

久留米絣
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17世紀以降、博多織、久留米絣、小倉織あるいは石炭などの商業的産物の生産が盛んになり、また、多くの街道や港、河川の水運も発達し、九州の交通の要衝を占めていました。
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八幡製鉄所
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明治期以降、1901年に八幡で官営製鉄所が開業して鉄鋼業がおこると、工業化が進行し、日本の四大工業地帯の一つとして著しく発展しました。
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第2次世界大戦後、石炭と鉄を中心に、国の傾斜生産政策と朝鮮戦争による特需景気などにより、いち早く荒廃から立ち直りました。1955年以降の高度成長期には、鉱工業生産も大きく伸びました。最近では、相次ぐ国際定期便の就航をはじめとする国際交流機能の充実など国際都市としての発展を続けています。
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