[21]ニカラグア

1.概   説

 43年にわたるソモサー族による独裁に反対する中道左派が結集し、79年、サンディニスタ革命が実現した。その後、サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が急激に左傾化し、国内の締め付けを強化したため、反政府勢力(コントラ)がゲリラ活動を展開し、内戦が勃発した。その後国際社会の圧力もあり、87年に中米和平合意が締結され、翌88年には暫定停戦合意が成立した。
 90年に国連等の国際監視の下で民主的な大統領選挙が実施され、国民野党連合(UNO)のチャモロ候補がオルテガ候補を破り、90年4月にチャモロ政権が誕生した。同政権はコントラの武装解除及び軍の削減を実施し、10年近くに及んだ内戦を正式に終結させた。その後国家再建に取り組み、内政面では国内和解、民主化進展、外交面では、米国等の西側諸国との関係修復、国際金融機関への復帰、中米統合プロセスへの参加等で大きな成果を収めた。96年10月の大統領選拳の結果、97年1月に発足したアレマン政権は、チャモロ政権に引き続き民主化促進と経済再建に努めた。次いで、2001年11月に行われた大統領選拳では、与党のボラーニョス前副大統領が、野党FSLNのオルテガ候補を破り当選した。同政権は、自助努力、雇用、投資促進及び民主主義の強化を強調している他、「汚職との闘い」に重点を置き、アレマン前大統領時代の汚職を厳しく追求している。
 経済面では、チャモロ政権及びアレマン政権が内戦で疲弊した国内経済再建に取り組んだ結果、90年に1万パーセント以上にも達したハイパーインフレは終息した。インフレ率は97年には7.3%にまで下がり、98年はエル・ニーニョ現象による干魃、ハリケーン災害の影響もあって18.5%まで上昇したものの、2000年は10%、2001年は4.7%、2002年は3.9%と再び安定的に推移している。主要農産物はコーヒー、牛肉、さとうきび等である。
 IMFの拡大構造調整融資(ESAF)は、94年に開始された後、コンディショナリティー不履行により96年に中断したが、アレマン政権発足後、所有権法の可決、税制改革法の成立等の努力が功を奏し、98年3月再開が承認された。その後も公的部門改革、国営企業の民営化、金融システム改革、社会保障改革が進められている。99年9月、ESAFは「貧困削減・成長ファシリティ(PRGF)」に改称され、新たに貧困削減がテーマとして加わり、2000年12月にはHIPCs(重債務貧困国)イニシアティブの決定時点到達が承認された。ニカラグア政府が策定した貧困削減戦略ぺーパー(PRSP)は、2001年9月に世銀及びIMFにおいて承認された。援助協調としては、主に政治面での議論を中心とするG6(米、加、独、スペイン、スウェーデン、日)会合の他、主要援助国20カ国が各国援助状況の意見交換及びPRSPのフォローアップを行うグッド・ガバナンス・グループ(GGG)会合が毎月開催されている。
 我が国とは35年に外交関係を開設した。91年2月にはチャモロ大統領がニカラグア大統領として初めて我が国を公式訪問し、両国関係の緊密化に大きく寄与した。また、2000年5月にはアレマン大統領が来日した。2001年8月には、山口外務大臣政務官が同国を訪問した。

(参考1)主要経済指標等
(参考2)主要社会開発指標

2.我が国の政府開発援助の実績とあり方

(1) 基本方針
 内戦終結を受け、チャモロ政権は西側諸国より経済協力を得て経済再建に取り組んだ。我が国はニカラグアの安定にとって民生の向上、経済の早期回復が極めて重要であり、また、同国の安定が中米並びに中南米地域全体の平和と安定にとって重要であるとの認識から、民主主義の確立と経済再建に対する同国の努力を支援していく方針である。
 94年12月に派遣した経済協力総合調査団及びその後のニカラグアとの政策対話を踏まえ、我が国は以下を対ニカラグア援助重点分野としている。
(イ) 社会開発・貧困対策
 未だ経済発展の素地が整っていないニカラグアにおいては、経済改革の底支えのためにも、保健・医療、教育、低所得者住宅、農業水産振興分野への協力が重要である。
(ロ) 社会・経済インフラ
 内戦による破壊、長期にわたるメンテナンス不足に加え、ハリケーン・ミッチ(98年10月)に代表される自然災害によりインフラ不足が深刻化しており、道路・橋梁、港湾、潅漑、エネルギー関連等への協力が重要である。
(ハ) 環境
 持続可能な開発のため、下水・排水対策、廃棄物処理等への協力が重要である。
(ニ) 民主化・経済安定化支援
 我が国はニカラグアに対し、民主化と経済安定化のための支援を行ってきており、今後とも、NGO活動の重要性をも念頭に置きつつ、草の根無償等の活用を検討していく。
 我が国は従来ニカラグアに対しては、技術協力及び災害援助を中心とした援助を実施してきたが、90年の内戦終結を機に無償資金協力を大幅に拡充しており、同国への援助形態は多岐にわたっている。また、97年6月にはアレマン政権と初の政策協議を行い、94年に合意された上記援助重点分野を引き続き重点分野とすることを確認した。その際、先方より、農牧業、保健・衛生、地方格差是正(低開発地域である大西洋側地域の開発)への協力につき要望があった。ハリケーン・ミッチ被災後の99年2月にも政策協議を行った。
 有償資金協力については、我が国は民主政権成立後の経済再建を支援するため、国際的な資金協力体制作りに積極的に参加し、構造調整借款のほか、経済復興計画(第二期)に対して協力を行った他、99年には債務繰延を行っている。なお、同国は拡大HIPCイニシアティブの適用を受けており、新規円借款の供与は困難である。
 無償資金協力については、90年4月の内戦終結後、民主化・復興支援の観点から大幅に協力を拡充し、また、98年にハリケーン・ミッチで社会基盤が大きな被害を受けたため、災害復興支援のために大幅に協力を拡充した経緯がある。現在は、中南米地域の最貧国の一つであることを踏まえ、保健・医療、教育、飲料水供給及び基礎インフラ整備、食糧増産援助を中心に協力を実施している。また、文化無償及び草の根無償を実施している。
 技術協力については、ニカラグアが内戦状態にあった89年度までは研修員受入れを中心とした協力に限定していたが、90年度以降は研修員受入れの拡充に加え、91年度より専門家派遣を開始し、同年7月には青年海外協力隊の派遣を開始した。また、2000年12月よりニカラグアでは初の技術協力プロジェクト「グラナダ地域保健強化」を開始し、2002年10月より、シニア海外ボランティアの派遣も開始した。また、環境、道路等の分野で開発網査を行っている。
(2) 2001年度の実績
(イ) 総論
 2001年度のニカラグアに対する援助実績は57.92億円。うち、無償資金協力は45.50億円(交換公文ベース)、技術協力は12.42億円(国際協力事業団(JICA)経費実績ベース)であった。2001年度までの援助実績は、有償資金協力は218.52億円、無償資金協力は482.79億円(以上、交換公文ベース)、技術協力は100.86億円(国際協力事業団(JICA)経費実績ベース)である。
(ロ) 無償資金協力:教育、医療分野を中心に実施。
(ハ) 技術協力:保健、環境分野を中心に実施。

3.政府開発援助実績

(1) 我が国のODA実績
(2) DAC諸国・国際機関のODA実績
(3) 年度別・形態別実績
(参考1)2001年度までに実施済及び実施中のプロジェクト方式技術協力案件
(参考2)2001年度実施開発調査案件
(参考3)2001年度実施草の根無償資金協力案件
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