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「論座」猪口軍縮会議政府代表部大使寄稿文
「ジュネーブより~軍縮外交記4『小型武器軍縮』」
(朝日新聞社発行「論座」5月号より転載)


平成15年5月


 今年7月7日から国連で開催される小型武器軍縮会議(第一回国連小型武器会議中間会合)の議長国に日本が選ばれたため、世界各地での関連の協議に参加を依頼されることが多い。小型武器問題の現場の事情を聞き取って国連の場に生かしていくためにも、ジュネーブから強行日程を覚悟で可能なかぎり赴くが、行く先々でさまざまな試練に出あう。

首相の暗殺

 現代社会の脅威であるテロリズムの実行手段は一般に小型武器である。大規模テロが発生したばかりの地で小型武器軍縮の会合が決行されたときは、私もそれなりの決心で赴き、先方の軍縮局長も自ら飛行機のドアまで迎えにきてパトカー先導で同行する警戒ぶりであったが、関係者の軍備管理への熱意に心が洗われ、国連小型武器軍縮の議長としての新たな使命感の下に任地に戻ったこともあった。
 しかし3月12日、アドリア海に面した小国スロベニアの首都で開催された旧東欧・バルカン地域の政府代表らの小型武器軍縮の会合での衝撃は忘れられない。私が演説を行う直前に、隣国セルビア共和国の首相が政府庁舎の前で銃撃されたとの連絡が入る。ゾラン・ジンジッチ首相50歳。2000年のミロシェビッチ政権打倒で主導的な役割を果たした民主化運動の旗手。ユーゴスラビア連邦の解消によってセルビア・モンテネグロ連合国家体制が2月に発足したばかりの地で、新生国家の改革路線を担うはずであった指導者。小型武器を凶器としたテロリズムに倒れる。
 議場に動揺が広がり、会議を再開するどころではないという雰囲気のなか、この地で生き延びたすべての人々の小型武器軍縮への思いを、国連がしっかりと受け止めることができるよう一緒に歩もう、と口火をきった。人はどんなことがあっても、志をもって歩み続けなければいけない。生き延びた者の使命である……。淡々と小型武器軍縮の手法を説明し、国連会議に向けた準備を各国政府代表に促すスピーチを進める。気が付くと用意した長い原稿は読んでいなかった。いや、その内容をすべて暗記していたことを知る。演説が終わると、首相はたった今、絶命したと関係者が耳元でそっと知らせてきた。涙が目にたまってしまうのを気にしながら、各国の政府代表が次々と、小型武器問題に対して自国が今何をすればいいのか議長国の話を聞いてはっきりわかったとコメントをしてくれるのを聞いた。

紛争関連死の最大の凶器

 小型武器とは、小銃、自動拳銃、突撃銃、重機関銃から、携帯対空砲、携帯対戦車ミサイルや携帯対空ミサイルまで含む、戦争での殺戮を目的とした武器範疇の総称である。その特徴は、一人ないし極めて小人数で操作でき、比較的安価で軽く管理も複雑でなく、隠しやすく訓練もあまり要しないところにあり、戦争の最中では子供を兵士化させる手段ともなる。また紛争後においても社会の深部で非合法拡散を続けて、末永く大量の紛争関連死をもたらす。国連事務総長が昨秋安全保障理事会に注意を喚起するために提出した報告書によると、犠牲者は毎年50万人を超え、その9割は非武装市民であり、驚くべきことにその8割が女性と子供である。戦争とは無縁であるはずの人間社会の奥にまで非合法に拡散して無防備な弱者を戦争犠牲者と化していくのは、この武器である。
 過去10年で200万人の子供がこの武器で殺害され、600万人が重度の障害を負う運命となった。子供がこの武器を手に少年兵となることを余儀なくされて政府軍ないし反政府軍で戦わされているのは30カ国にものぼり、同じ地で少女たちはこの武器で脅されて性的犠牲者となっていく。
 現代世界で最も多くの紛争関連死をもたらす武器の範疇は小型武器であり、それゆえに事実上の大量破壊兵器とも称される。軍縮大使としての究極の任務が武器による人間の悲劇を最小化することにあるならば、小型武器の問題は避けて通ることはできない。
 昨年5月に民間大使としてジュネーブに着任し、連日の目まぐるしい業務の合間にずっと考え続けたことはそのことであった。いかに忙しい日々のなかでも本質的に重要なことを見失っては、その職務についている意味がない。
 外務省全体がどのような問題に直面しようと、この省の真の強さは、専門的な分野への職業的コミットメントを秘めた各年齢層の職員が、不動の決意で淡々と先を見ながら外交業務を執り進める冷静さを有しているところにある。昨年夏にかけて、日露関連の政治家問題で省全体は大きく揺れていた。しかし、軍縮への深い眼差しと追随を許さぬ知識の水準で全兵器領域を率いる天野之弥軍備管理・科学審議官は、小型武器問題の主管室である進藤雄介通常兵器室長らとともに、一年後の国連小型武器会議の議長職に日本が立候補した場合の勝利への作戦はいかにあるべきかを検討していた。8月末、それに「不退転で取り組む」ことを告げる指示が軍縮代表部に下った。本省は私の思いを確実に受け止め、そしてそれを皆の思いへと高めてくれた。
 盛夏のジュネーブで勢いのあるその電報文を手にして、地震のなかでも職務を離れない救命技師のように、政治的な激震にも何ら動揺せず一気に案文の下書きを書いたであろう若い担当官らの情熱を思った。

ほうれんそう

 この会議は、2001年に国連で採択された小型武器非合法取引完全防止への行動計画の最初の実施検討会議であり、各国の小型武器軍縮の牽引車となり得るものである。議長に就任すれば日本は国連の全加盟国を小型武器軍縮へと率いていく立場で貢献できることになる。立候補を考えていた国は少なくなかったが、このような場合、緩慢なく先を見ていち早く行動を起こすことが重要である。そして総司令部に相当する本省と、各国にある日本大使館、そして多国間外交場裏をもつジュネーブとニューヨークとが一丸となり、日本が誠実に中立的に効果的にこの分野をリードし、大国も小国も含め全加盟国のための多国間主義を推進するということへの信頼を獲得しなければならない。新任大使の私にはあまりにも重い任務であったが、館員たちと全力を賭す。
 軍縮代表部で編み出した外交手法は、名付けて「ほうれんそうそう」。大使となって間もないころ外務官僚の友人が、役所で困難な任務を背負ったら、ホウ・レン・ソウ(報告、連絡、相談)を徹底することから始めるといいと教えてくれた。世界で困難な任務を背負うときも同様であろう。まさにジュネーブとニューヨークで全地域グループの諸国に「連絡」し、日本の志や考えを「報告」し、小型武器軍縮の多国間協議の執り進め方を「相談」する。役所内と国際社会で違うことがあるとすれば、自分の立場を報告したり、連絡する倍の努力を相手の言い分を聞いて相談することに傾けなければならないという意味で、国際社会では「ほうれんそう」ではなく「ほうれんそうそう」。
 省内でも軍縮部門を超えてさまざまな応援があった。最近イラク問題の国連安全保障理事会演説で注目された原口幸市国連大使は、昨年秋、安保理で小型武器公開討論の開催が決まると政府代表演説を私に譲ってくれ、また大使公邸に小型武器軍縮分野の有力大使らを多数招き、非公式協議の場を提供してくれた。しかし原口大使の最大の応援は、着任間もないその時期に、どの国も軽んじることなく、180カ国を超える国連加盟国すべてへの表敬訪問を独自の決意の下に決行しつつあったことである。
 私が支持要請に訪れる先で、「先日、我が国のような小国の代表部にまでハラグチ国連大使が着任の挨拶においでになりました。大国の大使にそのように扱われることはめったにありません。日本は本当の意味の大国です」と言われるとき、一人で重荷を背負ったかのような民間大使としての悲壮感は不要であることに気付く。日本の外交システム全体が支えてくれているのだから大丈夫。そう思うとスーッと力が抜けて、本来の気張らない自分にもどる感じであった。余裕をもってゆったりと私が振る舞えるようになったのはそのころからかもしれない。

全加盟国のために

 やがて、米国やロシアなど主要国と最大票数を持つ非同盟諸国が一致して日本支持を推進してくれるようになったので、各国は候補の擁立を見送ってむしろ積極的な日本支持にまわってくれた。10月18日午後、ニューヨーク国連本部議場。異例の速さで、加盟国全会一致の喝采のなか議長国に日本が指名された。
 小型武器の不法取引と拡散を防止するには、不法および余剰武器の回収と破壊の促進、輸出入管理制度の拡充、武器の流れを追跡する技術と制度の導入、軍備管理専門官の育成、紛争予防や紛争後復興支援との連携強化、そしてそのすべてについての国際支援の本格化など、広範な政策手段を世界レベルで総動員する必要がある。そのためには先進国対途上国の反目や、各地の民族・宗教対立を少なくとも小型武器軍縮の分野では克服し、全世界の政府が団結して協力する政治的意志を育まなければならない。そのような課題を前にして、単に日本が議長職を獲るというだけでなく、いかに獲るかに本省で天野軍科審と進藤室長はこだわった。もし多くの対立候補をなぎ倒し、最後には一騎打ちで獲得するというシナリオになれば、その傷の修復は難しく、世界レベルで連動して行う小型武器軍縮の実施の段階で、不毛な対立が浮き上がる危険性がある。その結果苦しむのは、今も毎日1000人を超える犠牲者たちである。
 対立に引き裂かれるこの世界においても、国連の全加盟国が団結していくことの可能性は残っているはずである。それを小型武器軍縮の分野において証明するには、議長の選出過程そのものを、全加盟国が平和のために結束する自発的で主体的な流れを作り出す場としていくことを本省の作戦チームは考えた。多国間主義の真髄を知るチームがそこにはあった。
 それから数カ月。世界各地を訪れて小型武器軍縮の協議を行うなかで、本省の希望はかなえられつつあることを知る。訪れるさまざまな国で私は日本の議長ではなく、「彼らの」議長であり、彼らの苦しみを知る友人として受け入れられるようになっていた。スロベニアでの小型武器会合から任地にもどると、隣国の首相暗殺にも触れながら、今では友人となったスロベニア欧州国連大使は言ってくれた。「貴使は小国に手厚い。我々の地域の皆の声だ。そしてあなたは情熱の人なのに、同時にどのような事態のなかでも物静かだ。安心感をもたらす我々の議長だ」。


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