[1]アフガニスタン

1. 概   説

(1) 2001年9月の米国同時多発テロの発生後、米国や英国等による武力行使の結果、アフガニスタンを支配していたタリバン政権は崩壊した。タリバン後のアフガニスタンについては、ブラヒミ・アフガニスタン担当国連事務総長特別代表の構想に基づき、ドイツのボンで行われたアフガニスタン各派の代表者会合において、暫定政権の設立、緊急ロヤ・ジルガ(国民大会議)の招集等について合意し、今後のアフガニスタン和平プロセスの道筋が開かれた(ボン合意)。2002年1月に東京で、日本、米国、EU及びサウジアラビアが共同議長となり、61カ国、21の国際機関が参加してアフガニスタン復興支援国際会議が開催された。同会議において、国際社会は、2002年中に10億米ドル以上、総額で45億米ドル以上の支援を表明し、今後のアフガニスタンの復興へ向けた道筋が示された。
(2) アフガニスタンの和平については、2001年12月22日に暫定政権が発足し、2002年6月には緊急ロヤ・ジルガが開催されるなど進展が見られた。緊急ロヤ・ジルガには、アフガニスタン全土から1,650名の代表が出席し、カルザイ暫定政権議長が約8割の票を獲得し、アフガニスタン移行政権の首班に選出された。また、同会議では、ザヒル・シャー元国王が、国父としての象徴的な地位を占めることが決定された。

(参考1)主要経済指標等
(参考2)主要社会開発指標

2. 我が国の政府開発援助の実績とあり方

(1) アフガニスタンに対する政府開発援助の基本的考え方
 2002年1月のアフガニスタン復興支援国際会議において、我が国は、地域共同体の再建、地雷・不発弾の除去、教育、保健・医療、メディア、インフラ、女性の地位向上といった分野を中心に、向こう2年半で最大5億米ドルまで、最初の1年間で最大2.5億ドルまでの支援を行うことを表明し、2003年末時点で総額約4億7,700万ドルの復旧・復興支援を実施又は決定しており、米国同時多発テロ事件以降の人道支援約1億2,700万ドルと合わせ、総額約6億ドルの支援を実施又は決定している。
 2002年5月には、川口外務大臣がアフガニスタンを訪問し、和平プロセスの進展、国内の安定・治安の確保、人道・復興支援への協力を行うことによって、アフガニスタンに平和を定着させることが重要であることを指摘した。また、9月の国連総会の際には、小泉総理大臣とカルザイ大統領との間で首脳会談が行われ、我が国は、5,000万ドルを目途に、米国、サウジアラビアとともに、カブール・カンダハル間の幹線道路の修復のための支援を行うことを発表した。そのほかにも、我が国は、人間の安全保障の理念に立ち、アフガニスタンにおける大量の難民・避難民の帰還と再定住、受け皿となる各地域の総合的な復興・開発を目指す取組(緒方イニシアティブ)を推進している。また、2003年2月のアフガニスタン「平和の定着」東京会議においては、UNAMAとともに策定した平和のためのパートナーシップ計画に対し3,500万ドルの支援を表明しており、今後ともこうした支援を継続していく考えである。我が国の対アフガニスタン支援は、「平和の定着」と「人間の安全保障」という理念を具体化する支援であり、国際的にも高く評価されている。
(2) 2001年度の援助実績
(イ) 総論
 2001年度のアフガニスタンに対する援助実績は25.46億円。うち、無償資金協力は緊急無償を中心に25.36億円実施した。技協協力は0.40億円(国際協力事業団(JICA)経費実績ベース)であった。2001年度までの援助実績は、無償資金協力90.59億円(交換公文ベース)、技術協力23.36億円(国際協力事業団(JICA)経費実績ベース)である。
(ロ) 無償資金協力
 これまでの支援は、我が国が提唱する「平和の定着」構想の考えの下、和平プロセス支援、治安支援、復旧・復興支援の三分野に重点を置いて実施してきた。治安分野では、DDR(元兵士の武装解除、動員解除、社会復帰)プロセスへの支援、また復旧・復興支援分野では、カンダハル・カブール間の幹線道路、また難民と国内避難民(IDPs)の再定住を中心に地域の総合開発に取組む「緒方イニシアティブ」を進めている。
(ハ) 技術協力
 カブール市及びカンダハル市において、教育、保健・医療、放送分野、インフラ整備を目指した緊急復興支援調査(緊急開発調査)を2件行った。

3. 政府開発援助実績

(1) 我が国のODA実績
(2) DAC諸国・国際機関のODA実績
(3) 年度別・形態別実績
(参考1)2001年度までに実施済及び実施中のプロジェクト方式技術協力案件
(参考2)2001年度実施草の根無償資金協力案件

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