1968年、オーストラリア、ニュージーランド、英国の三国を施政権者とする国連信託統治下より南太平洋初の共和国として独立した。2003年3月、ドウィヨゴ大統領が急逝して以降、任期満了に伴う総選挙や内閣不信任動議等のため政権が次々と交代し、2004年6月にスコティ大統領が就任した。スコティ大統領は、政情安定化をねらい、非常事態宣言を発出し、議会を解散させ、10月の総選挙で勝利し、大統領に再選された。
外交面では、地理的近接性と歴史的背景から、オーストラリア、ニュージーランドをはじめ他の太平洋島嶼国との結びつきが強い。2001年9月、ナウル政府はオーストラリアからの要請に応じてオーストラリア領海で庇護された庇護申請者の受入を行っており、その見返りとして経済援助を受けている。また、2002年にはそれまで国交を有してきた台湾との関係を断絶し、中国と国交を樹立した。
経済面では、かつて燐鉱石採掘によって財政が潤っていたが、燐鉱石の枯渇に伴い、財政は逼迫している。燐鉱石に代わる収入源の確保及び燐鉱石採掘で荒廃している国土の回復を、財政再建と平行していかに進めるかが緊急の課題である。政府は公務員の削減、給与凍結、海外資産の整理等経費節減を実施しているが、財政再建は困難を極めている。このため、2004年8月にサモアで開催された太平洋諸島フォーラム(PIF:Pacific Islands Forum)総会において、スコティ大統領はナウルに対する支援を要請した。