しようと努めたタオ・ハオ氏であった。
 総督官邸は、これまで何度も王族を接待している。最初に招いた王族はビクトリア女王の二男のエジンバラ公アルフレッド王子であった。エリザベス二世女王は1975年に香港を訪れた際に、この官邸を利用したが、君臨中の国王を官邸で接待したのはこの時が初めてである。
 現在では、総督の住居としてよりも公共的な役割に重点がおかれつつあるものの、142年間にわたる歴史を通じて、官邸は総督とそのスタッフの住居と職場を兼ねてきた。
 最近では舞踏会やパーティよりも種々の授与式が行われる機会が多く、また古くからの格式ばった社交儀礼よりも、よりカジュアルな昼食会や夕食会が主流になってきている。
 1968年3月、デイビット・トレンチ卿は敷地を公開し、アザレアやその他の植物が織りなす目も覚めるような光景を一般に見学させた。その後、毎年の恒例行事となり、何千人もの住民がこの公開を心待ちにするようになった。
 総督官邸は、1995年9月に歴史的建造物に指定された。

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