[5]バングラデシュ

1.バングラデシュの概要と開発課題

(1) 概要
 バングラデシュは、狭い国土(我が国の約4割)に多くの人口(約1.35億人、なお国連人口基金(UNFPA:United Nations Population Fund)統計では1.5億人)を抱える一方、天然資源は天然ガスを除き極めて限られている。また、洪水・サイクロン等の自然災害が頻繁に発生し、国民一人当たり国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)も2003-2004年度では421ドル(暫定値)と極めて低く、後発開発途上国(LDC:Least Developed Countries)の中で最大の人口を抱えている。
 1975年8月のムジブル・ラーマン大統領暗殺以降、バングラデシュでは、ジアウル・ラーマンおよびエルシャド両大統領の下で事実上の軍事政権下にあったが、経済開発面においてはジアウル・ラーマン大統領は人力を駆使した農村インフラの整備等の農村開発に、エルシャド大統領はチッタゴンにおける輸出加工区の設置等の民間経済部門の強化に意を用いた。エルシャド政権末期の1990年後半に民主化運動が高まり、エルシャド大統領は1990年12月に辞任し、以降、バングラデシュでは民主的手続きによる政権交代が定着した。1991年2月の選挙ではバングラデシュ民族主義党(BNP:Bangladesh National Party)が、1996年6月の選挙ではアワミ連盟が、さらに2001年10月の選挙ではBNP、ジャマティ・イスラムを中心とする4党連合が勝利した。BNP政権下の1991年9月には、大統領が行政の実権を握る大統領制から首相が実権を握る議院内閣制に変更するための憲法改正が行われており、1996年6月の総選挙以降、公正・中立な選挙を実施するために暫定的な選挙管理内閣の下で総選挙が実施されている。
 上記のとおり、バングラデシュは民主化という点ではある程度の成果をあげたといえるが、新たに浮上したのはアワミ連盟とBNPとの間の全く妥協の余地のない対立である。両党の間では政策上の大きな違いはないが、時の野党は頻繁に国会をボイコットするため、議会制民主主義が有効に機能しているとは言い難い状況にあり、野党が実施するハルタル(ゼネラル・ストライキ)は経済活動に対し悪影響を与えている。外交面においてバングラデシュは南アジア地域協力連合(SAARC:South Asian Association for Regional Cooperation)の提唱国として域内の協力関係に積極的に取り組んでおり、現BNP政権は東南アジア・東アジア諸国との経済関係の強化のための東方外交を鋭意推進している。
 民主化移行後のバングラデシュでは、経済自由化政策が積極的に推進され、1992年以降、年平均4.8%の経済成長を達成した。1981年より導入されている世界銀行・国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)の構造調整政策も1991年以降本格化し、財政、金融、貿易部門の改革、公的部門の合理化、民間部門の活性化、規制緩和、海外直接投資の促進などが実施されてきた。その結果、インフレ率、財政赤字、外貨準備高など、マクロ経済安定に比較的成功しており、縫製品、ニットウェアなどを始めとした製造業、建設業、エビを中心とした漁業が高い成長率を記録している。
 1996年6月以降、アワミ連盟前政権下の積極的な財政・金融拡張政策は、GDP成長率平均5%以上の達成を導く一方で、財政赤字の拡大や外貨準備高の減少などマクロ経済の不均衡を招いた。他方、2001年10月以降のBNP主導現政権下では、マクロ経済の安定化を図る一方で課税対象の拡大を柱とする税制改革に取り組んでいる。2003年度(2003年7月-2004年6月)の成長率5.5%は、2002年度の5.3%に引き続き安定を示している。2004年度は6.0%成長達成を目標としている。
 2004年末に予定されている多国間繊維協定(MFA:Multi-Fibre Arrangement)の失効を受け、MFAの輸出割当(クォータ)制度の下で、現在、バングラデシュが享受している欧米市場における比較優位が失われることが懸念されており、早急な対策が求められている。2004年度予算で繊維産業、ジュート産業など一部法人税の軽減などの優遇措置が打ち出されたが、輸出の約75%を占める縫製業の競争力強化と縫製業に代わる新たな輸出産業の育成は、引き続き課題となっている。
(2) バングラデシュ政府の開発計画
 2003年6月に完成した暫定版貧困削減戦略文書(I-PRSP:Interim Poverty Reduction Strategy Paper)は「A National Strategy for Economic Growth, Poverty Reduction and Social Development」と題され、貧困層が裨益できるような成長、人間開発、ジェンダー格差の是正、ソーシャル・セーフティネットの整備、参加型のガバナンスが5つの戦略の柱となっている。なお、最終版PRSP(F-PRSP)の完成は2004年12月を予定している。

表-1 主要経済指標等

表-2 我が国との関係

表-3 主要開発指数

2.バングラデシュに対するODAの考え方

(1) バングラデシュに対するODAの意義
 我が国は、バングラデシュの独立を西側諸国に先駆けて1972年に承認して以降、一貫して友好関係を維持してきた。両国間には大きな政治的懸案はなく、経済・技術協力を中心に極めて良好な関係を構築しており、親日的な対日感情と相まって我が国への協力期待感には極めて強いものがある。
 また、バングラデシュは国連、非同盟グループ、イスラム諸国会議等を通じて第三世界の穏健派として活発な外交を展開しているほか、平和維持活動にも積極的に参加している。特に2000年からは国連安保理非常任理事国(2年間)、2001年には非同盟諸国会議議長となるなど、近年、国際場裡における存在感を高めている。こうした活動を背景にバングラデシュは後発開発途上国(LDC)の代弁者を自認していることから、同国との関係強化は我が国の途上国外交全般にも資するものと考えられる。
 さらに、SAARCの提唱国として南アジア諸国の協力関係強化に尽力しており、バングラデシュへの援助は同国の民主化・安定化に貢献し、ひいては南アジア地域全体の政治的安定にも大いに資することとなる。
 こうした重要性を有するバングラデシュは、貧困緩和を優先課題とする世界最大のLDCであり、同国の大きな援助需要を踏まえて、同国の債務負担能力に十分留意しつつ、援助を実施していく必要がある。 
(2) バングラデシュに対するODAの基本方針
 我が国の対バングラデシュ援助は近年かなりの額に上っていることから、今後はより一層、質に重点を置く援助を目指す。なお、援助実施に際しては、バングラデシュが外国援助に過度に依存する体質に陥らないよう自助努力を促す援助を行うよう留意するとともに、1)同国の改革努力、2)援助受入能力、3)同国の資金需要・債務負担能力等を併せて考慮していく必要がある。
 バングラデシュがLDCであることを鑑み、今後無償資金協力及び技術協力を基本としてこれら協力の相互連携を重視しつつ、後述の重点分野を中心に援助を実施していく。
 円借款については、経済インフラ(電力、運輸セクター等)、農村地域のインフラ整備などを中心に債務負担能力に十分留意した上、環境社会配慮に留意しながら対応する。
 アドバイザー型専門家や資金協力連携専門家の派遣等により、技術協力と資金協力との連携を引き続き強化していくとともに、2002年度までに実施された債務救済無償資金協力の見返り資金等を効果的に活用する。貧困層に対して直接支援しているNGOに対して、草の根・人間の安全保障無償資金協力等をさらに強化することを検討する。
(3) 重点分野
(イ) 農業・農村開発と農業生産性向上
  農村地域のインフラ整備、農業技術の普及、農業研究等により農業生産性を向上させ食糧自給率の改善を図るとともに、農村における貧困層(特に土地を保有しない農業従事者等)の雇用創出・所得向上を目指す。マイクロ・クレジット等ソフト面の強化により、農村レベルの貧困層の生活改善を支援する。
(ロ) 社会分野(基礎的生活分野、人的資源開発)の改善
 貧困層に直接裨益する援助として、他のドナーやNGOとの連携を図り、基礎的な衛生、医療事情の改善に取り組むとともに、「初等教育」、特に「女子教育」等に関するDAC新開発戦略の目標達成に向け支援する。
(ハ) 投資促進・輸出振興のための基盤整備
 経済発展や経常収支改善のためには、輸出の拡大が不可欠であり、投資促進・輸出振興に資する基礎インフラ整備への援助等に加え、投資環境整備・投資促進の諸施策、実施機関の能力向上等ソフト面での協力についても検討を行っていく。
(ニ) 災害対策
 頻発する洪水、サイクロン等自然災害による人的・経済的被害を軽減するとともに、安全な土地を確保し、経済発展の基盤となる国土整備が重要である。洪水対策に関しては、今後バングラデシュ政府が「総合国家水管理計画(NWMP:National Water Management Plan)」策定後、同計画に沿った協力を検討していく。また、災害を未然に防ぐあるいは最小限に抑制するための予防対策として、早期警報・避難体制の強化、緊急性の高いインフラ整備を支援することも検討していく必要がある。

3.バングラデシュに対する2003年度ODA実績

(イ) 総論
 2003年度のバングラデシュに対する無償資金協力は13.78億円(交換公文ベース)、技術協力は26.34億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、円借款は5,615.56億円、無償資金協力は4,504.03億円(以上、交換公文ベース)、技術協力443.09億円(JICA経費実績ベース)である。
(ロ) 円借款
 円借款については、これまで経済インフラ(電力、運輸セクター等)、農村地域のインフラ整備等を中心とした協力に対するバングラデシュ側のニーズが大きいことから、経済社会開発のための基礎インフラをはじめとしたプロジェクト借款を中心に行ってきている。
(ハ) 無償資金協力
 無償資金協力については、農業、保健・医療等の基礎生活分野、人造り、洪水対策分野等を中心に援助を行ってきており、2003年度は、保健・医療を中心に実施した。
(ニ) 技術協力
 技術協力については、青年招聘を含む研修員受入れ、専門家派遣、青年海外協力隊派遣、技術協力プロジェクト等各種形態による協力を実施している。2003年度は、保健医療、農畜産業、人的資源、行政、社会基盤等を重点分野として協力を実施した。開発調査は、運輸、洪水対策、工業開発分野等での協力を行っている。

4.バングラデシュにおける援助協調の現状と我が国の関与

 バングラデシュにおいては、開発パートナー間の援助協調が活発に進展し、約20のLCG(Local Consultative Group)サブグループが存在している。我が国は2003-2005年、LCGの執行委員会のメンバーとなっている他、年一回開催のバングラデシュ開発フォーラム(BDF: Bangladesh Development Forum)やサブグループに積極的に参画している。例えば、教育セクターのサブセクターの初等教育セクターでは、初等公教育サブ・セクター・プログラム(PEDPII:Primary Education Development Program II)が策定され、11のドナーはCode of Conductに署名を行い、コンソーシアムを形成しながら、バングラデシュ政府のプログラム策定と実施に協力している。11のドナーの内、世界銀行他ドナーはセクター融資を行い、他方、我が国は理数科改善を目的とした技術協力プロジェクトを行う等、多様な援助モダリティの下で援助協調が進んでいる。

5.留意点

 対バングラデシュODAの実施に際しては、新ODA大綱にも盛り込まれた「援助政策の決定過程・実施における現地機能の強化」を実践するものとして、現地ODAタスクフォースが制度化される前の2002年より、大使館・JICA・JBIC・JETROを中心とした「オール・ジャパン」体制を確立し、「選択・集中・連携」を掲げて経済協力関係者による密接な協力を推進している。
 バングラデシュ現地ODAタスクフォース(バングラデシュ・モデル)の特徴として、情報・政策・各種援助ツールの共有、重点セクター毎に組織横断的なチーム編成、セクター別の援助方針の作成、スキーム間の連携、他のドナーとの援助協調の推進が挙げられる。バングラデシュ・モデルの枠組みとして、運営委員会において我が国援助の基本方針を議論し、この運営委員会の下に10の最重点・重点セクター毎にワーキング・グループを配置し、各セクターレベルで情報の共有、分析、セクタープログラム化などを行い情報と知見の蓄積を行っている。他方、対外関係では、開発援助勉強会で国際機関の邦人職員、NGO、民間企業等と定期的に多岐に渡るバングラデシュの開発テーマの議論を行うことで知見を共有し、またドナー会合(LCG)における協議でドナー間の援助協調を推進し、現地レベル二国間年次政策協議を通じてバングラデシュ政府と援助の改善についての政策対話を行っている。

表-4 我が国の年度別・援助形態別実績

表-5 我が国の対バングラデシュ経済協力実績

表-6 諸外国の対バングラデシュ経済協力実績

表-7 国際機関の対バングラデシュ経済協力実績

表-8 我が国の年度別・形態別実績詳細

表-9 2003年度までに実施済及び実施中の技術協力プロジェクト案件

表-10 2003年度実施済及び実施中の開発調査案件

表-11 2003年度草の根・人間の安全保障無償資金協力案件


プロジェクト所在図


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