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「チャレンジ2001-21世紀に向けた日本外交の課題-」

 新たな世紀、21世紀は目前に迫っている。冷戦終結後の混沌とした国際情勢の中で、我々は新しい世紀に相応しい新たな国際的秩序を、自らの力で作り上げていく責務を負っている。
 21世紀の日本外交にとっての「チャレンジ(課題)」は何か。新たなミレニアム(千年紀)の入り口でもある今は、長期的視点から日本外交を見つめ直す好機であり、ここにその大きな方向性について、問題提起したい。

1.日本外交の目標

(日本外交の目標)
 21世紀の外交課題の議論は、まず、日本外交の目標を提示すること無しには始められない。
 そもそも、日本外交の目標とするところ、換言すれば、外交を通じて実現すべき我が国の国益とは何か。その中核は、我が国そして日本国民の安全と繁栄の確保である。

(「グローバル・プレーヤー」としての関与)
 さらに、我が国の安全と繁栄は国際社会の安定と繁栄無くしては達成できない。後述するように、21世紀においては、グローバリゼーションは益々不可逆的な大きな流れとなり、あらゆる分野で国境を越えた相互依存関係は深まると考えられる。この様な流れの中で、国際社会の安定と繁栄を確保していくために「グローバル・プレーヤー」として、構想し、提案し、行動していくことが我が国の国益を実現する途である。

(世界に提示すべきビジョン)
 それでは、日本がグローバル・プレーヤーとして、国際社会に提示していくビジョンは何か。それは、「未来はより良いと確信できる世界を創る」ことである。
 20世紀は「発展の世紀」であると同時に、二度の世界大戦を経験した「教訓の世紀」でもあった。この教訓を活かし、来る新しい世紀を、日本国民にとって、そして人類全体にとっての「希望の世紀」としなければならない。96年の国連総会において当時の橋本総理が提示した「未来のためのより良い世界の創造」と、それに向けた「より安定し、豊かで、住みやすい」世界を構築するための努力というビジョンは、21世紀を迎えるにあたって相応しいものである。今我々に課されている責務は、これを具体化するための道筋を明らかにしていくことである。
 自由、民主主義、基本的人権の尊重といった、我々自身が戦後の発展の基礎としてきた理念は、冷戦の終焉を経て、今、広く世界中で共有されつつある。このような理念を世界に広めていくことは「未来をより良くする」途の一つである。また、貧困への対処を含めた開発援助、地球環境の保全などもこの理念を推進する途である。
 しかし同時に、それぞれの国や地域の歴史的背景に基づく多様な価値観や文化は、共生する関係でなければならない。対話を通じて、国と国、地域と地域とが互いに異なる価値観について相互理解を深め、様々な価値観の共生が認められる社会こそ、新しい世紀の人類にとっての幸福の基盤となる。普遍的価値を重んじながらも独自の文化をしっかりと育んできた我が国は、アジアの主要国としても、グローバル・プレーヤーとしても、この理念を信念をもって訴えていくことが出来るはずである。

(「信頼される日本」としての目標の追求)
 一方、我が国がこのような外交の目標とビジョンを追求していこうとするとき、「信頼される日本」であることは必要不可欠である。日本国憲法前文に言うように「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と希求する我々としては、世界から信頼される外交を展開することが国益を実現するための途であり、国際社会の安定と繁栄に向けた我々の理念を世界に訴える説得力の源であると心しておくべきである。そして信頼される国であるためには、政策の一貫性、国としての責務の遂行といった基本的要素を充たすことが必要である。後述するように、そのためには、国のあり方、外交のあり方について過去にとらわれずに再検討を行わなければならない。

2.21世紀を迎える日本外交と国際社会

(20世紀の日本外交)
 21世紀の日本外交を問うにあたり、20世紀の日本外交はいかなる道を歩んできたのかについて、簡潔に振り返ってみたい。
 19世紀後半からの世界全体を舞台とするパワー・ポリティクスの中、明治維新を経て国際社会の一員として船出した日本は、国の存亡を賭けて西洋諸国に追いつくべく努力を重ね、20世紀初頭には日露戦争を経て列強としての地位を得るに至った。外交の舞台でも国際連盟をはじめとして活躍の場を広げた。しかしその後、国の更なる発展を近隣地域への急激な拡大に求め、直面する諸問題の解決を武力に委ねた方針の過ちは、歴史が示すとおりである。
 太平洋戦争後の荒廃からの復興は、それまでの国の方針に対する反省から始まった。我が国は、武力による国際紛争の解決という考え方を放棄し、国連重視を掲げて外交的努力によって世界の平和と安定を追求することとした。そして、米国との安全保障体制を基盤としながら、必要最小限度の防衛力を整備することにより自国の安全を確保することとした。このようにして自国の安全と安定的な国際環境を確保しつつ、市場経済原理に基づき経済的な発展を目指していくことを国としての第一の目標とした。また、政治的には民主主義を基本的な理念として掲げてきた。
 この結果、改めて述べるまでもないが、我が国は驚くべき経済的発展を遂げ、世界第二の経済大国となるに至った。同時にこの過程において我が国は、その経済力、技術力をもって、開発援助の分野などで積極的な役割を果たし、高い国際的評価と信頼を得てきている。また政治面でも、国連やサミットなどの枠組みを通じて影響力を発揮してきた。

(21世紀を迎える国際社会と日本外交)
 このように、戦後の日本外交は今日に至るまで、日本国民が安全で豊かな生活を送るための基盤を提供してきた。冷戦の終焉により、世界規模での戦争の危険は著しく低下している。また、民主主義、基本的人権などの価値は普遍化しつつある。これらの好ましい動きの中、我々は21世紀を迎えようとしている。21世紀を迎えるにあたって、日米安全保障体制を初めとする日本国民の安全と繁栄をもたらしてきた日本外交の基本的な政策は今後も維持していくべきである。しかし同時に、国際社会においては以下のような新たな状況や課題も現出しつつあり、我が国外交もこれらに対応するための新しい視点を持たなくてはならない。

3.21世紀に向けての「3つの潮流」

 それでは、21世紀の国際社会は如何なる姿を取ろうとしているのか。
 未来は引き続き不確実性を有しており、21世紀において、我が国を取り巻く国際環境がどのようなものとなるのかを具体的に見通すことは、何人にとっても困難である。しかしながら、このような中でも、新しい世紀の方向性を規定することとなり得る、国際社会の大きな潮流を認識することは可能である。ここでは、それを、政治、経済、安全保障の3つの側面から整理して論じてみたい。

(1)「政治の変容:国力・主体・問題の多様化」

(国力の源泉の多様化)
 外交の背景となる国力とは、軍事力、経済力、技術力、文化など様々な要素から成り立つ。現実の国際政治においては、秩序維持、回復のための最終的な手段として軍事力は引き続き重要な役割を果たしているものの、冷戦の終焉により、国の力の様々な側面が国際政治の舞台で演ずる役割が相対的に重要性を増してきている。特に、国際協調による秩序維持の重要性が増大する中では、自らにとって好ましい国際秩序を作り上げていくために、如何に説得力をもって他国を自らの主張に引きつけていくかという側面がますます重要となりつつある。

(国際関係における主体の多様化)
 情報化の進展に伴い、インターネットなどを通じ、国境を越えて人々は自由に情報を交換しあうようになっている。さらに交通手段の発達により人の移動そのものが容易になっており、現在、国際的なネットワーキングはますます重層的になってきている。本来国際関係の主体は、外交当局のみに限られるものではない。例えば対人地雷問題や地球温暖化問題におけるNGOの活動にも見られるように、政府以外の主体が国際関係に与える影響力は増大して行く趨勢にある。

(不可分な内政と外交)
 それとともに、「国際」と「国内」との垣根が低くなり、内政のあり方が世界全体から問われる状況が生じている。例えば経済においては、世界規模での市場の一体化が進行する中、各国の政策に対する評価を下すのは、国籍を問わない市場参加者である。また、環境問題など国境線を越えて影響を及ぼす問題が増大して来ると、他国の内政のあり方を外交の場において取り上げることが不可避となって来る。こうして、古典的な内政不干渉の原則が見直しを迫られる状況が一般化して来ると考えられる。

(2)「経済の変容:グローバリゼーションの進展」

 21世紀を前にして国際社会が経験しているグローバリゼーションの進展は、これまで貿易や投資の拡大を通じて世界経済の発展に新たな力を与えてきた。国家間の相互依存関係の進展など、国境を越えた結びつきの一層の緊密化という側面においては、グローバリゼーションは今後とも不可逆的な一大潮流として続いていくものと考えられる。

(危機の連鎖波及)
 しかしながら、グローバリゼーションの進展による世界経済の相互依存の飛躍的深まりと巨額の民間資本の誕生は、同時に、昨年来のアジア通貨・経済危機や最近のロシアにおける経済危機の発生、及びそれらの世界経済への急速な波及に見られるように、個々の国のみでは対処できないいわゆるシステミック・リスク(波及型危機)を発生させた。一地域で起こった危機はもはやそこに止めることはできず、瞬時のうちにシステム全体に連鎖波及するのである。

(グローバリゼーションへの反発)
 急速なグローバリゼーションがもたらす世界的規模での競争の激化は、途上国のみならず先進国においても、競争の敗者や競争から取り残される者を生み出し、社会の不安定化を招く危険性をもたらしている。さらに市場原理は人間性や文化・伝統を無視したものであるとの反感や、市場による「グローバル・スタンダード」の押しつけに対する反発を生みつつある。こうした反発がグローバリゼーションに対する無用の揺り戻しを起こし、グローバリゼーションが本来もたらすべき経済的メリットを失わせることのないような対処が求められる。

(3)「安全保障の変容:脅威の多様化」

 国際社会において、人々の生命と安全に対する最大の脅威となってきたのは言うまでもなく国家間の武力紛争である。前述したとおり、冷戦構造が崩壊した今日、世界規模での戦争の可能性は大幅に低下している。しかし、そこまでに至らない武力紛争に加えて、武力紛争とは性格を異にする人々の生命・安全への脅威が顕在化しており、我々の日常生活にも危険をもたらすようになってきている。

(脅威をもたらす「主体」の多様化)
 脅威の「主体」の点では、不透明な国際情勢を背景とした国家間紛争の危険は今後とも継続するものと考えられる。加えて、従来型の国家間紛争ではない国内の民族間の紛争などへの国際的な取組が必要となってきている。さらに今日では、テロリズムのように、国家ではない組織や個人を主体とし、既存の枠組みでは十分対応し得ない新たな脅威が深刻な問題となっている。

(脅威をもたらす「手段」の多様化)
 脅威をもたらす「手段」の点でも、大量破壊兵器から通常兵器に至る様々な段階での規制の必要が認識されつつある。インド・パキスタンの核実験、北朝鮮によるミサイル発射などにも見られるように、核兵器及び生物・化学兵器という大量破壊兵器、さらにその運搬手段であるミサイル技術の拡散の危険は、冷戦構造の崩壊後かえって高まっている。また、これまで規制の対象とされてこなかった対人地雷や小火器などの通常兵器が、内戦などにおいて紛争の激化や被害の拡大をもたらす主たる要因となっている。

(脅威の「性格」の多様化)
 脅威の「性格」の点では、国家の軍事力あるいは物理的破壊力の切り口からはとらえきれない類の脅威が顕在化しつつある。特に、環境、感染症、難民、不法移民、国際組織犯罪などは、国境を越えて人々の生活を脅かし、国際的な取組を必要とするグローバルな問題として深刻さを増している。

4.日本の変化と日本外交

 以上のような国際的な潮流の中で、我が国はどのような方向に向かっているのか。
 先にも述べたとおり、多様化する脅威の中、我が国をとりまく不透明感は、大量破壊兵器拡散の危険性の増大に見られるよう、かえって増大している。
 しかし、我が国自身の問題としてより重要なのは、我が国の国としてのあり方自体が問われているということである。
 これまで我が国が、その経済力故に国際社会で一定の影響力を有してきたことはすでに述べたとおりである。しかし、今後は、従来の国内的仕組みを所与のものとして改革の努力を怠れば、経済力の発展が限界に突き当たることは目に見えている。グローバリゼーションの進展と共に他の国またはそれらが統合されたグループが発展を遂げると、我が国が世界に占める「相対的」地位は頭打ちとなるというおそれが現実となりつつある。我が国は少子高齢化といった成熟した国家故の困難を抱えていることを考えれば一層然りである。
 引き続き軍事力を背景とした国益の追求という手段をとらない我が国には、我が国の国際社会における地位の相対的変化を十分念頭に置いて、外交が拠って立つ、国としての力をどこに求めていくのかを、真剣に考え具体的な行動に移すことが求められている。

5.21世紀の日本外交の「3つの課題」

 国際社会が新たな潮流の中での秩序を模索し、我が国自身も21世紀を前に大きな変革の試練に直面する中、国民生活にとって外交の果たす役割はますます重要になってきている。
 それでは、以上で述べた新たな潮流の中で、日本外交の目標を実現していく上での課題は何か。以下、考えるべき大きな方向性を「総合力」、「国の力」、そして「枠組み」の強化に整理して提起する。

(課題1)外交の「総合力」の強化

 内政と外交が一層密接に結びつき、伝統的に聖域であった一国の内政あるいはその諸々のシステムに対して国際社会から注文がつけられるような状況が一般化していく中、外交にはますます「総合力」が求められている。如何にして外交に対する国民的関心を高め、国民の意見を集約して、国民の支持に基づく外交を行っていくのかが課題と言える。このためには、民間の政策研究機関の充実、大学等の高等教育機関における研究の充実、外交政策を巡る議論の場の充実、更には、それらを通じて得られた提言を十分政策に反映していくためのシステム造りが必要である。
 例えば、米国においては、80団体にも及ぶWorldAffairsCouncilのネットワークが存在し、外交問題に関する議論への市民の参加を実現している。この面での我が国の取組は到底十分とは言い難く、発想を新たにして、外交問題に関する啓発の枠組みを考案することが求められている。
 また、これと関連して、民間有識者を含めたいわゆる「トラック2」型の対話を、今後一層活用すべきである。
 さらに、ともすれば開発分野に偏ってきた政府とNGO、NPOとの間のパートナーシップを、その他の分野でも実現していくとともに、労組や消費者団体、ビジネス界等、より幅広い層の声を吸い上げる方途を考え出すことが必要である。一方、このような連携を促進していく中で、これら非政府の主体が責任ある行動をとることをいかに担保していくかという問題(accountabilityの問題)も、検討されなければならない。
 一方、政府自身も「総合力」を発揮することが必要である。国全体としての国益を見誤ることないよう、各省庁間の連携・調整を密にし、政府一体となっての外交を進めていくことが肝要である。

(課題2)外交を支える「国の力」の強化

(「国力」の再認識)
 我が国経済が今後とも持続的に発展するよう努力することは当然であり、また、現下の経済的困難を克服することが喫緊の課題であることは言うまでもない。しかし、前述したとおり中長期的には従来どおりの「経済力外交」に限界があることに鑑みれば、国益確保のためには、何を以て我が国外交が拠って立つ力の源泉としていくか、再度考える必要がある。

(「技術力」)
 まず第一に拠って立つべきは「技術力」である。技術力は経済力を支える柱として国力の源泉の一つであり、「技術立国日本」の正当性は改めて認識されてしかるべきである。特に今後、世界全体の経済規模を拡大し続けるためには、たゆみない科学技術の進歩とその世界規模での伝播が必要不可欠である。この責務を担うことの出来る数少ない国の一つとして、日本は、先端技術のフロンティアを不断に拡大していくことが出来るよう、科学技術開発のための国家的戦略を構築していかなければならない。

(「構想力」)
 さらに、我が国として、世界標準たり得る仕組みやルールを「構想する力」を涵養しなくてはならない。例えば開発の分野では、我が国は、アフリカ開発会議の開催などを通じて、紛争と貧困への総合的な対処の重要性を提唱しており、このような考え方は端緒についたところである。また、環境、貧困といった人間の生存、尊厳に関わる脅威を包括的にとらえ、対策を強化するという「ヒューマン・セキュリティ」の考え方を、我が国は発展させようとしている。これらに加え、今後さらに、通貨問題も含め経済のグローバリゼーションに対応した枠組みの検討や、中長期的に深刻化が予想される食糧、エネルギーなどの分野を初めとして、様々な分野での一層の知的貢献が必要とされる。

(「国家の責任」の再認識)
 国家として我が国民の安全のため何をなすべきであるかという根本に立ち返った議論を回避することは最早許されない。例えば、紛争地の邦人救出のための自衛隊機派遣まで軍国主義の復活として問題視するような極端な議論に陥らぬよう、改めて国民の安全のための国の役割について開かれた議論がなされるべきである。さらに、我が国の安全と繁栄にとっての世界全体の平和と安定の重要性に鑑みれば、国際的な紛争解決努力への一層積極的な協力を行うためにいかなる具体的な行動をとっていくかについても議論することが必要である。これらの議論を通じて、冒頭に述べた、国家としての政策の一貫性、国としての責務の遂行という国際社会の一員として外交を展開していく基礎について、改めて認識を高めることが必要である。

(課題3)外交を展開する「枠組み」の強化

 国際社会が直面する数々の新たな課題に対応していくためには、国際的な取組の「枠組み」を強化していく着実な努力が必要である。それには、既存の枠組みの改善にとどまらず、新たな枠組みの創設なども視野にいれるべきである。国際社会の大きな潮流を踏まえれば、今後以下の要素が重要となろう。

(世界の安全のために)
 まず、今後多様化する脅威に対応するために新たに必要となってくるのは、紛争の予防から解決までを視野に入れた、包括的なアプローチである。
 具体的には、まず、大量破壊兵器とその運搬手段から、通常兵器に至る幅広い軍備管理・軍縮の取組であり、さらに、兵器自体の規制から関連物資の移転の規制に至る包括的な取組が必要とされる。また、紛争への対処を考えるに当たっては、紛争の根本にある貧困などの社会問題への取組をも含めた予防外交、実際に紛争が起こった場合の対処、紛争終結後の復興といった、紛争の様々な段階を念頭に置いたアプローチが必要である。
 さらに、国際紛争と性格を異にする民族間の紛争といった事態への対処に当たっては、従来の自衛権、平和維持活動を中心としたアプローチで十分とは言えず、実効性ある新たな枠組みの構築をも真剣に検討する必要がある。そのような取組の一環として、国際社会全体にとって深刻な犯罪を行った個人に対する厳正かつ的確な対応を確保することを目的として、国際刑事裁判所の早期設立に向けた動きがみられることは前向きな一歩である。
 また、国際法の誠実な遵守を確保し、国際法体系に対する信頼性を高めるためにも、実効的な国際司法制度全般の整備、強化が重要である。
 また、様々な脅威に対し如何なる形の国家間の協調体制を以て対処するか、我が国として主体的に構想し、枠組みを構築していかねばならない。この観点から、アジアにおける幅広い安全保障問題を議論する場としての日米中ロ4ヶ国による対話の枠組み、これに韓国、更には北朝鮮を加えた枠組み、国際社会に発信していくべき核となる合意を形成するための考え方ないし志を共にする国々(「like-minded-countries」)による枠組みなどを、合目的的・重層的に構築していくことが必要である。

(世界の繁栄のために)
 次に解決すべきは、グローバリゼーションに伴う諸課題である。第二次大戦に至った教訓を踏まえて創設されたブレトン・ウッズ体制は、為替の安定、貿易・投資の自由化、途上国への開発援助等を通じて、戦後の世界に未曾有の繁栄をもたらした。しかしこのシステムは、その成功の象徴とも言えるグローバリゼーションの進展がもたらすシステミック・リスクや、社会的影響の深刻さ故に、その見直しを迫られている。為替安定のための制度のあり方、民間短期資本の規制の是非、IMFのコンディショナリティーを含む危機に直面している国への国際的支援のあり方、その強化策、さらには国際金融機関の組織のあり方等、新しい問題に対処しつつ市場経済の力を最大限に活用するシステムを構築するために広範な検討が必要である。
 我が国としても、国際金融機関に対する拠出の増額などを通じ、機関の活動に我が国の意見をより一層反映させていくべきである。また、アジア諸国の通貨・金融問題に機動的に対処するための、地域的な通貨基金の創設も考慮すべきである。さらに、WTO等における新しい国際経済ルールの構築に主導的役割を果たし、日本発の世界標準を広めるために努力することも重要である。
 同時に、競争の激化に伴って発生する社会的問題を回避するには、新興途上国の自由化のペースや分野間のバランスのあり方についての技術支援や、社会的弱者等に対するきめ細かいセーフティ・ネットの構築を支援することが必要である。
 また、グローバリゼーションの流れの中で、EU統合は更に進展し、これまで唯一の国際通貨と言ってもよかったドルに加えて、ユーロが登場するという全く新しい世界が現出した。このような動きに対して、日本としてどのように対応すべきか、円の国際化といった方途も含めて、検討を行うことが急務である。

6.外交手段の強化

 以上、21世紀の日本外交の課題の大きな方向性について述べたが、実際にこれらの課題に対応していく上で、「外交の手段」を強化し、自らに有利な「場」の設定を図ることが必要不可欠である。

(「発言権」)
 まず、国際的な枠組みにおける「発言権」の確保が重要である。我が国に影響のある国際的決定のプロセスに十分参画することの必要性は自明であろう。この観点から、国連安保理を改革し我が国が常任理事国となることの重要性は言をまたない。
 このように、我が国が既存の国際的機構・枠組みの中における発言力を強化することに加え、我が国の主導により新たな国際的枠組みを構築することによって、国際場裏における「能動的主体」としての我が国の立場が確保されることになるのである。

(「ODA」)
 外交目標実現のための手段として、政府開発援助(ODA)が果たす役割は引き続き極めて重要である。今後は、厳しい財政事情の中で、如何に最大の効果を引き出すか、従来の発想を越えた戦略的なODA政策の構築が急務である。

(「人材」)
 政・官・民を通じて、実際に国際社会の現場に出て、発言し行動できる人材、また、それを支える調査研究を行う人材を育成していかねばならない。これには、繰り返し述べて来た民間研究機関の充実、議員交流の促進などを通じての幅広い人材育成が何よりも必要である。また、それを前提として、国連を始めとする国際機関に、我が国出身の職員をさらに送り込んでいかなければならない。

(「戦略的発信」)
 国際政治における説得力が強制力との対比において一層重要性を増す中で必要とされるのは、攻めの広報戦略である。莫大な情報に呑み込まれることなく、必要な情報を抽出するとともに、適切なタイミングで、適切な対象に、適切な媒体を通じて適切なメッセージを積極的に発信していくことがますます重要となる。メディア戦略担当者の政策決定過程への参加などの制度的手当も行われるべきである。
 また、我が国の文化を積極的に海外に紹介し、我が国に対する理解を大衆レベルでも深めていくことは、安定的な国家間関係を構築する上で長期的に必ず資するものである。この分野でも戦略的発想に基づく政策の企画立案が必要である。

(「外交の足腰」)
 最後に、我が国外交の基盤や体制の整備、さらにはその効率的・効果的な運用が必要である。他の先進国との比較においても、また、我々が目指すべき21世紀の日本外交のあるべき姿から考えても、いまだになすべきことは多い。湾岸戦争やペルー事件などの際に得られた教訓として、我が国の危機管理体制の整備・充実は喫緊の課題である。また、平時においても、広範かつ的確な情報収集と分析、そしてその総合的政策立案への十分かつ速やかな反映など、ハード、ソフト両面で我が国外交の「足腰」を強化しなくてはならない。

7.結び

 21世紀へ向けた日本外交の舵取りは決して容易なものではありえない。しかしながら、今後の外交を展開するに当たって拠って立つべき指針を明確にすることは最小限必要であろう。
 まず、内においては、繰り返し述べてきたとおり、国としての総合力を発揮するため、強固な国内的基盤をもって外交にあたることである。これには、政府としてリーダーシップをもって構想を提示し、これに対する理解を国民に訴えていくとともに、国民の意思を集約し、汲み上げる仕組みを持つことが必要である。
 そして外交を展開するにあたっては、まず基本となるのはアジア太平洋諸国の一員としての我が国の位置である。この地域における安定的な環境の醸成について我が国が「特別な」利害と責務を有していることを直視しなくてはならない。具体的には、基本的価値観を共有する最も重要なパートナーである米国との協調関係を基軸としつつ、アジア太平洋の諸国との関係の発展と、地域協力の推進に努めることが第一義的に重要である。しかし同時に、そのような外交に信頼性と実効性を与えるためには、ユーラシア外交に示されたように、アジアの先に広がる地域との連関性をも視野に入れた先見性、戦略性が求められる。

 「未来はより良いと確信できる世界」を実現するために、今ほどグローバル・プレーヤーとして我が国外交のリーダーシップが求められている時代はない。ここに示した課題の方向性に沿って更に議論を深め、具体的な政策に繋げることが重要と考える。


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