途上国における環境問題は、途上国自身の開発の基盤を揺るがす問題であると同時に、地球環境にも大きな影響を及ぼす。例えば、中国においては、国土の約3分の1が
砂漠化の危機に瀕していると言われており、このまま進行すれば、耕地面積が減少し、開発計画に重大な影響を及ぼすのみならず、それによる黄砂の被害は周辺国にも及ぶことになる。
また、地球全体の
持続可能な開発に大きな影響を持つ気候変動問題においても、人口増加や経済成長に伴って途上国の温室効果ガス排出量の増大が予想されており、途上国における対策も重要な課題である。2000年11月に開催された
気候変動枠組条約第6回締約国会議(COP6)においては、京都議定書の詳細なルール等が議論されたが、合意に至らず、引き続き合意をめざして交渉を続けていくこととなった。今後こうした交渉の動向を踏まえ、国際的な取り組みが加速することが期待される。
更に、
砂漠化対処条約、
オゾン層保護に関するモントリオール議定書等、締約国である途上国に対する支援を条約中に規定している多数国間条約もあり、今後とも、右目標達成のためにも、日本のODAは重要な意味を有する。
近年の国際社会における開発援助を巡る議論においては、貧困削減重視の傾向が強まっているが、貧困と環境問題は相互に大きな連関を持つ。これは、貧困が環境問題の要因となる側面がある
(注1)一方で、貧困層は、大気汚染、自然災害等による影響を受けやすいことによる。したがって、ODAを通じて、環境問題への対応を含め、途上国の「持続可能な開発」に対する支援を進めていくことは、貧困削減の観点からも不可欠である。
以上のような背景から、日本は環境分野への支援をODA中期政策においても重点課題の一つとして位置づけている。99年度の環境ODAは、初めて5,000億円(約束額ベース)を超えたが、これは、日本の援助の約34%にあたり、我が国の環境保全重視の姿勢を裏づけている。2002年には、92年の
国連環境開発会議(UNCED:リオで開催)以降10年間の進展とその後の展望を議論するための会議(「持続可能な開発のための世界サミット」)が南アフリカで開催されることとなっている。日本は、これまでの経験や環境分野の優れた技術を活かし、地球環境問題の解決に引き続き積極的に貢献していくことが望まれている。
以下、日本の環境援助政策の基本となっている
「21世紀に向けた環境開発支援構想(Initiative for Sustainable Development toward 21st Century:ISD)」を踏まえての環境援助の実施状況及び二国間協力の具体例として積極的な取り組みを行っている中国への環境協力を紹介する。
日本の環境ODAは、97年6月の
国連環境開発特別総会(UNGASS)で発表した
「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」に基づいて実施されている。99年度の環境ODA実績は、ODA全体の33.5%を占める5,357億円に上った。
特に気候変動問題については、97年12月京都において開催された
気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3、京都会議)において、日本は、「
京都イニシアティブ
(注3)」を発表し、その着実な実施に努めている。「京都イニシアティブ」に掲げられた3本の柱のうち、温暖化関連分野の人材育成については、99年度JICAの技術協力による実績で、約1,700名に上ったほか、円借款の最優遇条件(金利0.75%、償還期間40年)適用による温暖化対策の推進に関連する案件は、12件2,130億円に上った。
2000年4月には、
九州・沖縄サミットに先立ち宮崎で「
太平洋・島サミット
(注4)」が開催され、気候変動、廃棄物管理、汚染防止等が重大な環境問題であるとの「
太平洋環境声明」が発表された。この関連で、パラオにおいては、珊瑚礁保全に関する研究等を行う「パラオ国際珊瑚礁センター」が、日本の無償資金協力により建設され、2000年度からは長期専門家を派遣し、ソフト面の協力を開始しており、2001年1月に開所した。
ISDに基づく協力対象分野の中で、
地球温暖化対策にも資する森林保全については、無償資金協力において植林事業そのものを支援する「
植林無償」により、インドネシアの国立公園における森林火災の跡地を回復するための植林協力を開始した。また、2000年度には、エネルギー・環境問題対策として発送電システムの高効率化や、
再生可能エネルギーを活用した未電化地域への電力供給を目的とした「
クリーン・エネルギー無償」を導入した。
そもそも、環境と開発の両立を可能とするためには、まず途上国側の主体的取り組みが鍵となる。このため、日本は、あらゆる援助政策協議の場を利用して、持続可能な開発の実現への積極的な取り組みを働きかけるとともに、こうした取り組みを可能とする人造り支援を推進してきた。99年版の本書で特集した環境センター・アプローチは、持続可能な開発の実現に向け、途上国の環境保全担当部局全体の底上げを図り、環境対策の拠点造りを目的として支援する日本独自とも言えるアプローチである。具体的には、環境モニタリング活動や国内環境行政担当者等の整備、環境分野の研究をリードするため、無償資金協力やプロジェクト方式による拠点(センター)建設、機材供与及びそこを中心とした技術・ノウハウ指導を行っている。これまでに、タイ、インドネシアに対するそれぞれ7年間の協力期間が終了したほか、現在は、中国、チリ、メキシコ、エジプトに対して協力を行っている。
更に、途上国における環境意識の向上を図り、環境対策への自発的な取り組みを根付かせていくことが重要であり、そのためには、NGO等による地域に密着した活動が有効である。現在でも環境分野では様々なNGOが活躍しているが、更にその活動を強化していくことが期待される。ODAにおいても、
草の根無償資金協力や
NGO事業補助金等により、こうしたNGOとの連携強化・支援に積極的に取り組んでいる。
中国は、著しい経済成長を遂げる一方で、その負の遺産とも言える環境問題が深刻化している。中国政府自身も、対策を強化し、環境法や制度を整備しつつあるが、資金や技術が十分でなく抜本的な改善には至っていない。日本は、中国による環境対策のための自助努力を支援するのみならず、地球環境の保全や北東アジア地域の酸性雨対策等の観点からも、中国に対し様々な環境分野への協力を行っており、これらは、対中ODAの重点分野となっている。99年度の対中円借款にbおいては、19案件中14件が環境関連案件であり、金額では1,249億円(全体の65%)に上った。
日中間の環境協力は、政府間のみならず、民間団体、地方自治体、学界、NGO、産業界等様々な主体によって担われていることから、関係者間の情報交換と連携を推進することを目的として、定期的に「
日中環境協力総合フォーラム」を開催している。99年11月には、日中双方の幅広い参加者を得て、北京において第3回会合を開催し、(1)環境汚染対策、(2)自然環境保全、(3)
日中友好環境保全センター
(注5)のあり方等について情報の交換や意見交換を行った。
97年9月日中首脳会談において合意された「
21世紀に向けた日中環境協力」構想は実施段階に移りつつある。その一つの柱である「
日中環境開発モデル都市構想
(注6)」については、99年4月日中双方の専門家委員会からの提言を受け、同年11月にはプロジェクト形成調査団を派遣してソフト面での協力方針の検討を行ったほか、2000年3月には、専門家委員会から推薦された案件のうち、条件の整った8プロジェクトにつき99年度の円借款供与が決定された。二つ目の柱である「
環境情報ネットワーク整備計画
(注7)」に関しては、2000年3月に、対象各市の環境情報センターのネットワーク化に必要な機材供与を決定した。
また、小渕総理(当時)は、99年7月の訪中時に、日中間の民間団体等による植林協力を支援するための基金を設けることを提案し、これを受けて同年11月、「
日中民間緑化協力委員会」(いわゆる「小渕基金」)が設置され、資金助成事業が始まっている。
(注1) 貧困ゆえの過放牧、非持続的な焼畑農業、森林からの過剰な燃料採取等がこれらの例に挙げられる。
(注2) ISDとは、

人類の安全保障、

自助努力、

持続可能な開発の3つを基本理念とし、分野(

大気汚染・水質汚濁・廃棄物対策、

地球温暖化対策、

自然環境保全、

「水」問題、

環境意識の向上等)毎に行動計画を示すことを内容としている。
(注3) 京都イニシアティブは、

温暖化対策関連分野の人材育成(98年度から5年間で3,000人)、

円借款供与に際し、低利の特別
環境金利の適用対象となる温暖化対策分野の対象範囲拡大、

我が国が公害・省エネ対策を実施した過程で培った技術・ノウハウの移転、の3つの柱から構成される。
(注4) 太平洋・島サミットは、16の
南太平洋フォーラム加盟国及び地域の首脳の参加を得て、宮崎において開催された。太平洋の将来に関する日本と太平洋島嶼国の共通
のビジョン及びそれに向けた中長期的な協力の方向性をまとめた「太平洋・島サミット宮崎宣言」が採択された。なお、南太平洋フォーラム(SPF)は2000年11月
太平洋諸島フォーラム(PIF)に名称を変更した。
(注5) 日中友好環境保全センターは、中国の環境対策に資する技術開発、人材育成、情報交換等の中心として機能するため、日本の無償資金協力により建設され、96年に開所した。2001年1月までの予定でプロジェクト方式技術協力が行われている。中国における環境対策の中心拠点としての役割に加えて、日中間の交流・協力を効果
的、包括的に実施していくための総合調整機関としての機能を果たすことも期待されている。
(注6) 日中環境開発モデル都市構想では、中国全土に広がる環境汚染問題に対し、3都市(重慶、貴陽、大連)をモデルとして、主として大気汚染問題に焦点を絞って、集中的に環境対策を実施し、その成功例を他都市へ普及することを目指すこととしている。
(注7) 環境情報ネットワーク整備計画は、中国全土の主要都市の環境情報を収集するためのコンピューターネットワークの構築を目的としている。