(1) 概要
ボスニア・ヘルツェゴビナは、1992年の旧ユーゴからの独立宣言を契機に紛争が勃発し、1995年11月に成立したデイトン合意によって、中央政府の下にボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(FD:Federacije Bosne i Hercegovine)及びスルプスカ共和国(RS:Republika Srpska)という2つのエンティティから構成される国家となった。
デイトン合意成立後の和平履行は、民生面を上級代表事務所(OHR:Office of the High Representative)が担当し、軍事面を安定化部隊(SFOR:Stabilization Force)が担当している(2004年12月にSFORは欧州連合(EU:European Union)を中心としたEUFORに移管された)。また、欧州安全保障・協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)が民主化等を任務としたミッションを展開している。
外交面では、2002年に欧州評議会への加盟が実現し、EU加盟が最大の目標となっている。2003年11月に欧州委員会が発表したフィージビリティ・スタディでは16項目が優先課題として挙げられ、EUとの安定化・連合協定の締結交渉を始めるため諸改革の実行によるこれらの課題の十分な履行が求められている。
(2) 「中期開発戦略(MTDS)」
2004年4月に策定された「中期開発戦略(MTDS)」は、同国の貧困削減戦略文書(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)に相当し、2004年から2007年までのボスニア・ヘルツェゴビナの開発基本計画であり、以下の3点を目標としている。
(イ) 持続的で均衡の取れた経済発展のための条件整備
マクロ経済改革を通じて、2007年末までに国際資本市場での信用を回復し、機能的な市場経済を確立し、国内企業の国際市場(特にEU市場)での競争力を強化する。国内全土がバランスよく発展することも重要。
(ロ) 貧困削減
現在、国民の5分の1が貧困層に属するとされている。構造改革が、短期的には失業率や貧困の増加を生む可能性もあるため、全てのレベルの政府が、貧困の増加を防ぎ、貧困率を現在より20%低下させる経済政策を実施する。
(ハ) EU統合の加速
PRSPはEUの価値観を共有するものであり、その履行はEUへの統合を加速するものである。安定化・連合協定の締結に加え、EU加盟のための「コペンハーゲン基準」を満たすための改革が含まれている。
(1) ボスニア・ヘルツェゴビナに対するODAの意義
旧ユーゴ問題の解決は、世界の平和と安定にとって重要であり、欧州のみならず、国際社会が協調して取り組むべき問題である。わが国としてもODA大綱が重点課題の一つとして「平和の構築」を掲げていることも踏まえ、ODAを通じたボスニア・ヘルツェゴビナの平和定着及び経済発展に協力することは重要である。
紛争後約9年が経過したボスニア・ヘルツェゴビナは、紛争後の平和構築の成功例となりつつある。ボスニア・ヘルツェゴビナを他のポスト・コンフリクト地域への支援のモデル・ケースとして位置づけ、その和平履行及び経済発展を成功に導くため支援することが重要である。
(2) ボスニア・ヘルツェゴビナに対するODAの基本方針
我が国は紛争中に多くの人道支援を実施したほか、1996年4月の支援国会合において、1996年から1999年の4年間で5億ドル程度の支援を行う方針を表明した。
また、2004年4月に我が国がEUと共催した「西バルカン平和定着・経済発展閣僚会合」(東京)では、我が国は、西バルカン地域で取り組むべき課題として「平和定着」「経済発展」「域内協力」の三本柱を提唱した。
今後も我が国は、PRSPにおける優先課題及び上記の三本柱に基づき、ニーズ・裨益効果の高いと思われる分野に集中的に支援を行っていく。
(3) 重点分野
これまでは、ボスニア・ヘルツェゴビナの復旧・復興を支援するとの観点から、平和定着のための支援として、医療・保健、対人地雷除去、被災者支援や運輸・交通インフラ支援を行ってきた。
今後はさらに、2004年3月に行われた政策協議の結果も踏まえ、同国の経済的自立発展のための支援として、市場経済化支援、行政機構の能力向上、環境分野等に重点を置いて支援を継続していく。
(イ) 平和定着支援
ボスニア・ヘルツェゴビナにおける平和の定着のため、民族融和につながる支援や難民・帰還民、地雷被災者等の社会的弱者へのきめ細かな支援が重要。
(ロ) 経済的自立発展のための支援
ボスニア・ヘルツェゴビナにおいては、復興支援の必要な時期は終わりに近づきつつあり、今後の持続的な経済発展に向けて重要な過渡期にある。持続的な成長のためには民間セクターの振興が必要であり、投資促進、観光開発、中小企業振興、基礎的なインフラ整備等が重要である。
(1) 総論
2003年度のボスニア・ヘルツェゴビナに対する無償資金協力は6.70億円(交換公文ベース)、技術協力は7.44億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、円借款41.10億円、無償資金協力253.50億円(以上、交換公文ベース)、技術協力25.92億円(JICA経費実績ベース)である。
(2) 技術協力
技術協力としては、医療分野や環境保全分野に係る専門家派遣、研修員受入を実施した。その他、産業育成に資する支援として、エコツーリズムの振興のための開発調査を実施している。
(3) 無償資金協力
無償資金協力としては、疲弊した国内のインフラ整備に係る支援として、2件の橋梁修復案件を実施した。その他、草の根・人間の安全保障無償資金協力により、帰還民支援やコミュニティ支援など6件を実施している。
2004年9月の協議グループ(CG:Consultative Group)会合で、テルジッチ閣僚評議会議長が、同年内に援助協調の新しい体制を築くことを表明した。
復興支援の初期には、大量の支援が投入された結果、ドナー同士は錯綜し、援助協調にはほど遠い状況であった。この状況を改善するため、我が国は国連開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)経由で対外貿易経済関係省に援助調整ユニットを設立することを支援した。しかしながら、欧州のドナーは、欧州統合局を窓口とすることを主張し、未だに整理はついていない。
2004年9月のCG会合では、一部のドナーがセクター・ワイド・アプローチ(SWAps)や財政支援の可能性に言及したが、具体的な議論には至っていない。
(1) 行政組織の複雑さ
デイトン合意に基づき、ボスニア・ヘルツェゴビナには、中央政府の下に二つのエンティティ政府が存在し、そのうちのFDには10のカントン政府が存在するという高度に分権化された複雑・非効率な行政組織が形成されている。中央政府は人員・予算共に不足しており、分野によっては調整機能さえ持たず、経済協力については実体的にエンティティ政府が権限を独占していることが多い。
(2) 埋設地雷
国際社会の支援により、紛争中に埋設された地雷の除去も進み、埋設箇所も特定されているが、特に旧前線地域においては依然として除去されていない埋設地雷が残されているので、注意が必要である。