[4]パキスタン

1. パキスタンの概要と開発課題

(1) 概要
 パキスタンは、1億4,500万の人口を持つイスラム世界及び南アジア地域の大国である。パキスタン経済においては、農業部門が2003年度で国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)の23%、就労人口の42%を占める主要産業であるが、天候に左右されやすい脆弱性を有している。同国は、一人当たり国民総生産(GNP:Gross National Product)が約652ドル(2003年)の開発途上国であり、開発需要は多いが、恒常的な財政赤字と貿易赤字を抱え、外国援助に大きく依存した経済となっている。
 2000年、史上最悪の干魃の影響により産業・経済界に多大な損出を受けながらも、ムシャラフ政権は、国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)主導の緊縮財政を誠実に履行するなど、疲弊した経済の再生に取り組み、国際金融機関やドナーの信頼を取り戻すことに成功した。
 2001年9月の米国同時多発テロは、パキスタン製品の注文取り消しや輸送コストの大幅増加等により、貿易面で深刻な影響を及ぼしたが、国際社会と協調してテロと闘うパキスタンに、多くの国が財政支援等を表明した。また、2001年12月には、約13億ドルのIMF融資の承認を受けるとともに、パリクラブで約125億ドルを対象債権とする寛大な条件での公的債務の繰延が合意された。
 また、米国同時多発テロ後、非公式送金取締強化により、銀行を通じた外貨送金が急増した。2000年に10億ドル以下の水準に落ち込んでいた外貨準備高は、2004年8月末には約122億ドルに達し、為替レートも安定している。前年度(2003年7月~2004年6月)は、当初のGDP成長率目標5.3%を上回る、6.4%の経済成長となった(前々年度5.1%)。大規模製造業が好調であったこと、繊維製品を中心とした輸出増、企業の設備投資の伸び等が2003年度の好調の要因であった。また、対外債務及び外貨建負債の対GDP比は、前々年度の43.0%から37.8%へと改善している。パキスタンは、経済の回復を踏まえ、2004年12月IMFの貧困削減成長ファシリティ(PRGF:Poverty Reduction Growth Facility)から卒業する旨発表した。
 我が国との貿易関係では一貫して我が国の輸出超過であり、特に2003年度は我が国の対パキスタン輸出が前年比約25%増加した。パキスタンが我が国からの投資拡大に寄せる期待は大きいが、我が国民間企業にとっては、パキスタン国内の治安情勢、インフラ整備の遅れ等が投資を行う上での課題となっている。2001年2月、我が国及びパキスタン財界人の発意により発足した民間経済団体である日本・パキスタン・ビジネス・フォーラムは引き続き活動を行っている。
(2) パキスタンの開発戦略
  1999年以降、ムシャラフ政権は数々の開発努力を継続しており、2001年9月の10か年長期開発計画及び3か年開発プログラム、2003年12月の貧困削減戦略文書(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)が発表されたことにも表れている。現在は、2005年から2010年を計画期間とする5か年開発計画が策定中である。パキスタン政府の開発戦略の概要は以下のとおり。
(イ) 経済成長の加速
 財政赤字削減、債務管理強化、政府支出合理化等の財政改革を進める一方で、民間セクターを成長のエンジンと位置づけ、金融・貿易の規制緩和・自由化、民営化を推進している。円滑な経済活動、及び、分断された地域を統合する観点からもインフラ整備を重視。雇用吸収力の高い中小企業、外国投資を呼び込める石油・ガス、前方後方連関産業の多い住宅建設を奨励。農業、家畜、漁業を振興する事により貧困問題が深刻な農村の活性化に取り組んでいる。
(ロ) 貧困削減
 社会指標の改善に向けて、政府支出を増やしつつ、サービスの質向上及びサービス普及拡大を狙った、非政府組織(NGO:Non Governmental Organization)や民間セクターとの連携を強める方針を打ち出している。また、地方分権化にあわせて、サービス実施権限の委譲を行い、受益者のニーズにあったサービス供給を目指した取組みを行っている。また、ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)の達成を目標に、教育においては「Education Sector Reform」、保健医療においては「National Health Policy」に基づき、サービスへのアクセス改善、実施機関の能力向上、サービスの質向上等の包括的な改革を実施している。また、貧困削減効果を上げるために、貧困層に狙いを定めた施策として、貧困層の起業を支援する小規模金融制度、農村地区のインフラ整備と所得機会創出を狙った地域密着型公共事業(Khushal Pakistan Program / Tameer-e-Pakistan Program/DERA)を実施している。
(ハ) ガバナンスの改善
 政治的権限、行政的権限、財源の県(district)への委譲を含む地方分権を推進している。政治権限の委譲ではユニオン(町村)レベルでの直接選挙が実施され、女性向けに3分の1の議席が割り当てられた。また法による統治を徹底するための司法改革及び警察改革、効率的・効果的な政策立案及び実行を主眼とする公務員改革、政治家/公務員の汚職を防止し、透明性を向上させる汚職防止策、調達改革、財政会計報告改善に取り組んでいる。

表-1 主要経済指標等

表-2 我が国との関係

表-3 主要開発指数

2.パキスタンに対するODAの考え方

(1) パキスタンに対するODAの意義
 パキスタンの政治的に不安定な地政学上の諸問題の根底にある社会的・経済的構造問題は、数多くの優秀な人的資源を有していながら、持続的発展を導く基礎的条件が整備されてこなかった点に求められる。すなわち、社会的機会に対するアクセスの実質的平等性、開発戦略の整合性・継続性、そして健全な社会モニタリング機能(対抗勢力)に関する問題である。
 1999年にムシャラフ行政長官(当時)は「穏健で近代的なムスリム国家」の構築に向けて数々の改革に着手し、「啓蒙的穏健主義(Enlightened Moderation)」戦略の下、内政面外交面双方で実績を上げつつある。
 現政権の各種の構造改革及び諸外国との関係改善努力と方向性は、パキスタンを持続的社会に導くために不可欠であり、このプロセスを支援することがパキスタンの安定性、更には地域、国際社会の安定に繋がる。
 また、我が国の友好国としてパキスタンが「穏健で近代的なムスリム国家」として安定することは近隣国の安定、強いては我が国の安定にも繋がる。また、シーレーン上の位置づけ及び持続的社会に向けて走り出した場合の1億4,500万の人口が生み出す経済機会は我が国にとっても無視出来ない。また、パキスタン国民に広く共有されている親日感情は大切に育んでいく必要があろう。
(2) パキスタンに対するODAの基本方針
 我が国は、パキスタンに対する援助の上位目標を、「持続的社会の構築とその発展」として設定する。それは、パキスタンがもてる潜在力を有効に活用することにより、発展を持続させ、「誇りと威信」に基づくナショナル・アイデンティティーを構築することにある。そのためには「持続的社会」が、少なくとも次の三つの基礎的条件を満たすものでなければならない。第一は、法秩序が維持され、開発戦略の整合性と継続性が堅持されている社会であることである。第二は、社会的機会の実質的平等性が確保され、豊かな選択肢を備えた社会であることである。そして第三に、社会的モニタリング能力を備えた適正な社会であることである。これらの三条件は、「持続的社会」を規定する必要かつ十分条件とは言いがたいが、これらの条件を満たしていない社会は「持続的社会」とは言い難いという意味で、必要な基礎的条件である。
(3) 重点分野
 パキスタンにおいて持続的社会を構築するためには、制度的・技術的条件を所与とした短期的戦略でなく、構造改革をも射程においた中・長期的戦略のフレームワークが必要である。パキスタンにおける50年の開発経験のレビューと、現在直面している内外の諸問題を勘案し、援助戦略の三つの方向性を設定している。これらの援助戦略の方向性は、この社会の必要とする持続的社会の基礎的条件を満たして行くロードマップを示すものである。
(イ) 人間の安全保障の確保と人間開発
 基礎教育の充実と諸格差の縮小
 中間層の拡大を促進する高等教育、技術教育・訓練の支援
 基本的保健医療・水と衛生の確保と諸格差の縮小
(ロ) 健全な市場経済の発達
 雇用吸収力の拡大と貧困削減を志向した農業・農村セクターの発展
 健全な競争環境の確保と、産業構造の多様化の促進
 市場経済の活性化と貧困削減を支援する経済インフラの拡充と整備
(ハ) バランスの取れた地域社会・経済の発達
 後発地域の発展を先導する民間投資に外部性を与える公的投資の拡充
 個性ある地域経済センターの構築

3.パキスタンに対する2003年度ODA実績

(イ) 総論
 2003年度のパキスタンに対する無償資金協力は63.13億円(交換公文ベース)、技術協力は17.99億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、円借款は8,293.18億円、無償資金協力は1,876.30億円(以上、交換公文ベース)、技術協力312.14億円(JICA経費実績ベース)である。
(ロ) 円借款
 円借款については、経済インフラを中心に供与を行ってきた。1998年5月にパキスタンが行った核実験に対して、我が国は新規円借款の停止を含む経済措置をとっていたが、2001年9月の米国同時多発テロの発生後、パキスタンのテロとの闘いを支援するため、同年10月、右措置を停止した。さらに、2004年8月、テロの温床となる貧困や社会格差を是正していくためにも、パキスタンの安定的発展を中・長期的に支援していく必要があるとの認識に基づき、我が国は、パキスタンに対する新規円借款供与の再開に係わる検討を開始する旨表明した。
(ハ) 無償資金協力
 無償資金協力については、教育、保健・医療などの基礎生活分野及び水供給、衛生等の生活環境分野を中心に協力を実施しているほか、食糧増産援助、債務救済、文化無償、草の根無償等を供与してきた。2001年度は、9月11日、米国同時多発テロ事件が発生し、同19日にムシャラフ大統領が国際社会のテロとの闘いへの協力を表明し、我が国は他の主要国に先駆けて対パキスタン経済支援を発表した。また、同11月16日、先の緊急経済支援(47億円)とあわせ3億ドルの無償資金協力を実施することを発表し協力を続けてきた。2003年度は水・環境分野、医療分野を中心に協力を実施した。
(ニ) 技術協力
 技術協力については、パキスタンが比較的高い技術力を有していることもあり、これまでの我が国技術協力の実績は比較的少ないものの、幅広い分野における研修員受入れを中心に、青年招聘、専門家派遣、青年海外協力隊派遣、技術協力プロジェクト等各種形態による協力を実施している。2003年度は、灌漑、保健、教育分野を中心に協力を実施した。また、パキスタンの警察改革支援のために専門家の派遣及び研修員の受入を実施した。開発調査については経済インフラ分野、農業、工業開発分野を中心に協力実績がある。

4.パキスタンにおける援助協調の現状と我が国の関与

 パキスタンでは、ドナー間においてセクター毎に援助協調会合が開催されている。また、ここ数年は、パキスタン開発フォーラム等の機会にドナーとパキスタンとの間で自由闊達な協議が行われている。我が国も、現地ODAタスクフォースにより、引き続きこれらの議論に積極的に参画し、援助協調を通じ相互補完的な援助を実施していくことが重要である。また、これまでの国際機関との緊密な連携に加えて、当国において重要な役割を果たしている他の援助国との連携も一層重視していくことが重要である。

5.留意点

(1) 軍縮・不拡散上の対応
 我が国は、今後ともパキスタンに対して、包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Test Ban Treaty)署名を含む、核兵器や大量破壊兵器、及び、その運搬手段に関する軍縮、不拡散上の進展をねばり強く求めていく必要がある。
(2) 国際・現地NGOとの連携
 援助効果の更なる発現や特定分野への支援経験が豊富なNGOへの事業委託、NGO事業への支援など、今まで以上にNGOとの連携が求められている。
(3) わが方の援助実施体制の強化
 対パキスタン支援の規模が拡大している中で、現地ODAタスクフォースとして、メンバー相互間の恒常的かつ緊密な意見交換と調整・連携を行う体制を確立していく。
(4) パキスタン側の援助受入れ態勢の強化
 今後、我が国援助を円滑に実施していくためには、資金協力と技術協力との連携を含めて、パキスタン側の実施能力を効果的に高めていくことが重要であり、パキスタン国内の人材活用や他ドナーとの連携を組み合わせることが重要であるとともに、これまで実施してきた様々な研修スキームで、我が国とパキスタンの両国を理解した帰国研修員のネットワークをさらに活用していく必要がある。
(5) 広報の強化
 我が国の経済協力が目に見える形で進められることを確保するために一層の努力が必要であり、そのためには、第一に、大使館、JICA、JBICが、各機関による独自広報の余地は残しつつも、基本的には一体となって広報に取り組むことが最も重要である。第二に、情報発信の多様化に努めることが重要であり、マスコミのみならず現地社会や在留邦人等をも通じ広報を積極的に行っていくべきである。第三に、より説得力のある広報を目指して、広報に説明責任(アカウンタビリティ)の視点を取り入れることが重要である。
(6) 国別援助計画のレビュー
 国別援助計画の対象期間は5年程度であるが、援助計画に基づき、効果的かつ効率的に援助を実施するためには、援助計画の検証システムを構築することが重要である。

表-4 我が国の年度別・援助形態別実績

表-5 我が国の対パキスタン経済協力実績

表-6 諸外国の対パキスタン経済協力実績

表-7 国際機関の対パキスタン経済協力実績

表-8 我が国の年度別・形態別実績詳細

表-9 2003年度までに実施済及び実施中の技術協力プロジェクト案件

表-10 2003年度実施済及び実施中の開発調査案件

表-11 2003年度草の根・人間の安全保障無償資金協力案件


プロジェクト所在図


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