![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() | ||||||||||
|
トップページ > 報道・広報 > 新聞・雑誌等への寄稿・投稿 |
![]() |
「ジュネーブより~軍縮外交記5『民間大使として一年を経て』」 (6月朝日新聞社発行「論座」6月号より転載) 平成15年6月
風薫る美しい春の日であった。平成14年4月12日、外務省で竹内行夫次官の執り行う大使の訓達式に臨んだ。軍縮分野に民間大使を受け入れるにあたって特別の工夫を凝らした訓達文が用意され、居並ぶ局長らが私に課された任務についての考えを開陳する。緊張して声も出ないほどであったが、意見を求められると「軍縮と安全保障は表裏一体であるという観点から、国際安全保障体制のあり方を視野に入れて軍縮・軍備管理の推進に勤しみたい」と辛うじて述べたことを記憶している。「重要な視点だ」と次官が助け船を出してくれた。皇居での認証式のあと、外務省に戻って川口順子外務大臣より辞令をいただく。桜色の式服のまま最敬礼で受け取った瞬間、「がんばってね」とそっと言い添えてくださったときの優しい笑顔が忘れられない。それから一年。 真剣に受け止められて 国際政治学の教授職から転じた軍縮大使として、外交業務の経験がないという根本的な限界を抱えながらもこの一年間、少しでも有為なものを日本外交に還元したいと願って任務に当たってきた。ジュネーブ軍縮界の各国大使と緊密な外交関係を築き、各兵器分野の軍縮研究を積み、積極的に協議や交渉に臨むなかで幸いに仕事は順調に進んでいる。 本省からの命を受ける側とはいえ、特命全権大使という重責をになうポジションに異領域から積極的に人材を迎え入れることは組織にとって大変な努力を要することであったに違いない。外務省改革の最中の任命であったため私としても本省にさまざまな意見を申し進め、また専門的内容では自分なりの主張を展開しながら任務を遂行してきたため、波風が立つことがなかったわけではない。自分の考えていた内容とは異なる「要処理・大至急」と真っ赤に記された電報を手に、ため息をつくこともあった。思い入れて書いた政府代表演説の個所に「全削」の命が下ったこともある。一年という時間の経過のなかで振り返ると、いずれも私を守るためであったり、私の主張を本格的に受け入れるためにその時点ではなされたことがわかってくる。時間を共にし、その経過のなかで信頼を寄せながら物事の展開を見つめていく余裕の大切なことを私は学んだ。 そして何より私が感じ入ったことは、客分として安易に祭り上げたり、形だけの民間大使として無難に推移させるという、行政機構としては一般に十分にあり得る発想をとるのではなく、本省幹部も館員も本当に真剣に私を受け止め、対立を恐れずに正面から考えを示し、本格的な任務を私に課し、工夫あるサポートをすべての要所で与えてくれたことであった。真剣勝負で民間大使を受け入れるという構え方は、研究職を中断し、不慣れを覚悟で新たな職場に臨んだ者への最大の誠意の表現であった。 研究職から実務職への転換で最も大変なことは、自我のあり方についてであったかもしれない。研究者として生き抜くためには、自分の目標や能力に関して強い自我と剛毅が必要であり、それを欠くとさまざまなプレッシャーに押しつぶされたり、成果を結実させることができなかったりする。他方で、大使としての私は自らの非力を認識することから出発し、それによって他者の能力や判断を深く評価する余地を心に抱き、助けを求めつつ結果的には自分の剛毅だけでは決して到達できない地点にまで向かうことになったといえるのかもしれない。研究職から転じた大使がそのことに気づくまでは、本省も館員もいかに大変であったかと今更ながら思い、省みて詫びたい気持ちである。寛容と忍耐という翼を広げて、外務省は民間大使を受け入れた。そして主張ある議場外交へのベクトルを編み出していきたいという私の旅路を認め、全方位から支えようとしてくれている。 議場外交の時代へ イラク戦争のように戦場で決まる国際秩序もあるが、思えば戦場とは議場の失敗の果てにほかならない。平和のためには議場外交力を日本も含め各国が大幅に強化する必要があり、戦場には参加しにくい日本は一層のこと、平和を画策する議場戦士としての外交力こそ傑出させなければならない。そのことを軍縮代表部大使のマンデート(委任事項)の領域で実践していくにはどうしたらよいか。それがこの一年間、私がチャレンジした課題であった。 多国間軍縮協議はいうまでもなく議場で行われる。実施・査察機関はハーグ(化学兵器禁止機関)やウィーン(国際原子力機関、包括的核実験禁止条約機関準備委員会等)などに設置されているが、条約や議定書など法的拘束力を有する文書、あるいは政治的合意文書、またそれらの交渉開始に向けた外交協議も大方ジュネーブで行われる。さらにニューヨーク国連本部の軍縮・軍備管理関連の議場外交も在ジュネーブ軍縮代表部大使が出張して担当するならわしとなっている。 軍備管理は各国の安全保障の根幹にかかわるためジュネーブの軍縮会議をはじめほとんどの交渉議場では全会一致の原則が死守され、一国も疎かにはしない猛烈な外交合戦や、大国間の細部にわたる利害調整が議場の内外で展開される。そのパワーゲームの中で影響力を確保するには、まず特命全権の地位と議長などの国際役職の地位を兼務することが効果的である。その場合、事務局機能を実質的には負担することから、事務量が増えるので避ける傾向も20世紀にはあったが、議場での決定が各国の安全保障に深くかかわるようになりつつある今日ではどのようなコストにおいてもその地位を狙う国は少なくない。議長は議場のみでなく水面下の非公式協議でも中心になり、主要軍事勢力も議長との関係強化を図ろうとするために議長には情報が集中するようになっていく。そのような議長職を軍縮分野でいかに獲るかは、先月号にて本省天野之弥軍備管理・科学審議官らの対応力を事例に示したとおりである。 次善の策としては、議長フレンズのたぐいの運営協議のメンバーや、案文作成のドラフティング・コミティーのメンバーになるなど外交調整に役立つ中枢国としての地歩を固めることも考えられ、また議長の案文を直接起草する匿名チームが組まれることもあるので、案文を常に用意しておき、必要に応じて議長のポケットに入れることもよい方法である。多国間場裏では当然ながら協議参加国が多いので、議場で効果的な発言や、冴えのある代表演説を行うことはもとより、何らかの形で頭角を現して協議体のなかで一ランク上のポジショニングに成功しなければならない。 このような観点から日本の軍縮外交をみてみると、通常兵器分野では、年間最大規模の戦争関連死をもたらす小型武器に関しては、国連会議(第一回国連小型武器中間会合)の議長国に日本が指名され、また対人地雷禁止条約においても、条約体制の根幹を成す地雷除去部門で日本が共同議長国となることが決まっている。 大量破壊兵器部門では、成立が絶望視されていた生物兵器禁止条約の条約強化交渉を昨年11月、対立する米国と一部の第3世界諸国を仲介して妥結に導く一助を提供することもできた。核軍縮分野では、国連総会で日本が国是をかけて掲げる核廃絶決議案を近年にない圧倒的多数の支持票をもって可決させるために心血を注いだことは前掲(「論座」3月号)のとおり。条約交渉機関であるジュネーブの軍縮会議においては、次代の核軍縮条約、FMCT(カットオフ条約=核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉に入るための専門的知識ベースを日本がオランダや英国などと共に提供し始めている。その軍縮会議の議長国に日本が今年8月になることにもなった。 甘くなく明るく 議場外交を少しでも効果的に進めるための工夫の余地は多い。 ジュネーブでの交渉では公邸を協議会食のためにフルに活用し、レストランではなく自宅で執り行うことによるホストとしてのいわずもがなの存在感を確保できた場面は、この一年の間でも実に多かった。大使として使える格式のあるレストランの数は限られているため、会合を行うことが漏れることも多く、また人数分の予約を緊急には入れられないこともあるので、高い水準の公邸機能を有していることはかけがえがない。 議場での服装は甘さを排した明るめのスーツがよく、適度に目立つことで外交官の溢れる議場では協議をもちかけられやすくもなる。大使はできるだけ分厚い資料など持たずに要点を暗記して常に協議できるようにしておき、良質のハンドバッグやヒールを身につけて、いかに内心はあせっていてもエレガントであることを心掛け、議事開始時間の前に着いて関係国と簡単な打ちあわせをする余裕が大切である。 大げさな申し入れにせずに、それでも先方に確実に伝えておきたいというたぐいの事項は実に多く、それをあっさりと伝えてしまうことで相手の不必要な警戒心を招かずにすむこともある。また大使は先方との協議内容をすべて本省に打電しなければならないが、メモ帳を取り出すと相手が本音では話さなくなることもあるので、相手の発言をメモをとらずに覚えておく集中力は職業的必須条件である。にこやかさと大らかさは相手を武装解除させるよい手段だが、にこやかな表情の奥で神経を集中させる緊張感を保つ習慣こそ不可欠なのである。 辣腕の前に腕の力 また議場外交を担当する大使は何と言っても体力的に頑丈でなければならない。協議や調整のための出張が多いので、あたかも海兵隊員のように、飛行機内では、離陸と共にすぐ眠り、時差に振り回されないで着地と同時に任務に入ることが必要なこともある。機内で秘密文書などを読むのは秘密漏洩の危険性はもとより眠れなくなるから不適切であり、眠りにつく最もよい方法は関連条約を英語で暗記するほど読み返すことである。議場の大使としては張りのあるよい声を維持することも心掛け、機内では乾燥で喉をいためないよう必ずマスクを着用してきた。おかげで一年間、風邪をひくこともなかった。 最近の航空業界の安全基準の徹底から、書類を満載した重い機内持ち込みキャリーなどを座席上の収納場所に入れなければならないので、外交的に辣腕になるよりまずは腕や上半身の力が強いことが重要と思っていたら、ワシントンの友人が、全く別の理由によるとしても、ホワイトハウスの幹部は男性はもとよりコンドリーザ・ライス補佐官らもみな早朝のボディービルの訓練を欠かさないと教えてくれた。 |
目次 |
| ||||||||||
![]() |