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IT憲章起草者(冨田外務省国際機関第二課長)による解説
(『外交フォーラム』2000年10月増刊からの抜粋)九州・沖縄サミット主要議題解説
21世紀を形づくる最強の力の一つ IT今回の九州・沖縄サミットは、20世紀を締めくくるサミットとして新世紀に予見される主要課題を特定し、今後の取り組みの方向性を示すことを目的としていた。情報通信技術(IT)が国際社会に大きな変化をもたらしつつある中、参加首脳がこの問題に大きな関心を払ったことは当然の帰結とも言える。
今回発表された「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」(沖縄憲章)は、サミットで経済宣言以外に採択されるものとしては、異例に長く、かつ包括的な文書である。本稿においては、G8各国の首脳がこの憲章を通じて何を達成しようとしているのか、その基本的狙いを中心に解説を加えることとしたい。「沖縄憲章」がめざすものとは
ITの普及・発展はすでに主要先進8カ国(G8)各国において重要な政策課題となりつつある。また、国際的にも官民のさまざまな枠組みにおいて、ITがもたらす多様な課題への取り組みが進行しつつある。こうした中で、G8の政治指導者の集まりであるサミットがITをとり上げることの意義は何か。大きく言って以下の二点に集約される。
(1)情報社会の将来像--政治的ビジョンを示す
沖縄憲章の第一の狙いは、情報社会の将来像に関する政治的なビジョンとこれに向けたガバナンスのあり方を示すことにある。
憲章は、導入部分(第1~5段落)においてITが「21世紀を形づくる最強の力の一つ」と位置付けた上で、情報社会のあり方について首脳の基本的認識を簡潔に示している。この認識の核心は、人間の主体性の確認であり、ITは人々が自らの潜在性を十全に発揮するための手段として位置付けられる(第2段落前段)。また、第3段落で謳われる全員参加の原則は、後述の国際的情報格差の問題を含め憲章全体を貫く中心的理念と位置付けられるが、この理念もこうした人間本位の視点から導かれる。さらに憲章は、望ましい情報社会の構築にあたっての政府の役割を明示した第4段落、情報通信ネットワークの発展における民間部門の主導性を謳った第7段落をはじめとし、ITを取り巻く諸課題の解決に何けての関係者の役割と責任を明確化することにも注意を払っている。
ITはすぐれて使用者主導的な技術であり、人々がITのもたらす機会を認識し、積極的に活用することを通じいっそうの発展を遂げる。他方IT利用の拡大はリスクを内包しており、ITの発展自体を自己目的化することには危険が伴う。すべての関係者がITの提示する機会とリスクについての十分な理解の下に、情報社会のあるべき将来像を共有することは、ITを取り巻くさまざまな課題への対応の基本となる。この憲章の狙いは、ITの発展における人間の主体性を強調することを通じ、すべての人々がITを身近に感じ、自身の向上と望ましい社会の建設のためにこの技術を主体的に活用していくことを促すことにある。(2)国際的情報格差の解消に向けた取り組みの強化
沖縄憲章の第二の狙いは、国際的な情報格差の解消に向けた取り組みの強化である。
憲章は、「ITの提供する機会(デジタル・オポチュニティ)の活用」と題する第2章において、IT普及のための政策環境の整備、「ゲームのルール」の確立に向けた協調、消費者保護、サイバー犯罪との闘いなど、幅広い政策課題について今後の取り組みの方向性を示している。また、デジタル・デバイド(情報格差)の解消に関する第3章においては、主としてG8国内における情報格差への対応が敷衍されている。
このように沖縄憲章は、ITを取り巻く課題を包括的に視野に入れつつも、国際的な情報格差の問題に対しては、G8による協調行動の対象として特別の焦点を当てている。その背景には、以下の三つの考慮がある。
第一に、情報ネットワークには、参加者が増大すればするほど便益が拡大する、プラスのフィードバックが内在している。LANのシステムであるイーサネットを開発したボブ・メトカーフが唱えた、「ネットワークの価値はその使用者の数の二乗に比例して増加する」という法則は、ネットワーク・ビジネスにおける経験則にとどまらず、グローバルな情報社会にも当てはまる。ITの経済的、社会的便益を最大化するためには、開発途上国が情報格差を克服し、グローバルなネットワークに参加することが不可欠の前提となる。
第二に、情報ネットワークのプラスのフィードバックは勝者を強くし、弱者をいっそう弱くする。国際関係の文脈においては、開発途上国がITを経済発展のために活用する機会を失えば、先進国との伝統的な意味での経済格差がますます拡大し、限界化される危険に直面する。こうした格差は、先進国・途上国だけではなく、途上国間、さらには途上国内において深刻化する恐れがある。このことが国際社会の将来の安定にとっての重大な挑戦であることは論をまたない。
第三に、国際的な情報格差の問題の解決に向けては、多くの関係者が幅広い政策分野において一貫性のある取り組みを進めることを確保するため、真に強力な政治的リーダーシップが求められている。
近年G8プロセスは主要先進国間の政策協調からグローバルなガバナンスの構築へと焦点を移しつつある。沖縄憲章のめざすもの-情報社会の将来像とこれに向けた関係者の責任と役割を明確化し、グローバルな協調を促進していくこと-は、まさにこうしたガバナンスの構築をめざす努力の一環と言える。憲章について正すべき誤解の一つは、この文書はITの普及そのものを目的とするものではない点である。その意味ではしばしば用いられる「IT憲章」という略称も適当ではない。情報格差の解消に向けた戦略
これまでに述べたとおり、国際的な情報格差の解消は、沖縄憲章の行動面から見た中心的テーマである。以下に憲章がこの問題にいかなる戦略で臨もうとしているのか、詳しく見てみたい。
(1)基本戦略-触媒としての役割
憲章第17段落は、G8がすべての関係者を含めた「より強固なパートナーシップの創設を推進するために努力する」旨を謳っている。このことは、G8が自らの役割を触媒としてのそれと位置付けていることを示唆する。
開発途上国におけるITの普及にあたっては、当該途上国の状況に応じたきめ細かな対応が求められる。情報通信基盤やITに習熟した人的資源の育成に一定の進展が見られる途上国と、いわゆる「テレデンシティー」(人口100人当たりの電話回線数)が1に満たないような低開発国との間では必要とされる処方箋は異なる。第14段落で指摘されているとおり、問題解決のための「万能薬」は存在しない。
開発途上国における多様な状況は、一方において途上国自身が自らの状況に即した政策努力を策定・実施していくことの重要性を意味し、他方においてすべての関係者が緊密な連携の下で一貰性のある支援を行なっていくことの必要性を示唆する。上述の例をとれば、IT普及に一定の進展が見られる途上国においては、民間部門がさらなる発展の主要な担い手になるであろうし、低開発国においては二国間、多国間の公的な支援が中心的な役割を担う。後者の場合には、しばしばコミュニティー単位の情報アクセスの改善が有効なアプローチとなるので、NGOの果たし得る役割も大きい。
さらに国際的な情報格差の解消に向けては、近年各方面においてさまざまなイニシアティブが打ち出されつつある。世銀、国連開発計画(UNDP)、国際電気通信連合(ITU)といった関係国際機関は、この分野における活動を強化しつつあり、また、「e-ASEAN」構想に見られるような地域的な取り組みも進展しつつある。民間部門においても、世界経済フォーラム(WEF)やグローバル・ビジネス・ダイアローグ(GBD)などの枠組みを通じ、関心の高まりが見られ、前者のタスクフォースは沖縄サミット直前にこの分野における政策提言を森総理に提出した。重要な課題は、こうした多様な取り組み相互の連携を高め、資源の効率的配分と施策の効果的実施を因っていくことにある。(2)優先政策分野の明確化と政策一貫性の強化
G8はこうした連携の強化に向けて具体的にどのようなアプローチをとろうとしてい一るのか。
第一は、情報格差の解消に向けて優先的に取り組むべき政策分野の明確化であり、憲章第18段落はこうした政策分野のメニューを提示している。
このメニューに含まれた取り組みの一つひとつは本質的には新しいものではない。例えば、同段落第2項でとり上げられている相互接続性、(コネクティビティー)の改善に関しては、いわゆる「メイトランド報告」が21世紀初頭までに世界中のすべての人々に電話までの容易なアクセスを確保するという、野心的な目標を掲げて以来15年以上の歳月が経過している。
インターネットに代表されるITの革新は新たな政策対応を必要とする。例えば、プログラムやコンテンツの現地語化の推進などはその一例であろう。より本質的な議題は、政策環境の強化、情報通信インフラの整備、ITに習熟した人材の育成などの幅広い政策措置を包括的に、かつ一貰性を持った形で推進していくこと、すなわち「政策一貫性(policy coherence)」の確保である。
この議題については、経済協力開発機構(OECD)などにおいて先進国における経験に基づき議論が進展しつつあるが、開発途上国が置かれた多様な状況においてこうした一貫性をいかに確保していくかについては十分な検討は行なわれていない。沖縄憲章で提示されたメニューを開発途上国にとって真に有用なものとするためには、政策の実際の適用を通じ「最良の慣行」を集積し、共有することが重要な課題となろう。
特に、貧困開発途上国は、限られた資源の下で、ITの普及と食料生産、保健、教育といった基礎的な開発目的をいかに両立させるか、という深刻なジレンマに直面している。憲章第12段落が留意するとおり、ITはこうした開発目的の効果的達成に貢献する潜在性を有しており、机上の議論に限れば両者は必ずしもトレード・オフの閑係には立たない。しかし一般に政策立案、運営基盤が脆弱なこれらの国々において両者を両立させていくことは容易ではなく、援助におけるIT利用の促進などを通じた支援の強化が求められている。(3)ドット・フォースを通じた連携の強化
情報格差の解消を目的としたグローバルな連携の強化に向けた、沖縄憲章の第二のアプローチは、デジタル・オポチユニティ作業部会、通称ドット・フォースの設立である。
この作業部会は、先に述べたG8の触媒としての役割を体現するものであり、途上国政府、民間部門、関係国際機関を交えた政策対話の促進、G8による試験的プロジェクトの奨励、国際的な情報格差の問題に関する一般の意識向上、民間部門による政策提言の検討などの活動を促進した上で、明年のジェノバサミットまでに首脳の個人代表(シェルパ)に報告を提出することが期待されている (第18段落)。
この作業部会の具体的構成、作業日程等については、憲章上明確にはされておらず、同段落前段で「(作業部会が)利害関係者の参加を確保する最善の方法について検討するためにできるだけ早く会合を持つ」とされていることから、これらの点についてはサミット以降の議論に委ねられることとなろう。
したがって本稿執筆時点においては、ドット・フォースの活動について具体的に論評する材料を欠いているが、ジェノバサミットまでという比較的短期間で実質的な報告をとりまとめるためには、秋以降精力的な作業が求められることは間違いない。特に、開発途上国、国際機関、民間部門などの関係者との間でいかなる協力関係を構築していくかは、ドット・フオースの作業の成否を左右する重要な課題である。国際場裡においては、9月上旬の国連ミレニアムサミットを皮切りに、さまざまな枠組みで国際情報格差の解消に向けた取り組みが活発化する見通しである。ドット・フォースが関係者間の連携の強化にどのような貢献を果たし得るかは、グローバルなガバナンスの構築に向けてのG8の役割の将来を占う一つの試金石となろう。日本にとっての沖縄憲章
日本は、九州・沖縄サミットの議長国として沖縄憲章の策定に主導的な役割を果たしてきた。ITをサミットの中心的課題の一つとしてとり上げることは、故小渕総理のイニシアティブによるものであり、森総理がこれを継承・発展させた成果がこの憲章に結実している。また、森総理は、国際的な情報格差の解消に向けたわが国自身の貢献として、知的支援、情報通信基盤の整備、人づくり、援助における1T利用の促進の四分野を柱とし、今後5年間で150億ドルを目処とする包括的協力策を取りまとめ、サミットに先立ち発表した。折からわが国自身もITの普及・発展をめざした政策努力を本格化させつつあり、「IT立国」の実現は現内閣の最重要政策課題の一つと位置付けられている。
こうした状況の下、ITの普及に課題を残す日本が沖縄憲章の策定にリーダーシップを発揮し、国際的な情報格差の解消に向けて積極的な頁献を行なうことに懐疑的な見方もある。しかし、前述のとおり、グローバルな情報ネットワークの便益を拡大させる鍵は、ネットワーク参加者相互のプラスのフィードバックにある。わが国におけるITの発展とグローバルな情報社会の構築との間に、相互に刺激し合う、好循環を作り出していくことは、日本における「IT立国」の重要な前提である。この意味では、沖縄憲章に対するわが国のイニシアティブは、わが国自身にとっても少なからぬ意義を有する。
さらにこのようなプラスのフィードバックを生み出していくことは、今回発表された包括的協力策の実施にあたっても重要な視点と言える。特に、近隣アジア地域との関係においては、協力策をこの地域との経済関係の深化・拡大の文脈で活用していくことが望ましい。
沖縄憲章は、国際的な情報格差の解消という、大きなチャレンジヘの取り組みの第一歩にすぎない。わが国としては、上に述べた憲章の意義をも踏まえながら、その着実なフォローアップのために引き続き積極的な役割を果たしていくことが求められる。
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