アフリカによるアフリカ発展を支援する
~第3回アフリカ開発会議 TICAD III~
総合外交政策局企画課(前中東アフリカ局アフリカ第二課)
宮下匡之 首席事務官に聞く
収録:平成15年11月5日
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東京大学法学部3年 金原明彦さん |
日本政府が国連などと共催するアフリカ開発会議(TICAD)。第一回会議から10年目を迎える今年、第三回のアフリカ開発会議が開催された。
アフリカをめぐる話題の中で最近注目されているのが、アフリカ諸国により提唱されている「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」である。NEPADでは国際社会の援助に従属するのではなく、アフリカ自身の責任において、アフリカの諸問題を解決することが重視され、アフリカの自助努力をサポートする形で国際社会がアフリカ支援のための連携を強化することが提示されている。今回のTICAD IIIでも多数のアフリカ首脳が参加する中、NEPAD支援が強調された。日本の外交史上類を見ない規模となったTICAD IIIの内容と、日本のアフリカ開発に対する支援体制について外務省総合外交政策局企画課(前中東アフリカ局アフリカ第2課)の宮下匡之首席事務官に伺った。(金原)
金原:まずTICAD IIIの成果をお聞かせください。特に今回は93年に始まったTICADプロセス10周年の記念会合であり、多くの国・機関から参加のもと、様々な議論がなされたそうですね。
宮下:TICAD IIIの目的は、国際社会によるNEPAD支援の結集と、アフリカの開発を支援する様々な国・国際機関・NGO・民間企業といった開発パートナーの拡大にありました。このような観点からすると今回はアフリカ諸国や伝統的なドナー諸国、そしてアジア諸国等を含めた89ヶ国、47の国際機関・地域機関からのハイレベルの参加者がNEPAD支援の重要性につき一致をみたこと、また欧米諸国や国際機関に加えて、アジア諸国やNGO・民間企業といった様々な開発パートナーによってアフリカ開発をめぐる質の高い議論がなされたことを考えれば、所期の目的を達成したといっても良いと思います。
金原:TICAD IIIではNEPAD支援に重点が置かれていたのですね。アフリカの諸問題に対してアフリカ諸国が自身の責任において解決をしていこうとするこの枠組みは、自立したアフリカ構築のために意義深いものと考えますが、アフリカ諸国の独立から約40年経った今、なぜこのような枠組みが提唱されているのですか。「やっと」という感じもしますし、「いよいよ」という感じもします。 |
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総合外交政策局企画課 (前中東アフリカ局アフリカ第二課) 宮下匡之首席事務官 |
宮下:アフリカ側でも独立当初から自発的に開発を進めていこうという考えは当然にありましたが、残念ながら人材不足、制度的なインフラ不足といった問題を数多く抱え、努力目標を掲げても具体的な計画に立脚した開発を進めることが難しかったのだと思います。では、なぜ今になってこうした動きが出てきているかというと、アフリカが世界から取り残されるではないかという大きな危機感を有しているからだと考えられます。その背景は大きく分けると2つあり、政治的には冷戦の終結に伴ってアフリカの戦略的な重要性が低下し、国際社会のアフリカへの関心が低下しつつあったことです。また、経済的にはグローバリゼーションが進んだにもかかわらず、残念ながらアフリカはインフラ、人材、制度といった面で国際社会より大きく後れをとってしまっている結果、グローバリゼーションの恩恵を受けることが少なく、むしろその負の側面が表出していることです。こうした背景に基づく危機感がアフリカ内で高まっていることがNEPADがこのタイミングで成立した大きな要因だと思います。さらに、民主化が進んだ結果として、基本的人権や市場経済といった価値観を共有する指導者がアフリカの国々に現れつつあるということも理由として挙げられるでしょう。
金原:日本の対アフリカ支援は特に教育、保健衛生、水、農業の部門に重点が置かれています。また、TICAD IIIにおいても「人間中心の開発」が支援策の柱の1つとして挙げられていますが、どのような理由・経緯からですか。
宮下:簡潔にいえばこうした人間生活における基本的ニーズがアフリカで不足しているためです。もう1つは教育・人材育成や保健衛生、水といった分野は日本自身が経済発展の過程で重視してきた分野であり、自らの開発経験に基づく比較優位があるということもいえるでしょう。
金原:日本からの対アフリカODAに関し実際のプロジェクトはどの様なプロセスをたどって現地において実施されるに至るのですか。プロジェクトが策定、選択されるプロセスについてお聞かせ下さい。 |
宮下:まず途上国政府自身が、様々な開発プロジェクトの中で、日本のODAを念頭に進めるプロジェクトを決定し、これが各国政府から大使館を通じて日本政府に要請されます。この要請を受けて、プロジェクト自体の必要性、周辺に与える影響、債務の負担能力等様々な要素を勘案した上で、日本政府として実施するプロジェクトを選定し、相手国政府に通報の上、実施していくというのが通常のODAプロジェクトの選定・実施プロセスです。よりきめの細かいODAの手法としては、草の根・人間の安全保障無償資金協力に代表されるNGOや地方公共団体を通じて行うような援助があります。これは中央政府では吸い上げにくいような現地草の根レベルのニーズに応えるためのスキームであり、主として現地の大使館の判断に基づき援助が行われます。現在では、伝統的な要請主義に加えて、日本と被援助国政府による経済協力に関する政策対話を踏まえ、ODAにつき双方の考え方をよりよく理解した上で具体的な案件を共同で形成していくといった共同案件形成主義という流れに向かっています。
金原:自立したアフリカの構築のためにはアフリカ諸国の政情が安定し、経済活動が順調に進むことが肝要です。アフリカの政情安定に向けた外交交渉や紛争予防が必要であり、「平和の定着」が日本の対アフリカ支援イニシアティブの1つとして挙げられていますが、日本政府はアフリカ諸国の政情安定のためにどの様な行動をとっていますか。また、アフリカには民主的であることにつき疑問符がつく国家が少なからずありますが、そのような国家に対する援助はどの様に進めていきますか。
宮下:内戦や戦乱が終わった国が平和に向かって歩み始めたときに、ODAなどを通じてその歩みを後戻りさせることなしに促していくというのが日本政府が提唱している「平和の定着」です。平和の定着を促す取組には、ODAによる人道・復興支援以外にも選挙監視団の派遣や選挙用物資の提供といった選挙支援など広範囲の支援が含まれます。TICAD IIIにおいても、アフリカ開発の重点分野の一つとしてこの「平和の定着」を掲げており、今後のアフリカ政策においてはこうしたアプローチが進められていくことになります。
アフリカには民主的であることに疑問符がつく国が少なからずあり、そうした国に援助を行うのは困難なケースが多いのは事実です。ただし民主的とはいえない国にこそ人道的な援助ニーズが多いのもまた事実です。こうした場合に人道的観点より一定の援助を継続していく必要があると判断される場合には、日本政府による直接の援助が困難であれば国際機関やNGOなどを通じた援助を行うこともあります。一方で、民主的でない国家に従来どおりの援助を継続する場合には、その政策を支援しているとの間違ったシグナルを送ることともなりかねないので、政変が起きた国などには援助を停止したり、減額するといった政策的対応を行うこともあります。 |
金原:日本・アフリカ関係を深化させるためには私企業の進出など民間セクターのアフリカ進出がより一層進められるべきだと考えます。この点についてTICAD IIIではどのような進展があったのでしょうか、また今後TICADの枠組みの中でどのように促進していくのでしょうか。
宮下:貿易や投資は経済発展のエンジンであり、アフリカ開発でもその重要性は近年注目されてきています。残念ながら、金融制度の未整備や治安が悪く電気や水といった産業インフラが不十分であるなど、貿易・投資環境があまり優れていない国々が多いのは事実です。アフリカは一般的に資源にも恵まれ、労働力も安く、ヨーロッパにも近いといった地理的条件にも恵まれているのですが、そうした比較優位を活かしきれていません。こうした比較優位を活かすためには、まずはインフラ整備や人材育成が必要です。まずは、南アフリカなど経済制度やインフラが整備された国が発展していくことが重要であり、その波及効果が周辺諸国にも及んでいくといった形ができれば望ましいのではないかと個人的には思います。また、日本企業が進出してアフリカの発展に貢献することは望ましいのですが、進出するのは必ずしも日本企業である必要はなく、欧米やアジア諸国の企業であっても構いません。アジア企業が進出してアジアとアフリカの貿易・投資が増えるのであればアフリカの発展にとっても非常な利益になります。こうした観点から、TICADにおいてはアジア・アフリカ間の貿易・投資を一貫して推進しており、TICAD IIIでは両地域間の貿易・投資の促進を目標として2004年にTICAD貿易・投資会議を世銀と共催で開催することを発表しました。こうしたイニシアティブを通じて今後もアフリカの貿易・投資環境の整備やアジア・アフリカ企業間の情報交換の受け皿を提供するなどしてアジア・アフリカ間の貿易・投資を促進していく考えです。
金原:アフリカの問題に対処するには日本だけでは不可能ですし、ましてや日本政府だけで出来ることではありません。TICADプロセスではパートナーシップの拡大として「アジア・アフリカ協力」の重要性が一貫して強調されてきましたし、ネリカ米(注)の開発はその1つの成果です。今後のTICADプロセスにおける、他国や国際・地域機関、非政府組織との連携についてどの様にお考えですか。
宮下:TICAD IIIでは開発パートナーの拡大の重要性を謳っていますが、国際社会全体の課題であるアフリカ開発に、より多くの開発パートナーが関心を持ち続けることが大事です。ドナー国、NGO、地域・国際機関、民間企業といった様々な開発パートナーが、それぞれの長所に応じて協力を行っていくべきです。「アジア・アフリカ協力」もこうした考えに基づき推進されています。今後、TICADプロセスがこうした開発パートナーの間の連携を深め、お互いの協力関係を構築していく枠組みとしての役割を果たしていくことが望ましいと考えます。
[インタビューを終えて]
日本・アフリカ関係の強化だけではなく、アフリカとその他の国家や地域・国際機関、民間団体を結びつける場の提供としてTICADが日本政府の手によって開催されているということは興味深いところであり、評価の対象となる点である。ところが、日本の市民の間でアフリカ開発が検討されるべき問題として広く認知されているとは現在のところ言い難い。今後の日本社会とアフリカ社会の接近が期待されよう。
(国内広報課:注)ネリカ米(NERICA:New Rice for Africa)
~病気・乾燥に強いアフリカ稲と高収量のアジア稲を交雑したアフリカ陸稲の「新しい有望品種」。日本やUNDP等の支援により開発され西アフリカを中心に注目されている。
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