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第一部 新たなる核の危険
- 冷戦の終結後10年が経ち、21世紀を目前にして、国際的な安全保障の仕組みが崩れる兆候がみえる。大国間の関係が悪化している。国連は、政治的、組織的、財政的な危機に直面している。核兵器及びその他の大量破壊兵器の拡散を阻止する国際的な体制は四面楚歌の状況にある。インド・パキスタンによる核実験は、核兵器の有用性が低下しているという見方が必ずしも全ての国により共有されていないことを示した。長年にわたる地道な努力も、核拡散の意図を持った国々の強固な大量破壊兵器開発計画を全廃させるに至っていない。国際的な軍縮目標は逆行し、米ロ核軍縮プロセスは行き詰まっている。とりわけアジアの情勢は、流動的で、今後数年間、核軍縮・不拡散が逆行する前兆もみえる。大量破壊兵器で武装したテログループが出てくる可能性もあり、政治的暴力が次第に活発化することが懸念される。世界各地を襲った経済危機は、市場原理では説明がつかない不安定性と予見不可能性を生みだしている。
- 世界秩序が依って立つ大国間の関係は、核不拡散及び核軍縮の将来にとり極めて重要である。短期間の和解の後に米露間の不均衡が拡大し、緊張が高まった。米国はもはや、ロシアと同等に対峙する国ではなく、唯一の軍事超大国と考えられている。ロシアは自らの地位を憂慮し、特に「戦術」用途のために核兵器を再評価しつつある。両国関係は、北大西洋条約機構(NATO)の拡大、国連イラク大量破壊兵器破棄特別委員会(UNSCOM)、ミサイル防衛、コソボ問題で悪化した。自国の考えを度々無視する米国のイニシアチブに対するロシアの焦りが軍縮に悪影響を及ぼしているのは明らかである。ロシアの国家院による第2次戦略兵器削減条約(START II)の批准問題は、繰り返し米露間の「人質」として悪用されている。米中関係も紛糾している。米中両国により合意されている人権問題、ミサイル防衛、台湾問題、核不拡散問題等の基本的優先事項に今や見解の相違があるばかりか、両国のアジアにおける役割をめぐる見解にも潜在的な対立が存在している。両国の対立は、来世紀には一層深刻となろう。欧州は未だ世界政治において影響力を発揮し得ていない。EUは統合と拡大を目指しているが、共通外交・防衛政策の実施が遅れていることもあり、現時点では国際舞台で積極的に行動出来ていない。その結果、旧ソ連から継承された大量破壊兵器のような重要問題でさえ、欧州は限られた役割しか果たしていない。特に、米国の協調的脅威削減計画と比較すると、右は顕著である。最後に、より大きな役割を担うとする国が増え、大国の役割は変わりつつある。
- 核拡散防止・核軍縮の促進の為には強力で効果的な国連が必要である。しかし、国連は漂流しており、財政的にも不十分な状況にある。国際関係における国連の役割は一定しておらず、時には重要な役務を果たすものの、時には完全に無視されることもある。国連は国家間の力関係を反映し、主要国間の関係悪化に影響される。国際法を無視する非国家主体が重要性を増し、国連組織は、多数の死傷者を伴う新たな暴力行為やグローバリゼーションがもたらす複雑な問題に対処するには余りにも弱体である。国連は、創設以来50年間の劇的な変化に対応出来なかったため、有効性のみならず、正統性についても疑問が投げかけられている。国連常設軍や新常任理事国に関する見解の相違が、国連の抱える問題を浮き彫りにしている。しかし、国連は、国際的な安全保障上の協力関係を形成する上で重要な機構であり、その運用の強化が必要である。来世紀における国際的な安全保障の問題に効果的に対応するためには、安保理改革、新たな規範原則、運用措置、財政面のルールの遵守及び新たな財源が必要である。
- 最近の科学技術の発展により、生物・化学兵器の入手は益々容易になっている。また、生物科学における革新により、防ぎようが無い危険な新世代生物兵器の生産が可能となっている。この中には合法的な企業による研究との峻別が難しい故に拡散防止が困難になっているものもある。核兵器やその他の大量破壊兵器の拡散が進むにつれ、拡散国は複雑な秘匿手法や新たな供給源を活用している。ミサイルの射程距離の拡大、発射準備体制の強化により、ミサイル運搬システムへの関心が益々高まっている。新たに核武装した国の核戦略は必ずしも明確ではなく、生物兵器を入手した国の戦略は更に不明瞭である。その結果、新たな大量破壊兵器による軍備につき深刻な問題が提起されている。このような兵器は、最終手段としての兵器として考えられているのであろうか。それとも、より高度な通常兵器を保有している国に対する決定的な兵器としてだろうか。あるいは究極的に独裁政権を守る手段あるいは地域支配の手段として考えられているのだろうか。
- 冷戦中、超大国は核戦争の回避に強い関心を持ち、敵対行為を慎み、対話と信頼醸成措置を通じてある程度の信頼関係を築いてきた。他方、新たに核を保有した国及び近隣諸国の間では、このような措置は全く取られていない。今、世界は新しい危険な行動様式について考えなければならない。大国間の全面戦争のリスクは減少したが、大量破壊兵器による地域紛争のリスクは増大している。このような警告はカシミール問題や、湾岸戦争及び朝鮮半島問題に対し発せられてきた。核不拡散や核軍縮に関する条約を極秘裡の兵器開発計画を隠すための煙幕として利用した国があった。不安定な地域にあるイラクと北朝鮮における大量破壊兵器開発への懸念は協調によっても、あるいは対決を通じても、払拭することが極めて困難であることが判明した。いずれの場合も、98年と99年は、再評価と危機の年であった。
- インド・パキスタンによる98年5月の核実験は、世界の核不拡散・軍縮の様相を大きく変えた。両国の核実験は、冷戦終結に伴い核兵器は過去の遺物となったとの大きな期待と希望に反するものであった。逆に、両国の核実験は、核兵器が将来の戦略状況で拡散しうることを示した。印パ両国は、核兵器は冷戦という唯一の歴史的状況だけに存在したものであるとの考え方に、疑問を投げかけた。両国の核兵器国としての地位は認知されていないが、両国は核能力を公にし、68年のNPT(核不拡散条約)体制に根本的な問題を提起した。もはや、NPTの普遍性を達成することは極めて困難である。核兵器国は5ヵ国のみであるとの前提でNPTに参加している多数の国は、両国の核実験を自国の自制政策への挑戦であるとして憤りを抱いている。今回の核実験とミサイル発射実験は、1947年の印パ紛争、中印紛争等4つの紛争を南アジアにおける核戦争への導火線とする危険性を大幅に増大させた。両国の相互破壊能力もこのような危機を防止するものではない。第二次世界大戦以来、6回に亘る武力衝突が発生した中東では、今後の紛争で大量破壊兵器が使われる可能性が現実味を帯びた。73年のアラブ・イスラエル紛争では、イスラエルが核兵器の使用を検討したとの疑念が持たれ、米国でさえも核戦争の警告を発した。80年から88年のイラン・イラク紛争では化学兵器が使用され、91年の湾岸戦争では生物・化学兵器の使用の恐れがあった。
- 米ロ間の軍縮は行き詰まり、これが世界の核軍縮・不拡散に大きな影響を及ぼしている。ロシアの国家院は当面START IIの批准に苦慮するであろう。STARTプロセスを促進するために新たな努力が払われなければ、第三次戦略兵器削減条約(START III)は実現しない条約のままで終わるかもしれない。もし二大核兵器国が、核兵器の戦略的削減に向けての協力姿勢を放棄すれば、それは大きな後退であろう。99年6月20日の米ロ共同宣言が、STARTプロセスを復活させると期待するのは時期尚早である。
- 戦術核兵器への懸念も高まっている。世界的に貯蔵されている核弾頭の半数以上が戦術核であるにもかかわらずそれを規制する条約はない。両国は、既に意味を失った大規模攻撃計画に基づいた大量核兵器の高度警戒体制を堅持している。ロシアの早期警戒システム及び指揮命令系統は弱体化し、政治的リーダーシップが不安定な時期にあっては、このような計画は特に危険である。
- 核分裂性物質の管理問題も危機的状況にある。核分裂性物質は、40年代以降、大量に生産され、備蓄されている。今日、数千発もの解体核弾頭からプルトニウムと高濃縮ウランが取り出されている。ロシアにおける核分裂性物質管理強化のための国際的な支援にもかかわらず、管理下に置かれていない多くの核分裂性物質が外国へ拡散することが懸念されている。4核兵器国(米、ロ、仏、英)は、兵器用核分裂性物質製造の停止を発表した。中国、インド、イスラエル、パキスタンが、生産停止を宣言し、これを守ることが期待される。
- 米中関係は急速に悪化し、非常に不安定になっているが、これが核軍縮にも悪影響を与えている。米国は中国とパキスタンとの核・ミサイル協力、及び中国による核兵器の配備に懸念を有している。中国は既に、核兵器の無条件先制不使用、非核兵器国に対し核兵器の不使用及び威嚇を行わないこと、国外に核兵器を配備しないこと等を約束している。しかし、中国は殆ど透明性措置を取っていない。透明性を更に高めることが地域的懸念を払拭し、国際的な核軍縮努力を支援することになる。他方で、中国は米国の核抑止ドクトリン及び弾道ミサイル防衛の配備に懸念を表明している。米国は自国のドクトリン、核配備、核分裂性物質や技術的進歩を公表しているが、米国が貯蔵核物質について更に情報公開を行うことは、核軍縮の進展に前向きなインパクトを与えることになろう。
- 中国の国力増強とロシアの更なる弱体化に特徴づけられる中ロ関係は、今後の国際システムを構築する際重要である。中国はロシアの新たなミサイル開発や核兵器の使用を容易にする運用ドクトリンの変更に懸念を有していくであろう。中国は戦略兵器削減条約による制限を課されておらず、一方で、ロシアは地上配備の多弾頭ミサイル削減につき合意しており、その核戦力は大きく後退している。このような複雑な状況下でロシアは懸念を増大させていこう。
- ある期間、核、化学、生物兵器を使ったテロ行為はありうると考えられてきたが、真面目な政策担当者は従来よりその他の脅威の方が緊急であると考えてきた。90年代初頭以来、この考えは変わりつつある。大量破壊兵器によるテロの可能性は、現在も比較的低いが、テロリスト・グループの能力向上により、大量破壊兵器を開発し使用するための技術的課題が克服され、また、麻薬の不法取引による莫大な資金が故に、その可能性は高まっている。冷戦時代は、兵器級核分裂性物質に対する国内管理は厳重であったが、現在は、次第に国家以外の主体がこれを入手することが可能になりつつある。大量破壊兵器によるテロを未然に防止し、違反者を特定することは非常に難しく、特に警戒を必要とする。また、この様なテロの効果は甚大であり、今後は安全保障への最も深刻な挑戦といわなければならない。ここ数年、政治的暴力と多くの死傷者を生ぜしめる傾向が増加しているようである。特に民族紛争において民間人の殺傷やその排除が戦争目的である場合に、化学兵器が既に使用されたことがあり、これらが危険な前例となっている。
- 大量破壊兵器の不拡散体制の維持・強化は、世界の平和と安全保障にとり必要不可欠である。NPT、化学兵器禁止条約(CWC)、生物兵器禁止条約(BWC)の加盟国は増加しているにもかかわらず、主要国はこれらに入っていない。CWCの国内実施に際して関係国政府が取る決定はその検証制度を弱体化しており、BWC検証議定書の採択への道のりも遠い。条約不履行も増加しつつあるが、核不拡散関係の規範、条約、機関が多くあるにもかかわらず条約の遵守を評価し実施するための多数国間で合意されたプロセスは存在しない。軍縮の進捗、平和的な協力関係へのコミットメント、中東非大量破壊兵器・ミサイル地帯の創設という特定の地域的課題とされる政治問題についても、関係国の意見は分かれている。
- 想定されるミサイル防衛の展開は状況を複雑化し、大きな議論を引き起こしている。拡散はミサイル防衛の必要性を是認しそれを助長している。すなわち、イラン、イスラエル、北朝鮮、インド、パキスタンの中距離ミサイル・システムの脅威をめぐる劇的変化は、ミサイル防衛に関する関心を新たに高めた。しかし、特にミサイル防衛は、5核兵器国の一部の国を含め、その防衛的配備の相殺を試みる国もあるため、大量破壊兵器拡散の脅威の増大と多様化につながるとの議論がある。ミサイル防衛は、核の危険を減少せしめ、結果的に国際的な安全保障が不安定化することを回避するため、これらのあらゆる影響に配慮する必要がある。高度ミサイル防衛を規制する97年のABM条約議定書は、ABM条約に根本的な影響を与えるものではなく、相互抑止モデルの基盤を崩すものでもない。今後のABM条約に関する米ロ協議もこれらの基準から外れるものではない。
- 陳腐化した核ドクトリンや、人為的に期限を付した核軍縮ではなく、どの様な方法が現在の安全保障上の懸念に最も良く応えるかについて現実的な対話を行うべきである。国際社会は、この難しい時代の核の危険を減らすための新たなアプローチが求められている。不拡散体制が21世紀まで有効であるためには、核不拡散の規範が強化されなければならない。地域的なもののみならずグローバルな安全保障に注視する必要があり、91年の湾岸戦争は地域紛争が如何にグローバルな影響を及ぼしうるかを示した。核不拡散・軍縮は、核兵器国の問題でも、紛争地域の国々の問題でもない。NPTは、全ての締約国による約束に基づいている。核兵器国はNPT第一条、第四条、第六条の義務を遵守し、核軍縮を進めなければならない。非核兵器国は条約の不履行という最も難しい問題に際して効果的な行動を強く支援する必要がある。両陣営の協調が、核の危険を減じるためのパートナーシップを新たにする唯一の方法である。米露間における核兵器削減に新たなアプローチがなされ、また、核軍備と核分裂性物質の貯蔵を制限する動きがあれば、多数国間核軍縮交渉を進捗させるであろう。中東及び北東アジアの地域安全保障上の脅威にも周到な注意を要するが、インド、パキスタン及び中国における安全保障問題についても同様である。これらの三地域は、潜在的に大量破壊兵器の使用の可能性を排除し得ない潜在的な発火点地域である。
- この様な状況下で、安定と核からの安全保障を維持することは難しい。そのためには将来についてのビジョンと複雑な問題を解決する手順が必要である。また、国際的にも、地域的にも、核兵器の拡散を阻止する新たなイニシアチブと主要国間の新たな戦略的協力関係が必要である。世界は、冷戦終結以来、予測不可能な難問と騒乱の十年を目のあたりにしてきた。新しい世紀が始まると同時に、世界が更に混乱・紛糾し、全ての人類の安全が脅かされる危険が大きいが、我々はこの困難を問題解決の糸口にしなければならない。この為、問題を理解し、安定を維持し、大量破壊兵器を削減し、透明性を高める新たな手段を講じる必要がある。
- 96年に核兵器廃絶に関するキャンベラ委員会が重要な報告書を発表して以来、数多くの変化が起った。様々な分野で問題の兆候が見られる。東京フォーラムの報告書及び提言は、最近の情勢が極めて深刻であることを明らかにし、地域及び国際安全保障の後退を阻止するため緊急の措置を提示することを目的としている。我々は、国際社会に対して、政府と核の危険の増大による挑戦に立ち向かうよう要請する。本報告書は、これらの挑戦への対処の仕方について、相互に関係する三つの方法で明記している。即ち、主要国間と地域レベルで核の危険を減じるための戦略的関係の修復、核兵器拡散の阻止と巻き返し、そして核軍縮の組み立てと新たなイニシアティブである。
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