1975年の独立以来、ダ・コスタ大統領の独裁が続いていたが、1990年に複数政党制を導入、1991年の大統領選挙でトロヴォアダ候補が当選した。1994年10月の総選挙でダ・コスタ大統領率いる「サントメ・プリンシペ開放運動」(MLSTP)が第一党となったため大統領と政府与党の政党が異なる状況(コアビタシオン)が続いていたが、2001年7月の大統領選でトロヴォアダ大統領派のデ・メネゼス元外相が当選、同年9月には内閣を改造し、コアビタシオンを解消した。2002年3月の国民議会選挙により、複数政党制導入以来初の挙国一致内閣が誕生した。2003年7月にクーデター未遂事件が起こったものの無血終結し、引き続きデ・メネゼス大統領政権が継続している。しかしながら、大統領派の野党改革民主運動(MDFM)と与党MLSTPとの対立が激しく、2004年3月には大統領派MDFM4閣僚がダス・ネイヴィス首相(当時)の要求を受ける形で辞任、9月にはダス・ネイヴィス首相が外国援助に絡むスキャンダルの疑いで更迭され、新内閣が任命される等、政治的不安定は続いている。
外交面では、旧宗主国ポルトガルと緊密な関係にある他、フランス等を中心とする先進国寄りの現実的外交(1997年11月仏語圏諸国会議機構に加盟)を推進している。特に、近隣諸国及びポルトガル語圏アフリカ諸国との友好関係は緊密であり、地域内の経済開発に関する相互協力体制の確立を図っている。
経済面では、輸出収入の約9割を占めるカカオ生産以外主たる産業がなく、1980年代に始まった一次産品価格の低迷により経済は大打撃を受けた。1987年から世界銀行・国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)の支援の下、構造調整に着手したものの、内政混乱による不適切な財政政策もあり、大量失業、多額の対外債務残高を抱える等経済状況は芳しくない。一方、近年の調査により同国周辺海域において石油鉱床の存在が確認され、2003年10月にはナイジェリアとの共同開発鉱区の入札が行われた。ただ、実際の石油生産の開始は2010年以降になるであろうと見られている。
我が国は、サントメ・プリンシペに食糧品等の再輸出品を輸出し(2002年輸出額1億418万円)、同国から整流器類、建築用石材等を輸入している(同年輸入額3214万円)。