(1) 概要
1967年のクーデターでエヤデマ大統領が権力を掌握して以来、独裁一党による政権運営であったが、1990年以降民主化の動きが国内外で高まった。1993年1月以降、同大統領を支持する軍の一部による妨害及び民主派への弾圧等が続き民主化プロセスが一時停滞したものの、1994年2月の国民議会選挙の結果、野党側が過半数の議席をおさえ、野党第二党のコジョー氏が首相に指名され、民主化への再度の歩みが始まった。しかしながら、1998年6月に実施された大統領選挙でエヤデマ大統領は再選されたものの、野党側は投票結果に操作があったとして抗議を行い、与野党間の政治的緊張が急速に高まる等、不安定な状況が続いていた。2002年12月、同大統領は大統領任期の憲法を改正して、2003年の大統領選挙に再度立候補することを可能にし、2003年6月に行われた大統領選挙では、エヤデマ大統領が当選し、大統領に就任した。
外交面では、穏健な非同盟中立路線を基調としている。フランス・中国との関係は良好であるが、欧州連合(EU:European Union)・ドイツ・米国等の西側諸国ドナーが同国の民主化問題から、1993年以降、フランス以外の西側諸国ドナーは大規模な支援は凍結している。アフリカ域内では、紛争の平和的解決に貢献してきており、特に1999年中には西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS:Economic Community of WestAfrican States)議長国としてギニア・ビサウ紛争、シエラレオネ紛争の仲介の役割を積極的に果たすなど、西アフリカ地域の安定化に努力した。
経済については、農業が労働人口の約70%、国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)の約40%を占める。燐鉱石・綿花・コーヒー・カカオの輸出が重要な外貨獲得手段であり、1970年代に一次産品の国際価格の上昇に伴い高度成長を遂げたが、1980年をピークにこれら一次産品価格は下落の一途をたどったこと、併せて1990年後半からの政治的混乱も加わり同国経済状況は悪化している。
なお、トーゴ政府は、貧困削減文書(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)の策定作業を行っているが、未だ正式に策定されていない。