(1) ドー大統領政権下での政権腐敗、国内対立等を主因として89年12月反乱軍の武装蜂起により始まった内戦が7年以上続いた。95年8月のアブジャ合意に基づき和平プロセスが徐々に進展し、内戦終結後の97年7月に、国連、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)等の国際監視団の下、和平プロセスを完遂させる大統領・副大統領選挙及び上院・下院選挙が実施された。この選挙により選出されたチャールズ・テイラー国民愛国党議長を大統領とする新政権が発足した。同政権は、復興と開発を国家第一の目標と定め、国際社会からの支援も得つつこれに向けての努力を行った。しかしながら、2000年7月頃よりギニア国境においてリベリア反政府勢力とみられる武装集団との戦闘が発生、更に、2002年には首都モンロビア近くまで反政府勢力LURD(リベリア和解・民主連合)が迫るなど、同国情勢は不安定な状態が続いている。
(2) 外交面では、内戦以前は、非同盟中立の立場をとりつつ、米国をはじめとする西側諸国との関係を保つとともに、近隣アフリカ諸国との関係強化を図っていた。内戦終結後、新政権が発足すると、先進諸国はリベリアに対し、民主化支援、保健・医療等の分野での支援を実施する意向を示していたが、2001年3月、リベリア政府がシエラレオネの反政府勢力を支援しているとして、国連安保理は同国に対する制裁を決議。リベリア産ダイヤモンド原石の禁輸及びリベリア政府関係者の渡航禁止措置を講じた。
(3) 経済面では、内戦以前は、天然ゴム、鉄鉱石、カカオ、木材等の一次産品の輸出を主たる柱としていたが、内戦で推定15万人の死亡者、220万人以上の難民が出たといわれ、GDP総額も89年の11億ドルから近年は2.5億ドルへと激減するなど、経済は著しく疲弊している。