[6]セルビア・モンテネグロ

1.セルビア・モンテネグロの概要と開発課題

(1) 概要
 1990年代初めの旧ユーゴ解体の際、その構成共和国であったセルビアとモンテネグロは、1992年4月にユーゴスラビア連邦共和国を発足させた。このユーゴ連邦では、ミロシェビッチが事実上権力を掌握したが、ボスニア紛争、コソボ紛争の責任を問われて国連の経済制裁等を受け、国際社会から孤立し経済の低迷を招いた。1999年には首都ベオグラードが北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)による空爆を受け、コソボの国連による暫定統治を受諾した。翌2000年9月のユーゴ連邦大統領選挙を契機に国民によるミロシェビッチ体制への抗議運動が広まり、同10月コシュトゥーニツァ政権が成立し、民主化、市場経済化の過程が始まった。
 1998年頃からユーゴ連邦からの離脱、独立への動きを見せていたモンテネグロ共和国はミロシェビッチ体制の崩壊後、この動きを加速させた。これに対し、この地域の安定を望む欧州連合(EU:European Union)が2001年冬に仲介に入り、2002年3月、セルビア、モンテネグロ両共和国は「緩やかな連合国家」(the State Union)に再編されることで合意した(ベオグラード合意:セルビアとモンテネグロ関係に係る諸原則に関する合意)。セルビア共和国は、人口約750万人(2002年国勢調査時点(除コソボ))、法定通貨はディナール。モンテネグロ共和国は、人口約62万人(2004年国勢調査時点)、公定通貨はユーロ。
 セルビア共和国の一部であるコソボは、コソボ紛争、NATOの介入、国際的合意を経て1999年6月より国連コソボ暫定行政ミッション(UNMIK:United Nations Mission In Kosovo)の暫定統治下にあり、NATOを主体とする国際安全保障部隊(KFOR:Kosovo Force)が駐留、治安維持に当たっている。2004年12月にはルゴバ大統領が選出され、コソボ暫定自治政府(首相:ハラディナイ)が成立した。目下UNMIKより暫定自治政府への行政権限の段階的委譲が進められている。民族融和(アルバニア系とセルビア系)、暫定自治政府の統治能力の向上等が課題となっている。人口約200万人(推定)、公定通貨はユーロ。
(2) 「貧困削減戦略文書(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)」における開発課題
(イ) セルビア共和国
(a) 市場経済化:民間企業の進出環境を整備するために各種(金融、法、行政、財政、年金等)制度改革を統治能力の高い政府のもとで実現する。これにより、民営化を活性化、海外投資を誘致し、投資による中小企業育成及び雇用の創出を促進、輸出志向型の市場経済化を達成する。
(b) 失業対策:国営企業の民営化に伴う失業者の発生に対し、的確な職業訓練を行い、民間セクターでの雇用を促進する。また、地方行政機関、非政府組織(NGO:Non Governmental Organization)及び国際社会と協力しながら、経済・社会的に適当な代替雇用の提供に努める。
(c) 社会的弱者の保護:社会的弱者(子供、高齢者、難民・避難民、小数民族ロマ等)を直接裨益者とする既存のプログラムの効率的運用及び新規プログラムの創出を行う。これにより、雇用・医療・教育、公共サービス分野における平等な機会を保証し、貧困の罠を抜け出す足がかりとする。
(ロ) モンテネグロ共和国
(a) 農業・農村開発:インセンティブ創出(輸出補助等)、検査体制の強化及び技術等の提供、有機農業の確立(商標登録、認定基準確立等)、食品加工設備の整備等による生産量の拡大及び競争力の向上により、大幅な輸出拡大を目指す。
(b) 観光開発:法・制度的枠組みの整備(世界観光機関への参加等)、特定分野の観光プログラムの分析・開発(エコツーリズム等の環境、宗教、農業などにテーマを絞った観光)、既存の観光設備(ホテル、キャンプ場等)の国際基準に準じた分類化及び大幅な質の向上、観光産業における中小企業育成により持続可能な観光開発を促進し、新規雇用創出及び所得の増加を目指す。
(c) インフラ整備:運輸、エネルギー(特に電気)、上下水道分野におけるインフラ整備を通じ、バランスのとれた開発を促す。
(3) 経済政策
(イ) セルビア共和国
 セルビア政府の経済政策は、迅速な市場経済化を第一の目標として掲げており、そのために必要な民営化を主に海外投資誘致により達成しようとしている。投資誘致に有効な法律等を整備するほか(法人税を大幅に削減等)、中小企業への融資制度確立等を通じて起業環境の整備にも努め、民間セクターの活性化に努めている。
(ロ) モンテネグロ共和国
 モンテネグロ政府の経済政策も、迅速な市場経済化を第一の目標としており、民営化を推進している。また、持続可能な開発にも力点を置いており、比較優位性を有する観光分野や農業での経済成長を目指している。

表-1 主要経済指標等

表-2 我が国との関係

表-3 主要開発指数

2.セルビア・モンテネグロに対するODAの考え方

(1) セルビア・モンテネグロに対するODAの意義
 コソボを含むバルカン地域の安定化は欧州全体の安定にとって極めて重要であり、国際社会が協調して取り組むべきグローバルな問題であることを踏まえ、ODAによって同国の平和と安定の確保に向けた取組を支援することは、ODA大綱の重点課題の「平和の構築」の観点からも意義が大きい。
 また、セルビア・モンテネグロにおける市場経済化はODA大綱の重点課題である「持続的成長」の観点から意義が大きい。また、同国の民主化と市場経済化はEUにおいても重要課題とされており、これを支援することは、我が国とEUとの関係強化に寄与するものである。
(2) セルビア・モンテネグロに対するODAの基本方針
 2004年3月に行われた「西バルカン平和定着・経済発展閣僚会合」での結果を踏まえ、以下の視点を重視しつつ支援を行っていく。
(イ) 平和の定着:「平和の定着」外交の一環として「人間の安全保障」の視点をふまえつつ、「平和の構築」に貢献することを重視。
(ロ) 経済発展:民間セクターの活性化に必要な中小企業振興及び貿易・投資振興に係る「人造り」支援及び政策支援、経済・社会インフラの整備。
(ハ) 域内協力:組織犯罪対策等に係る警察関連技術協力及び観光分野における域内経済交流の促進。
(3) 重点分野
 これまで主に以下の分野を中心に支援を行ってきている。
(イ) 医療・教育
 難民・避難民問題も存在し、また政府による財政措置も限られているため、基本的な医療・教育サービスの提供に支障を来している状況である。
 我が国はこうした状況に対して、医療分野については医療機材整備や救急病院整備、病院運営管理の専門家派遣などの協力を実施している。教育分野については、小学校校舎・教室整備などの協力を実施してきた。
(ロ) 社会・経済インフラ
 過去の紛争の影響により、未だ多くの分野で社会・経済インフラの復旧・整備が必要とされている。我が国は、交通手段を奪われた市民に対するバスの供与や電力供給の安定のための協力などを実施している。
(ハ) 市場経済化
 セルビア・モンテネグロでは、今後のEU加盟を視野に持続的な経済成長を達成することが求められている。投資促進、農業などの産業育成等に協力が必要とされている。
(ニ) 環境
 環境対策が遅れている同国では環境保全に係る人材育成等が不可欠である。我が国は、有害廃棄物対策に係る専門家派遣等を実施している。

3.セルビア・モンテネグロに対する2003年度ODA実績

(1) 総論
 2003年度のセルビア・モンテネグロに対する無償資金協力は8.02億円(交換公文ベース)、技術協力は0.92億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、円借款110.40億円、無償資金協力375.63億円(以上、交換公文ベース)、技術協力11.46億円(JICA経費実績ベース)である。
(2) 技術協力
 技術協力としては、環境分野や市場経済化分野での研修員受入、専門家派遣を実施している。
(3) 無償資金協力
 無償資金協力としては、「バイナ・バシュタ揚水発電所改修計画」を実施した。これは、同国内の電力運用に重要な位置を占めるにも関わらず運転開始以降20年以上本格的な改修が実施されていなかったバイナ・バシュタ揚水発電所の改修を実施するもので、同国内の電力供給の信頼性の確保に貢献することを目指している。
 その他草の根・無償資金協力として、17件を実施した。

4.セルビア・モンテネグロにおける援助協調の現状と我が国の関与

(1) セルビア・モンテネグロにおいては、両共和国政府、国連及び世界銀行等の国際機関、各国による援助協調への努力が行われている。両共和国政府は、省庁毎のドナー調整会合を主催し、これに国際機関や各国も参加し、分野別(省庁別)の援助協調は徐々に促進されている。
(2) 我が国は、コソボにおいては、人間の安全保障基金などを通じたドイツやアメリカとの援助協調を実施済みであり、また、セルビアにおいては、草の根・人間の安全保障無償資金協力等を通じて、教育や医療などの分野で関心国との援助協調を模索している。

5.留意点

(1) 統治形態
 対セルビア・モンテネグロODAの実施に際しては、まずその複雑な統治形態を認識しておく必要がある。対外的な窓口はセルビア・モンテネグロ外務省であるが、実施機関は各共和国の関係省庁等となる。また、コソボについては、国連コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)が対外的な窓口となっている。
(2) 援助吸収能力
 セルビア、モンテネグロともに、教育水準は高く、技術者のレベルも科学技術分野等においては先進国と遜色のないレベルにある者もおり、総じて援助吸収能力は高い。その一方で、1990年代の経済制裁及び現在の厳しい財政状況を反映して、政府機関・研究所及び生産施設の機材の老朽化は著しい。
(3) 治安問題
 コソボにおいては、プリシュティナ(渡航の是非検討地域)を除き全土が渡航延期勧奨地域である。

表-4 我が国の年度別・援助形態別実績

表-5 我が国の対セルビア・モンテネグロ経済協力実績

表-6 諸外国の対セルビア・モンテネグロ経済協力実績

表-7 国際機関の対セルビア・モンテネグロ経済協力実績

表-8 我が国の年度別・形態別実績詳細

表-9 2003年度までに実施済及び実施中の技術協力プロジェクト案件

表-10 2003年度草の根・人間の安全保障無償資金協力案件


プロジェクト所在図


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