途上国の国造りを担う人々が健康と質の高い教育を享受できるか否かは、人間としての尊厳を保持するのみならず、開発努力の成否を左右する重要な要素である。
保健・医療や基礎教育分野における開発への取り組みの必要性については、90年代に入り国連等を中心とする様々な国際会議の場でも取り上げられ、DAC「
新開発戦略」においても国際社会が共同して目指すべき具体的開発目標の一つとして掲げられている。
日本はこれらの分野に従来より積極的に取り組んでおり、「ODA中期政策」においても重点課題として「貧困対策や社会開発分野への支援」を挙げ、その一環として保健・医療、基礎教育分野での取り組みを重視している。
特に、
HIV/AIDSをはじめとする感染症は、国際社会が一致して取り組むべき地球規模の課題であり、人間一人一人の生活や生命の尊厳等への脅威を取り除く「
人間の安全保障」の観点からも重要な課題である。
そして、これら諸課題への取り組みについては、援助国間同士の連携のみならず、国際機関や市民社会、なかんずくNGOとの連携を図ることが一層重要となっている。国際社会の一致した努力による成果は、既に西太平洋地域におけるポリオ根絶等の動きに現れている。
以下、保健・医療、基礎教育等の分野における開発協力を巡る日本の具体的な貢献につき記述する。
99年に世界の人口は60億人に達し、2050年には89億人に達するものと推定されている。人口問題は、地球環境や食料・資源エネルギー問題とも関連する地球規模の課題となっている。特に、多くの途上国においては、人口増加が貧困・失業、飢餓、教育の遅れ、環境悪化等の問題と悪循環をなしている。
また、HIV/AIDSは、国境を越えて急激な広がりを見せている。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)及び
世界保健機関(WHO)によれば、2000年末時点の世界のHIV/AIDS感染者・患者数は約3,610万人であり、2000年の1年間だけで約530万人が新たに感染し、約300万人がHIV/AIDSで死亡している。その大多数は途上国の住民であり、こうした急激なHIV/AIDSの蔓延は、健康の問題を超えて途上国の経済・社会開発の重大な阻害要因となっている。特に世界の人口の1割を占めるアフリカには、HIV/AIDS感染者・患者の7割(2,530万人)が集中している。2000年7月には南アフリカのダーバンにおいて、第13回世界エイズ会議が開催され、アフリカ諸国からの参加者をはじめ、援助国、関係国際機関、研究者、NGO等が一堂に会し、国際社会が一致してHIV/AIDSへの取り組みを重視していく姿勢が打ち出された
(注2)。また、アジアにおいても、世界人口の36%が存在する中国やインドでは、HIV感染率自体は低いものの絶対数では相当の人々が感染していると言われており、南・東南アジア地域全体としては580万人と世界でも二番目に多くHIV/AIDS感染者・患者を抱える地域となっている。
日本は、94年2月に「
人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ(Global Issues Initiatives on Population and AIDS:GII)」を発表し、2000年度までの7年間でODA総額30億ドルを目途にこの分野での援助を積極的に推進していく旨表明した。GIIにおいては、
リプロダクティブ・ヘルス
(注3)の視点を踏まえ、人口・家族計画への直接的協力に加え、女性と子供の健康に関わる基礎的保健医療、初等教育、女性の地位向上等、いわば間接的に人口・エイズの抑制に資する協力も含めた包括的アプローチをとっている。具体的には、妊産婦検診(日本の母子保健手帳をモデルとしたシステムの普及など)、予防接種、定期健康診断、栄養改善、家族計画の普及、情報普及・啓蒙(Information, Education and Communication:IEC)といった活動に必要な機材の供与、保健医療スタッフの訓練などを行っている。GII関連のODA実績(金額)は、98年度末までの5年間で目標を達成した。
GIIの推進に当たっては、98年までに12の重点国
(注4)を含め16ヶ国
(注5)に対し調査団を派遣し、案件の発掘・形成を推進してきた。また、GIIは「
日米コモン・アジェンダ」の中で重要な位置を占めており、米国との連携協力の代表例の一つとなっている。例えば、98年12月にザンビアに派遣した日米共同のプロジェクト形成調査団の結果を踏まえ、2000年3月、日米両国政府は長距離トラック運転手、性産業従事者などハイ・リスク・グループを対象とする
HIV/AIDS対策のための啓蒙活動支援を開始した。また、2000年2月にバングラデシュに同様の調査団を派遣し、更には同年6月カンボディアにHIV/AIDS、結核といった感染症及び母子保健分野に焦点を当てた日米合同プロジェクト形成調査団を派遣した。こうした他の援助国との連携のほか、
国連人口基金(UNFPA)、UNAIDS、WHOなどの国際機関との協調も進めている。なお、こうした分野では草の根レベルで活発な援助活動を展開しているNGOとの連携が有効かつ不可欠であり、きめの細かい援助を実現するために調査段階からNGOの参加、協力を得て推進している。
(注1) 日米コモン・アジェンダとは、「地球的展望に立った協力のための共通課題」と呼ばれる日米間の協力の枠組みのこと。益々深刻となりつつある地球環境問題、世界的な人口問題、各種の災害等地球規模の課題に対し日米両国が共同で対処することを目的として93年7月に発足した。現在、「保健と人間開発の促進」、「人類社会の安定に対する挑戦への対応」、「地球環境の保護」及び「科学技術の進歩」の4つの柱の下、18の分野で各種のプロジェクトが実施されている。
(注2) 第13回国際エイズ会議にはアフリカ諸国の大臣クラスが多数出席したのをはじめ、先進国からも保健、開発担当の閣僚のほか、ブルントラント世界保健機関(WHO)事務局長等の国際機関の代表も参加した(本会合に参加登録した約1万3千人のうち、アフリカ諸国からの登録者は約4,500人)。本会議では、2000年6月に国連合同エイズ計画(UNAIDS)によりサブ・サハラ・アフリカ地域におけるエイズに関する深刻な状況を示す報告書が発表されたことを踏まえ、HIV/AIDSと貧困問題との関連等を含め同地域のHIV/AIDS対策にいかに取り組むかが議論された。
(注3) リプロダクティブ・ヘルス(reproductive health)、即ち性と生殖に関する健康は、人口・家族計画問題を基礎保健医療、エイズ対策、初等教育、女性の権利などとの関連で捉える包括的な概念で、94年9月にカイロで開催された国連人口開発会議(ICPD)の「行動計画」第7章2項は、「人間の生殖システム、その機能と活動過程の全ての側面において、単に疾病・傷害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指す」と定義している。
(注4) フィリピン、インドネシア、インド、パキスタン、バングラデシュ、タイ(エイズのみ)、ケニア、ガーナ、タンザニア、セネガル、エジプト(人口のみ)、メキシコ
(注5) 上記の12の重点国の他、ヴィエトナム、ジンバブエ、ザンビア、カンボディアに調査団を派遣した。