(1) 概要
マレーシアは、立憲君主国(議会制民主主義)であり、大別してマレー系(65.5%)、中国系(25.6%)、インド系(7.5%)の国民により構成される多民族国家である。内政上の重要課題として、各民族間の調和を図りつつ、相対的に貧困なマレー系の経済的地位を引き上げることを目的とした「ブミプトラ政策」(マレー系優遇政策)を進めている他、2020年までの先進国入りを国家目標として掲げている。
内政面では、2003年10月31日、アブドゥラ副首相が首相に昇格、22年に亘りマレーシアを率いてきたマハティール前首相は、2002年6月からの首相交代スケジュールに沿って引退した。連立与党の各党は、新首相に対する支持を表明。極めて安定的に、首相交代が実現した。アブドゥラ首相は、マハティール路線の継承を宣言する一方、独自色も見せており、大型インフラ・プロジェクト重視から農業振興重視への転換や汚職対策強化、行政の透明性改善等に注力する方針を打ち出すと共に、その実現に向けイニシアチブを取っている。
外交面では、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)諸国との協力、イスラム諸国との協力、非同盟外交(G15の推進等)、南南協力及び対外経済関係の強化等を外交政策の基本としており、「東方政策」に基づき、我が国及び韓国との関係が緊密化している。同国は、小国・途上国の立場・権利の擁護を主張するなど、途上国のスポークスマン的役割を果たしている。
かつてはゴムと錫中心の典型的なモノカルチャー型経済であったが、1985年以降急速な工業化政策(外資規制緩和)を通じて著しい経済成長を達成し、成長率は1988年以来9年連続8%を超える成長を遂げた。
このように、1980年代後半からマレーシア経済は極めて順調に推移してきたが、1997年のアジア経済危機の影響を大きく受け、1998年にはマイナス成長を記録した。マレーシア政府は、当初より国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)による支援を仰がず、独自に緊縮型の経済政策をとったが、経済の悪化に歯止めをかけるべく景気刺激策に転換し、不良債権処理や金融機関のリストラにも取り組み、また1998年9月、為替管理措置、固定相場制(1USドル=3.8リンギ)を内容とした政策を導入した。こうした政府の景気刺激や我が国による大規模な資金援助等により、経済は急速に回復に向かった。1999年第2四半期からプラス成長に転じ、製造部門の輸出増加等の貢献により、経済成長率は1999年は5.4%、2000年は8.5%となった。しかし、2000年末から顕在化した米国経済の減速の影響により2001年のマレーシア経済は減速したが(経済成長率0.3%)、2002年に入り、国内消費、外需に支えられ、経済成長率4.1%(2002年)、同5.2%(2003年)と、回復基調にある。なお、1998年9月に導入された短期資本の規制は完全に撤廃された。
(2) 国家開発計画
マレーシア政府は、2001年4月に今後5-10年間のマレーシア政府の基本的経済・社会運営方針を定めた第3次長期総合計画(OPP3。2001-2010年の計画)と第8次マレーシア計画(8MP。2001-2005年)を発表し、「持続可能な成長路線」、「回復力と競争力」を持つ経済の確立が目標として定められた。特にマレーシア経済を労働集約型から知識集約型の知識基盤経済(Kエコノミー)に移行し、情報通信技術の向上、人材の育成、情報インフラの整備を積極的に進めるとともに、産業の生産性・効率性向上等を目指そうとしている。政府は8MPにおいて5年間の目標経済成長率をOPP3に沿い、年率7.5%としている。
(1) マレーシアに対するODAの意義
我が国は1961年のマラヤ連邦独立時から同国を承認し、現在まで両国関係は良好に発展している。マレーシアは1981年には東方政策を提唱し、我が国に対する関心及び親近感は非常に高い。また、ASEANの域内協力の拠点としても重要な位置を占めるとともに、マラッカ海峡の沿岸国でもあることより、我が国にとって地政学的に重要な位置を占めている。
経済の面では、我が国はマレーシアの輸出全体の10.7%、輸入全体の17.1%(いずれも2003年)と非常に大きな割合を占めている。マレーシアへの投資もアラブ首長国連邦(UAE)、英国、米国に次ぎ第4位(2003年)の位置を占めており、大きな役割を担っている。
また、マレーシアは国連、開発途上国のサミット・レベル・グループ(G15)、非同盟諸国会議、イスラム開発協力会議(D8)、イスラム諸国会議(OIC:Organization of the Islamic Conference)との国際的枠組みに対しても積極的に参加し、国際的発言力を高めてきている。
以上により、マレーシアとの関係強化は経済的、外交的に非常に大きな意義を持つ。
(2) マレーシアに対するODAの基本方針
我が国は、マレーシアにおける開発の現状と課題、開発計画及びマレーシア側との政策対話を踏まえ、2002年2月に国別援助計画を策定している。同計画においては、既にある程度の経済発展段階にあるマレーシアの将来の援助国化を視野に入れ、同国の自助努力のみで課題克服が困難な分野・課題に焦点をあて、円借款及び技術協力を中心に支援を実施することとしている。
(3) 重点分野
国別援助計画等における援助の重点分野は、以下の通り。今後、アブドゥラ新政権の経済政策の方向性等を踏まえ、援助計画を見直していく。
(イ) 経済の競争力強化のための支援
(a) 製造業の高度化、効率化
マレーシア経済の競争力強化のため、国内の裾野産業の高度化、効率化を図っていくことが不可欠であり、我が国としては、裾野産業の技術力、品質管理能力、生産性等の向上のための支援を行っていく。また、中小企業診断、技術指導、金融制度など、裾野産業育成の制度面でのノウハウ等についても、我が国の経験を活かしつつ知的支援を行っていく。
同時に、高度化、効率化された産業を支えるために、産業基盤も高度化、効率化していく必要があり、経済インフラをソフト面を中心に高度化、効率化するための支援を行っていく。
(b) IT分野での支援
産業の高度化、効率化のためには、その基礎となる研究開発能力の向上を図っていくことや、IT技術の活用を促進していくことが重要であり、我が国としては、IT技術者の育成及びIT技術の利用・普及に対する支援を行っていく。
(c) マレーシアの賦存資源を活かした経済セクターの育成、強化
マレーシア経済が安定した発展を遂げていくためには、マレーシアの有する資源を活かした産業を育成、強化していくことが重要である。我が国としては、かかる観点から、豊かな自然環境を活かした観光産業や、石油、天然ガスなど豊富な資源を活用した資源産業、また木材、油ヤシ、天然ゴムなどの農林産物の環境に調和した生産とそれらを利用したアグロ・インダストリー等の育成、強化のための支援を行う。
(ロ) 将来のマレーシアを担う人材の育成-高度な知識、技能を備えた人材の育成
マレーシアは知識集約型経済(Kエコノミー)への移行を目指しており、そのためには、高度な知識、技能を備えた人材の育成が急務である。我が国としては、特に理工系を中心に、高等教育機関及び高度な職業訓練機関の質、量両面の拡充を支援していく。また、「東方政策」を通じて蓄積された経験を踏まえつつ、我が国への留学生派遣制度の一層の工夫を支援する。その際、ツイニングプログラム(自国で大学教育の一部を受けた後、留学先の大学に編入学して残りの教育を受け、学位を取得する制度)の推進、遠隔教育の活用等により、我が国の高等教育機関との連携強化に努めると共に、日本語教育の普及、質の向上を支援する。さらに、IT関連技術や先進的な生産技術など高度な技術・技能訓練の拡充を支援していく。
(ハ) 環境保全等持続可能な開発のための支援
(a) 環境保全
マレーシアは、東マレーシア(ボルネオ島北部)を中心に、生物多様性が世界中で最も豊富な地域であると言われている。また国土の全体にわたり、熱帯林、マングローブ林などが多く残されている。このような貴重な自然環境を開発との両立を図りつつ、いかに保全していくかは、マレーシア一国のみならず地球規模の重要な課題である。我が国としては、自然環境保全に関する研究者、実務者の育成、能力向上をはじめ、自然環境に配慮した持続可能な観光開発、海洋汚染防止や環境教育など、幅広い分野において包括的に支援を実施していく。
また、海洋生物資源の持続的利用に向けた支援に当たっては、東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC:Southeast Asian Fisheries Development Center)等の国際的枠組みと十分連携がとれた支援を実施していく。
(b) 生活環境の改善
マレーシアでは、1990年代の急速な経済発展に伴い、都市部を中心に交通渋滞、上下水道の未整備、ゴミ問題など、生活環境の悪化が進んでいる。我が国としては、急激な成長に伴って生じた歪みの是正への協力として、社会インフラの整備や担当部局の人材育成や能力向上に対する協力を通じ、生活環境の改善に対する支援を行っていく。また、我が国の経験を活かしつつ、産業公害の防止や、自動車排気ガスに含まれる有害物質の削減、二酸化炭素等温室効果ガスの排出抑制などの分野における支援を行う。
(ニ) 格差是正に対する支援
(a) 格差の是正
急激な成長に伴って生じた歪みの是正への協力として、環境改善に加えて、貧困削減・所得間及び地域間格差の是正についても支援を行っていく。また、社会的弱者に対する福祉の向上に資する支援を行っていく。
社会階層間の所得格差や、IT分野、医療分野等における地域間格差を是正するためには、関連する中小企業の育成や高度な知識・技能を備えた人材の育成が寄与することも踏まえ、中小企業育成及び人材育成に対しても個別具体的に重点的な支援を検討する。
(b) 農村部における女性の地位向上
マレーシアにおける女性の社会進出は、都市部と地方、農村では差があるため、我が国は、特に地方、農村の女性の社会進出や現金収入増大のための支援を行っていく。
(1) 総論
2003年度のマレーシアに対する無償資金協力は0.36億円(交換公文ベース)、技術協力は27.31億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、円借款9,616.97億円、無償資金協力122.39億円(以上、交換公文ベース)、技術協力1,011.41億円(JICA経費実績ベース)である。
(2) 円借款
円借款については、これまで経済インフラ整備(エネルギー開発等)を中心に行ってきたが、マレーシアが国民の一人当たりGNP(2002年3,610ドル)に照らし中進国になったことに鑑み、円借款での支援を検討する場合には、基本的に4分野(環境・人材育成・地震対策・格差是正)に限定されることになる。2003年3月には、「パハン・スランゴール導水計画」に対し特別円借款を供与した。なお、2003年度の実績はない。
(3) 無償資金協力
マレーシアは国民一人当たりのGNPが比較的高いため、無償資金協力は原則として文化無償及び草の根・人間の安全保障無償資金協力のみ実施している。
(4) 技術協力
協力分野は、同国の経済開発が進んだ結果、農林水産、鉱工業、医療等の分野の人造り支援に加え、環境や産業育成支援等の分野での比較的高度な協力の割合が高い。
マレーシアにおいては、既に対マレーシアへのドナー及び支援財源が少ないこと、加えてマレーシアからの支援要請分野が専門的かつ多岐に及んでいることから、援助協調は進展していない。
貧困削減戦略文書(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)も策定しておらず、自らの5カ年計画をもって中期的な開発計画としている。我が国の支援も基本的にプロジェクトベースの支援が中心となっている。
マレーシアでは、現地ODAタスクフォースにより、マレーシア政府との定期協議等を実施している。今後同タスクフォースの活動を通じ、一層の戦略的、効率的、かつ効果的なODAの実現に努めていく。