[4]イラク

1.イラクの戦後復興の概要と課題

 2003年3月20日のバグダッドに対する航空攻撃を端緒に米軍主導の「イラクの自由作戦」が開始され、4月9日に首都バグダッドが事実上陥落し、サッダーム・フセイン政権が崩壊した。
 戦後、5月22日に採択されたイラクの復興等に関する安保理決議1483は占領軍としての米英の特別の権限を認識し、米英を中心とする連合暫定施政当局(CPA:Coalition Provisional Authority)は活動を開始した。8月19日に在バグダッド国連本部に対する自爆テロが発生するなど、治安情勢が悪化する中、7月13日に発足したイラク統治評議会が9月1日に暫定閣僚の選定を発表、また、10月16日に採択された安保理決議1511は、統治評議会及び暫定閣僚がイラクの国家主権を体現するイラク暫定行政機構の主要な機関であると決定した。
 同決議の要請に従い、11月15日、イラク統治評議会とCPAは、イラク人への統治権限の早期移譲を目指す政治プロセスについて合意した。その後、政治プロセスの見直しが行われ、ブラヒミ国連事務総長特別顧問がイラク暫定政府の人選を発表し、2004年6月8日、イラク暫定政府成立をはじめとする今後の政治プロセスを是認し、占領の終了及びイラクの完全な主権の回復を歓迎する安保理決議1546が採択された。同決議を受け、6月28日にCPAが廃止され、イラク暫定政府に統治権限が移譲された。これに伴い、戦後復興の担い手もCPAからイラク暫定政府に移り、イラク人のためのイラク人による復興への取組が始まった。
 戦後間もなく、今次戦争の物理的被害は限定的であり、むしろ度重なる過去の戦争や経済制裁等により疲弊した経済社会システム、インフラ復旧及び近代化への需要が大きいこと、政府機能の喪失に伴う行政サービス不在への対処が当面の復興課題であることが認識された。国連及び世界銀行は復興ニーズ調査を実施し、2004~2007年の治安分野と石油セクターを除く復興ニーズを356億ドルとした(そのうち2004年は92.7億ドル)。2003年10月23~24日、この復興ニーズ調査を受け、イラク復興支援国際会議がマドリッドで開催された。73か国、20の国際機関、13の非政府組織(NGO:Non Governmental Organization)が出席し、2007年末までの期間を対象に有償及び無償で総額330億ドル以上の資金協力の表明がなされ、国際的なイラク復興支援に向けた動きが緒に就いた。その後、イラク復興信託基金(IRFFI:International Reconstruction Fund Facility for Iraq)ドナー会合が2004年2月にアブダビで、5月にドーハで開催された。
 マドリッド会議から1年を経て、2004年10月13日、14日に東京都内で開催された第3回イラク復興信託基金ドナー会合は、イラク暫定政府の代表が出席する最初の復興支援会合となった。
 この会合において、サーレハ副首相が率いるイラク代表団は、国家開発戦略(NDS:National Development Strategy)を発表した。NDSは、統治権限の移譲を受けたイラク暫定政府が策定した最初の復興戦略で、2007年までの今後3年間の経済社会改革及びセクター別開発の指針を説明している。NDSでは、治安状況の改善のために最大限の努力を行うとのイラク暫定政府の決意が表明され、石油モノカルチャー(政府歳入の93%を原油輸出に依存)、国家統制経済、脆弱な民間セクター、社会的不平等、不十分な若年層対策、高い失業率、国際的孤立による技術的衰退、公的機関等の略奪、社会資本の衰退、市民参加や人権の否定等を旧政権からの「負の遺産」と位置付けられている。その上で、2003年4月以降の実績及び財政見通し、暫定政府が取り進める経済改革、社会改革、セクター別開発の指針が示され、その実施上の課題が指摘されるとともに援助調整メカニズムに言及されている。
 NDSでは、2003年4月以降の経済社会面での復興実績として、実質国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)の上昇(2003年の120億ドルから2004年は194億ドルと60.2%増、一人あたりGDPは440ドルから693ドルに上昇)、法的枠組みの整備(会社法、銀行法等の経済法体系を導入)、財政面での取組(関税の軽減・簡素化、新所得税制の導入、公務員の給与・年金の引き上げ、予算均衡等)、金融面での取り組み(新通貨導入、為替レート安定、金利自由化、インフレ率の劇的低下等)、石油生産能力の増加(280万B/D)発電能力の復旧(3,500MWから5,400MWへ)、省庁や閣僚ポストの新設(人権省、国内避難民・移民省、環境省の新設、女性問題担当大臣の新設)、2,000以上の現地NGOの設立、国家機関への女性参加比率を25%以上にするとの目標の達成、汚職に包括的に取り組む機関の新設、1,000校以上の学校の修復等を挙げられている。
 セクター別開発指針では、石油・ガス、金融、電力、水・衛生、運輸、通信、教育、保健、文化・青少年活動、住宅、環境、水資源、農業、産業育成の各分野について開発目標・課題が挙げられている。

表-1 主要経済指標等

表-2 我が国との関係

表-3 主要開発指数

2.イラクに対するODAの考え方

(1) イラクに対するODAの意義
 我が国を含む国際社会は、戦後のイラクが中東地域の安定勢力となるために、テロに屈することなく国際協調を通じて平和の定着と国造りへの支援を進める必要がある。イラクが主権・領土の一体性を確保しつつ、平和な民主的国家として再建されることは、イラク国民にとって、また、中東地域及び国際社会の平和と安定にとって極めて重要であり、石油資源の9割近くを中東に依存する我が国の国益にも直結している。イラク復興支援は、ODA大綱において重点課題として掲げられている「平和の構築」の観点から大きな意義を有する。
(2) イラクに対するODAの基本方針
 我が国は、2003年5月1日に1億ドルを上限とする当面の具体的な支援策を発表した。その後、マドリッド会議に先立ち、「当面の支援」として15億ドルの無償資金による支援を表明し、同会議に際しては、2007年までの中期的な復興需要に対して基本的に円借款により最大35億ドルまでの支援を行うことを表明した。ただし、中期的な復興需要に対する支援は、治安状況、今後の復興事業の進捗振り、政治プロセスの進展、債務問題の解決に向けた動き等を見極めつつ行う。
 我が国は、自衛隊によるイラク人道復興支援特措法に基づく人的貢献とODAによる協力を「車の両輪」として進めている。特に、ムサンナー県においては、給水、医療、公共施設の復旧・整備等における陸上自衛隊の活動と連携してODAを実施し具体的な成果を挙げている。
(3) 重点分野
 「当面の支援」では、電力、教育、水・衛生、保健、雇用等イラク国民の生活基盤の再建及び治安の改善に重点を置いており、中期的な復興需要に対する支援では、これらの分野に加え、電気通信、運輸等のインフラ整備等も視野に入れている。

3.イラクに対する2003年度ODA実績

(1) 総論
 イラク復興支援のうち、2005年2月以降2004年10月までに実施・決定した無償資金による支援額は約14億ドルに達している。
 2003年度のイラクに対する無償資金協力は120.66億円(交換公文ベース、ジャパン・プラットホーム(JPF)を通じた支援及びヨルダン大使館を通じ実施した草の根・人間の安全保障無償資金協力案件を除く)、技術協力は3.91億円(JICA経費実績ベース)であった。
(2) 円借款
 イラク復興支援においては円借款の実績はない。2004年11月、パリクラブにおいて、イラクとの間でイラクの公的債務の処理方法(計80%の削減)に関する合意が成立した。なお、パリクラブ債権国の対イラク向け公的債権残高は約389億ドル、我が国はパリクラブ最大の債権国(遅延損害金を含め約73億ドル)。
(3) 無償資金協力
 2003年度予算では、緊急無償資金協力による直接支援として、警察車両の供与、移動式変電設備の供与、3つの発電所の緊急復旧・改修、11主要病院の整備、バグダッド市浄水施設の整備、ゴミ下水処理特殊車両の供与、消防車の供与、南北基幹通信網の整備等に対する支援を行った。そのほか、IRFFI経由を含めて国際機関を通じた雇用創出を含む各種支援、地方行政機関や国際NGO等の各種プロジェクトに対する草の根・人間の安全保障無償資金協力、JPFを通じた支援などが実施された。
(4) 技術協力
 技術協力では、イラク復興支援における人材育成支援の一環としてイラク周辺国と協力して行う最初の研修(第三国研修)として、内視鏡外科、小児科、ICU、看護の分野で約100名のイラク人医療関係者に対する研修をエジプトの医療機関において実施した。ヨルダンでは電力、統計、水資源等の分野においてイラク向け第三国研修を実施してきた。他方、日本国内での研修は2003年9月より様々な分野で行われてきており、翌年10月までに80名以上が研修を受けた。
(5) 国際機関を通じた支援
 国連及び世界銀行が管理するイラク復興信託募金への拠出4.9億ドルによる各種事業のほか、緊急人道支援、教育、電力、医療、雇用、文化等の分野で、UNDP、UNICEF、UNESCO、UN-HABITAT等を通じた支援を実施。

4.イラクにおける援助協調の現状と我が国の関与

 2003年10月のマドリッド会議において、国連及び世界銀行により運営・管理されるイラク復興信託基金(IRFFI)の設立が決定された。我が国はIRFFIに4億9,000万ドル(全拠出額の約半分。国連管理部分に3億6,000万ドル、世界銀行管理部分に1億3,000万ドル)を拠出しているほか、IRFFIの管理運営を協議するドナー委員会の議長を務めている。2004年2月にアブダビで初めて開催されたIRFFIドナー委員会で我が国が議長として選出され、5月末には43カ国・機関が出席して第2回会合がドーハで開催された。10月13日、14日には第3回会合が東京で開催され、初日の拡大会合には独仏露及びアラブ諸国等を含め53カ国及び4機関が参加した。東京会合では2005年1月に実施予定の選挙を念頭に置いて、イラク復興支援に向けた国際協調強化の重要性が確認された。

5.留意点

(1) 政治プロセスへの配慮
 政治プロセスと経済社会面での復興プロセスは不可分の関係にあり、復興支援を進めるにあたっては、政治プロセスの進捗状況に十分な配慮を払う必要がある。
(2) 治安問題への対応
 2003年11月29日、イラク復興支援の任に当たっていた奥克彦参事官(同日付けで大使に昇任)、井ノ上正盛三等書記官(同じく一等書記官に昇任)及びジョルジース大使館職員がイラク国内で殺害されるという痛恨極まりない事件が発生した。その後も治安情勢には抜本的な改善が見られていないことから、イラク復興支援に関与する人員の安全確保に万全を尽くすことは引き続き最大の留意点となっている。

表-4 我が国の年度別・援助形態別実績

表-5 我が国の対イラク経済協力実績

表-6 諸外国の対イラク経済協力実績

表-7 国際機関の対イラク経済協力実績

表-8 我が国の年度別・形態別実績詳細

表-9 2003年度までに実施済及び実施中の技術協力プロジェクト案件

表-10 2003年度草の根・人間の安全保障無償資金協力案件


プロジェクト所在図


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