[34]ブルキナファソ
1.概 説
(1) 87年クーデターにより政権を掌握したコンパオレ人民戦線議長(元首)は、90年に民主化を進める方針を表明した。国民投票により採択された新憲法に基づく91年12月の大統領選挙においてコンパオレ大統領が選出され、98年11月の大統領選挙でも同大統領が再選された。しかし、98年12月の野党系のジャーナリスト怪死事件が起因となり政治危機が生じ、99年10月及び2000年11月に同大統領は野党メンバーを含めた内閣改造を行うなど、事態の収拾に努め、また近隣諸国における内戦への関与疑惑に対する国際社会の批判にも苦慮しつつも政権の安定に努めている。
(2) 外交面では、非同盟を掲げているが、深刻な経済困難による援助の必要性から先進諸国との関係をも重視している。また、トーゴの民主化支援、ニジェールのトアレグ紛争解決支援等、地域の安定化にも貢献する等、対アフリカ諸国との関係でも積極的な外交を展開している。
(3) 経済面では、GDPの約35%、労働人口の約90%を農業・牧畜業が占めており、特に農産品輸出による収入が全輸出収入の80%を占めている(98年)。90年に社会主義を放棄するとともに、世銀・IMFとの間で経済構造調整に関する合意に達し、世銀、フランス、EC、AfDB等から多額の資金供与を受け、財政不均衡や民間部門の強化、公共部門の縮小等に取り組んだ。サヘル地域に位置しているため、気候により農業が左右される等、種々の困難を抱えているが、構造調整に向けた努力はドナーの間で高く評価され、2000年6月には貧困削減戦略ペーパーが完成したことを受け、パリクラブ及びアフリカ開発銀行による債務削減措置が進められている。
(参考1)主要経済指標等
(参考2)主要社会開発指標
(4) 我が国は、ブルキナファソから植物性油脂、実綿等を輸入し(2000年輸入額501万ドル)、同国にオートバイ、自動車、鉄鋼等を輸出している(同輸出額795万ドル)。98年10月のTICADIIに際しコンパオレ大統領が、2000年12月にはウエドラオゴ外相が訪日した。
2.我が国の政府開発援助の実績とあり方
(1) ブルキナファソに対する政府開発援助の基本的考え方
我が国は、ブルキナファソの基礎生活の向上を図るため、食糧援助、食糧増産援助や教育、水供給等の基礎生活分野における無償資金協力を実施しているほか、人的資源分野等での研修員受入れを中心とした技術協力を実施している。なお、同国の構造調整努力を支援するためのノン・プロジェクト無償資金協力を99年度までに合計16億円供与した。98年10月には青年海外協力隊派遣取極の署名がなされ、2000年4月に隊員派遣が開始された。我が国は、同国の民主化、経済改革努力を支援するため、今後とも基礎生活分野を中心に援助を検討していく方針である。
(2) 2001年度の援助実績
2001年度までの我が国の援助累計実績では、無償資金協力219.61億円(交換公文ベース)、技術協力28.14億円(JICA経費実績ベース)の協力を行っている。2001年度は、無償資金協力5.54億円(交換公文ベース)、技術協力4.68億円(JICA経費実績ベース)を行った。
無償資金協力については、ラジオ放送局機材、食糧援助、食糧増産援助のほか、草の根無償資金協力も実施している。
技術協力については、研修員受入、専門家派遣(環境教育)、青年海外協力隊派遣を中心に協力を実施した。
3.政府開発援助実績
(1) 我が国のODA実績
(2) DAC諸国・国際機関のODA実績
(3) 年度別・形態別実績
(参考1)2001年度実施開発調査案件
(参考2)2001年度実施草の根無償資金協力案件
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