感染症、とりわけ
HIV/AIDSは、特にサハラ以南アフリカにおいて甚大な影響を及ぼしている。UNAIDSによれば、ボツワナでは15歳から49歳までの世代の3人に1人がHIVポジティブであり、南アフリカでは上記世代の5人に1人が感染、感染者数は420万人に上り、世界で一番感染者数の多い国となっている。また、結核はアジアをはじめ途上国を中心に約18億人の感染者がおり、毎年約200万人が死亡している。マラリアもアフリカを中心に毎年3億人以上が発症し、100万人以上が死亡している。こうした感染症の問題は、途上国の平均余命の短縮、労働人口の減少、更には、開発の停滞、貧困といった問題を一層困難にしている。2000年7月の
九州・沖縄サミットにおいては、感染症・
寄生虫症の問題が途上国の開発の主要課題の一つとして取り上げられた。
感染症の問題は、開発、特に貧困削減の中心課題の一つとして、また、地球的規模の問題として国際社会が連携して取り組む必要がある。また、感染症対策を効果的に実施するためには、
プライマリー・ヘルス・ケア
(注1)の考え方に基づき、途上国の地域開発の促進を目指した包括的なプログラムの中に対策を有機的に組み込んでいくことが重要となっている。この点、日本は、戦後、公衆衛生活動と連携して結核による死亡を激減させ、また、サミットの開催地である沖縄においてもマラリア、フィラリアの疾患撲滅に成功した歴史を有している。こうした感染症対策における日本の経験と知見を応用・普及することも有益であろう。
このような観点から、日本は、今回のサミットの機会に、

途上国の主体的取り組み
(オーナーシップ)の強化、

人材育成、

市民社会組織・援助国・国際機関との連携、

南南協力の支援、

研究活動の促進、及び

地域レベルでの公衆衛生の推進を基本的な柱として、HIV/AIDS、結核、マラリア・寄生虫及び
ポリオを中心とした感染症対策を積極的に進めていくとする「沖縄感染症対策イニシアティブ」を発表した。
今後、日本は本イニシアティブに沿って、個別の感染症対策の支援、公衆衛生の増進、研究ネットワークの構築、初等・中等教育、水供給等の分野での協力を強化し、今後5年間で総額30億ドルを目途として協力を行っていく考えである。同時に、感染症分野における支援を地域の人々まで行き亘らせるためには、途上国におけるNGOの役割が重要であることから、この分野で活動するNGOを支援するための取り組みを、国連に設置した「
人間の安全保障基金」を活用して強化することとした。
なお、2000年12月には、
九州・沖縄サミットにおいて合意されたHIV/AIDS、結核、マラリアといった感染症対策に関する具体的目標を実現するため、国際的な
パートナーシップの担い手である援助国、国際機関、途上国、更にはNGO等の幅広い参加を得て「
感染症対策沖縄国際会議」
(注2)が開催され、具体的な行動計画が決定された。
80年、天然痘の根絶が宣言され、人類は史上初めて特定の感染症を根絶することに成功した。この成果と経験を活かし、88年の
世界保健機関(WHO)総会では、次の目標として2000年までに世界からポリオを根絶するとの合意がなされた。90年に、UNICEFの主導で行われた「子どものための世界サミット」においては、すべての子どもにより良い未来を与えるための最優先課題として子どもの健康の促進が謳われ、ポリオ根絶の目標が改めて確認された。
根本的な治療法が確立していない
HIV/AIDSなどの感染症とは異なり、
ポリオはワクチン接種による効果的な予防法が確立しているため、系統的かつ組織的な取り組みの下に、子どもたちをポリオの惨禍から救うことが十分可能である。ポリオ予防のためには、まず乳幼児に対し通常接種
(注3)が行われる。WHOは、「
予防接種拡大計画(Expanded Program on Immunization:EPI)」を通じ、途上国の乳幼児に対しポリオ・ワクチンを含むワクチン接種を実施している。また、通常接種を受けなかった子どもを含め、全国の5歳未満の子ども全員を対象にワクチンを一斉投与する「
全国予防接種の日(National Immunization Days)」が、ポリオ根絶への協力の中心的活動として実施されている。
日本は、こうした国際的目標実現のため、積極的に協力を行ってきており、東アジア及び西太平洋地域を援助の重点地域として、中国、ヴィエトナム、ラオス、カンボディアを中心に、93年度以降現在まで、
ポリオ・ワクチンの供与をはじめとして、ワクチンを冷蔵して運搬する機材(コールド・チェーン)、検査用機材の供与などを行ってきた。98年度までにこの地域に実施したポリオ根絶のための支援総額は約30億円に達し(世界からこの地域へのポリオ根絶のための協力総額の約35%に相当)、最大のドナーとなっている。また、94年5月には、「子どもの健康」を
日米コモン・アジェンダの協力分野に追加し、日米の密接な協力の下にこの分野の支援に取り組んできている(その後97年に「子どもの健康」分野は「人口・エイズ」分野と統合され、現在は「人口・健康」分野の下で推進されている。)。
各国でポリオ根絶への取り組みが行われた結果、西太平洋地域
(注4)の野生ポリオは97年3月カンボディアで発生した1件を最後に発生していない。WHOは、3年間発生のない状態が続けば根絶を宣言するという条件が整ったとして、2000年10月、
西太平洋地域ポリオ根絶京都会議を開催し、会議の中で、西太平洋地域は、南北アメリカに次ぎ、世界で2番目のポリオ根絶地域になったことが宣言された。
西太平洋地域におけるポリオ根絶に向けた著しい進展を踏まえ、日本は協力の対象地域を拡大してきた。95年に「日米コモン・アジェンダ」の下で南西アジア地域への協力対象地域拡大が話し合われ、更には、96年に日本の支援対象をアフリカ地域へ拡大する意向を表明した。特に98年10月東京で行われた第2回
アフリカ開発会議(TICAD

)では、アフリカ支援プログラムの中にポリオ根絶の推進が含まれた。これらの地域におけるポリオ根絶への支援では、従来のワクチンや機材供与のほかに、99年度から米国の平和協力部隊と連携しつつ、主としてサーベイランス(ポリオ発生を現場で監視する活動)に従事する
青年海外協力隊の派遣も始まっている。
このように世界のポリオ根絶活動は着実に進展しているが、WHOは2000年までの根絶は困難と判断し、根絶活動を2002年までに終了した後、2005年に世界根絶宣言を発出できるよう目指している。残るポリオ発生地域は、ほぼアフリカ地域と南西アジア地域に限られるようになっている。これら残された地域は紛争を抱えていたり、ワクチン接種の現場まで到達が困難であったり、厳しい高温の気象条件にあったりするため、効果的なワクチン接種を実施する上で困難が多いが、これまで積み上げられた成果を踏まえ、地球上からのポリオ根絶まで、積極的な協力を行っていく必要がある。
現在、世界では1億1,300万人以上の子どもたちが初等教育の機会を得ることができず、また、8億8,000万人以上の成人が依然として非識字の状態にある。このような状況の下、次代を担う青少年が質の高い教育を等しく受ける機会を得られることは、国際社会の一致した願いであり共通の目標である。
90年3月、タイのジョムティエンで開催された「
万人のための教育世界会議(Education for All:EFA)」は、世界銀行、
国連教育科学文化機関(UNESCO)等の国際機関により共催され、150ヶ国の代表のほか、世界銀行、国連教育科学文化機関(UNESCO)等の国際機関、多数の研究者、NGOが参加し、個人と社会の健全な発達における基礎教育の重要性を再確認するとともに、すべての子どもたちに基礎教育の機会を提供するという国際的目標が確認された。
また、96年にOECD/DACで採択された
新開発戦略では、具体的な目標の一つとして、2015年までの初等教育の普及及び2005年までの初等・中等教育における男女格差の解消を掲げている。
しかし、依然として、多くの途上国では、厳しい財政状況の下で、教育投資に向ける財源が充分ではなく、また教育制度、教育内容・方法の改善についても人材や能力を欠いている。
こうした中、教育問題は99年の
ケルン・サミットでも主要議題となり、また、2000年4月セネガルの首都ダカールで開催された「
世界教育フォーラム」では、「
ダカール行動枠組み(Dakar Framework for Action)」が採択された。同行動枠組みにおいては、「就学前教育の拡大・改善」、「2015年までにすべての子どもの無償初等教育への機会確保」、「2015年までに成人識字率の50%改善と成人の基礎教育への機会の平等の確保」、「2005年までの初等中等教育における男女格差の解消」等が目標として盛り込まれ、今後、国際社会が協力して教育分野への支援を行っていくに当たっての重要な指針となっている。
日本は、UNESCO、
国連児童基金(UNICEF)などの国際機関とも連携を取りつつ、就学率や識字率の向上に向けた途上国の取り組みを支援している。また、無償資金協力や技術協力、
青年海外協力隊員の派遣等を通じ、学校建設、放送教育の拡充、教員の養成、再教育、理数科教育等への支援並びに円借款を通じた教育関連の施設拡充などを実施してきている。今後ともかかる支援を強化し、「ダカール行動枠組み」の目標達成に貢献していく必要がある。
(注1)
プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)とは、地域社会に住む誰もがその生活の水準に応じた負担で身近に利用でき、科学的に適正かつ社会的に受け入れられるやり方に基づいた、人々の暮らしに欠くことのできない保健医療を指す。PHCは、

健康教育、

食料の供給と栄養状態の改善、

安全な水の供給と衛生管理、

母子保健(家族計画を含む)、

予防接種、

地域に蔓延する疾病の予防とコントロール、

一般 的な疾病及び障害の適切な治療、

必須医薬品の供給の8つの要素から成り立っている。
(注2) 本国際会議には、G8、欧州委員会、ブラジル、インド、インドネシア、ケニア、ナイジェリア、フィリピン、セネガル、タイ、ウガンダ、ザンビア、WHO、UNICEF、UNAIDS、世界銀行、UNDP、UNFPA、UNESCOから高級実務者レベルが参加、NGOおよび民間からも関係者が参加した。
(注3) 通常接種とは、ポリオのほか、結核、ジフテリア、百日咳、破傷風の免疫獲得のため、出生後一定期間に行う予防接種。
(注4) 西太平洋地域には、日本、中国、モンゴル、韓国、オーストラリア、ニュー・ジーランド、マレイシア、フィリピン、シンガポール、ヴィエトナム、ブルネイ、カンボディア、ラオス、大洋州地域島嶼国が含まれている。