[6]フィリピン

1.フィリピンの概要と開発課題

(1) 概要
 2001年1月のエストラーダ大統領退陣により昇格したアロヨ大統領は、2004年5月の大統領選挙で当選し、さらに6年間政権を担当することになった。大統領選挙は実質上、アロヨ大統領と俳優のフェルナンド・ポー・ジュニア氏の一騎打ちとなり、現職としての組織力と資金力を有するアロヨ大統領が約110万票(割合にして3%)の差で勝利した。開票過程で野党のデモや抗議行動が見られたが、全体として選挙は概ね公正に行われたという見方が強い。なお、選挙前に懸念された治安情勢は徐々に安定し、同6月30日の大統領就任式以降、特段の動きは見られない。
 国内の反政府勢力については、比政府は、2003年7月にイスラム反政府勢力のモロ・イスラム解放戦線(MILF:Moro Islamic Liberation Front)と休戦合意を締結した。それ以降は、大きな衝突は起きておらず、マレーシアの仲介により、正式和平交渉再開に向けた準備が進められている。しかし、共産党新人民軍(NPA:New People's Army)をはじめとする左翼ゲリラ組織は未だ全国的に活動を行っている。
 アロヨ大統領は過去3年間、貧困対策やテロ・治安対策に重点を置いてきた。大統領選当選後の課題としては、選挙の際の与野党の政治対立を乗り越え、国内融和に努めること、及び財政赤字問題に象徴される国内の行財政上の課題に緊急に取り組むことが重要である。このため、アロヨ大統領は2004年7月26日の施政方針演説において、税制改正や行政機関のダウンサイズのための省庁の統合再編、歳出抑制等についての具体的な方針を示すと共に、政策上の優先分野として、1経済成長を通じた雇用創出、2腐敗撲滅、3社会正義と基礎生活分野のニーズの充足、4教育、5安定したエネルギーの確保の5つを挙げた。さらに、抜本的改革のために必要ならば、憲法改正による議院内閣制への移行も検討すべきとの考えを示した。
 現在のフィリピン経済にとり、財政赤字(2003年は1999億ペソ)の解消は最大の課題である。税収基盤が脆弱なため、単年度の財政収支はラモス政権下の1994-1997年を除けば赤字基調で推移してきている。行政府による徴税強化、支払い引き締め等で若干の改善は見られるものの、歳出の削減や増税等根本的な解決策は採られていない。また、財政の内容を見ると、人件費が歳出の約3.4割、利払費が約2.7割を占め、将来の経済成長に必要な投資を十分行えない状態が続いている。
(2) 開発計画
 第二次アロヨ政権は、2004年6月30日の大統領就任演説において、今後6年間の任期中の重点事項として「10項目のアジェンダ」(注)を示し、現在、国家経済開発庁(NEDA:National Economic and Development Authority)を中心に、このアジェンダに沿って中期開発計画(MTPDP:Medium Term Philippine Development Plan)及び中期投資計画(MTPIP:Medium Term Public Investment Program)が策定されており、今後、開発の具体的な指針が示されていく予定である。財政均衡を図りつつ、政府支出の増大に結びつく他の目標を達成するためには、増税等の歳入強化策は避けられず、新政権の強力なリーダーシップが必要とされる。
 (注)10項目のアジェンダ
 1雇用創出
 2学校の新設、奨学金の創設
 3財政均衡
 インフラ整備等による地方分散化推進
 5全国のバランガイ(最小行政区)の電化と水道整備
 6マニラ首都圏の過密解消に向けた拠点都市の創設
 7アジア地域の最高水準の国際物流拠点としてクラーク及びスービックを開発
 8選挙システムの電算化
 9反政府組織との和平達成
 10国内分裂の終結

表-1 主要経済指標等

表-2 我が国との関係

表-3 主要開発指数 


2.フィリピンに対するODAの考え方

(1) フィリピンに対するODAの意義
 フィリピンは自由・民主主義・市場経済等我が国と価値観を同じくする友好国として、また、近隣国として長年にわたり我が国と緊密な関係を保っている。東南アジアにおいて中核的な役割を担う同国は、我が国の対東南アジア外交の重要なパートナーの一つでもある。また、我が国と東南アジア・中東・欧州諸国を結ぶ海上輸送路上に位置するため、地政学的にも重要性が高く、さらに、貿易・投資等、経済面で我が国と密接な関係にある。我が国にとってこのような重要性を有するフィリピンには、依然として大きな援助需要があり、同国の安定・繁栄に向けた援助を実施することは、我が国の平和と繁栄にもかなうものである。このような認識の下、我が国はフィリピンを経済協力の最重点対象国の一つと位置づけ、支援を行ってきている。
(2) フィリピンに対するODAの基本方針
 対フィリピン国別援助計画では、我が国としては、「持続的成長のための経済体質の強化及び成長制約要因の克服」、「格差の是正」、「環境保全と防災」、「人材育成及び制度造り」の四分野を重点分野とし、円借款、無償資金協力、技術協力を通じて、効果的・効率的な援助に努めている。
(3) 重点分野
 我が国は、フィリピンにおける開発の状況や課題、開発計画等に関する調査・研究、及び1999年3月に派遣した経済協力総合調査団等によるフィリピン側との政策対話を踏まえ、2000年8月に対フィリピン国別援助計画を作成・公表し、以下を重点分野として援助を実施してきている。また、第二次アロヨ政権が策定しているMTPDPを踏まえ、今後、現行の対フィリピン国別援助計画が改訂される予定。
(イ) 持続的成長のための経済体質の強化及び成長制約要因の克服
 アジア経済危機の経験を踏まえ、中長期的観点からの産業構造強化(特に裾野産業育成)や成長制約要因である経済インフラ(交通輸送、エネルギー)の整備を促進している。
(ロ) 格差の是正(貧困緩和と地域格差の是正)
 貧困緩和にも資する農業・農村開発の整備を進める。また貧困層に焦点を当てた、保健医療(人口家族計画、母子保健、エイズ、結核対策等)、上下水道整備等基礎的サービス改善のための支援を行っている。
(ハ) 環境保全と防災
 環境問題の深刻化を踏まえ、水質管理における汚染源対策や環境保全・再生(特に植林)に向けた協力を行っている。また、頻発する自然災害(洪水、地震、火山災害等)への支援を行っている。
(ニ) 人材育成及び制度造り
 校舎・教室の整備や教員の養成等により初等中等教育の普及や質の改善を目指して支援を行っている。また、貧困層に対する職業訓練への支援や行政官(特に地方)能力向上にも配慮している。
(ホ) ミンダナオ支援
 長きに亘る紛争の影響を受け、深刻な貧困とテロの問題を抱えるミンダナオ地域については、我が国はフィリピン一国のみならず、アジア地域の安定と繁栄にとって重要な問題と捉え、地域における「平和の定着」への取組の観点からも支援していく。2002年12月小泉総理が表明した「平和と安定のためのミンダナオ支援パッケージ」に基づき、1政策立案・実施に対する支援、2基礎的生活条件の改善に対する支援、平和構築、3テロ対策に直接資する支援を柱として、中長期的視野に立った持続的な支援を行っていくこととした。


3.フィリピンに対する2003年度ODA実績

(1) 総論
 2003年度のフィリピンに対する無償資金協力は52.99億円(交換公文ベース)、技術協力は67.18億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、円借款2兆326.74億円、無償資金協力2,495.81億円(以上、交換公文ベース)、技術協力1,659.15億円(JICA経費実績ベース)である。
(2) 円借款
 これまで、持続的成長のための経済体質の強化、貧困緩和と地域格差の是正、環境保全と防災、人材育成及び制度造り等の観点から円借款を供与してきたが、2003年度の供与実績はなかった。
(3) 無償資金協力
 経済インフラ及び生活インフラ整備、教育分野等への協力を行ったほか、テロ対策にも資する指紋自動識別システム整備のための協力を行った。
(4) 技術協力
 協力分野では従来から、農業、ガバナンス、医療、教育・職業訓練等幅広い分野における人造り協力を進めている。また、いまだ世界第7位の罹患率である結核をはじめとして、沖縄感染症イニシアティブで定めたエイズ、マラリアに対する技術協力を引き続き行うこととしている。
 また、開発調査については、投資環境改善に資する案件を優先的に検討している。なお、一層効率的な協力を図るため、将来的に資金協力事業等、他の援助形態の協力実施に結びつく可能性の高い案件を優先的に選定している。


4.フィリピンにおける援助協調の現状と我が国の関与

 フィリピンにおいては、ドナー間の意見交換、援助調整のための対話の場として、世界銀行・フィリピン政府主催の支援国会合(CG:Consultative Group)をはじめ、非公式主要援助国朝食会(世界銀行主催)、ODA実施促進会合(国家経済開発庁主催)などの各種会合が開催されており、活発な意見交換が行われている。ミンダナオ地域への支援に関するドナー会合では、在フィリピン日本大使館が国連開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)フィリピン事務所とともに共同議長を務めるなど、ドナーとの意見交換は現地ODAタスクフォースの活動の一つの柱となっている。
 また、JBIC、世界銀行、アジア開発銀行(ADB:Asian Development Bank)の間で、フィリピン政府と協力して調達管理や財務管理に関する援助手続きに関する調和化を推進している。


5.留意点

(1) 援助吸収能力
 膨大な財政赤字を抱えるフィリピン政府は、2010年を財政均衡の目標年次としており、新規の対外借り入れにはきわめて慎重な姿勢をとっている。日本政府としては、2010年までは新規案件よりも実施中案件の着実な実施に注力する方針であり、円借款の新規投入は右を踏まえつつ行っていくことが重要である。
(2) 治安
 フィリピンは国内には未だ反政府勢力が存在することから、引き続き、我が国経済協力関係者の安全の確保には十分注意する必要がある。
(3) 現地ODAタスクフォース
 フィリピンでは現地ODAタスクフォースが設置されており、フィリピン政府との政策協議、ドナー協調を行うなど活発な活動が行われている。今後行われる国別援助計画の改訂に際しては、現地ODAタスクフォースの枠組を有効に活用していくことが重要である。

表-4 我が国の年度別・援助形態別実績

表-5 我が国の対フィリピン経済協力実績

表-6 諸外国の対フィリピン経済協力実績

表-7 国際機関の対フィリピン経済協力実績

表-8 我が国の年度別・形態別実績詳細

表-9 2003年度までに実施済及び実施中の技術協力プロジェクト案件

表-10 2003年度実施済及び実施中の開発調査案件

表-11 2003年度草の根・人間の安全保障無償資金協力案件


プロジェクト所在図



前ページへ  次ページへ