(1) 1989年以降民主化、市場経済導入を推進している。大統領選挙、議会選挙も着実に実施され、政治面での民主化は定着している。
89年以降、内閣は連帯系(89~93年)から旧共産党系(93~97年)に交代していたが、97年9月に行われた総選挙の結果、連帯選挙行動(AWS)が第1党に躍進し、10月、第3党の自由同盟(UW)とともにブゼク首相を首班とする連立政権が成立し、再び非共産党系となった。大統領は、95年にワレサ大統領から旧共産党系の現クワシニェフスキ大統領に交代している。97年5月には、長年の懸案であった新憲法が国民投票で承認され、10月に発効した。
(2) 経済面では、89年の改革後、一時鉱工業生産は急落したが、民間部門の振興、対EU貿易の活性化等により、92年には経済成長率がプラスに転じ、その後経済成長率は、97年6.9%、98年4.8%、99年4.4%と高い水準を維持している。一方、インフレ率は97年13.2%から98年8.6%、99年9.8%と抑制されている。98年夏のロシア金融危機の際、ポーランドは短期資本流入規制、通貨管理、為替管理等を行い、影響を最小限に抑えた。同年及び99年の対ポーランド外国直接投資は、中・東欧諸国全体に対する額の50%を占め、最高記録となった。課題としては、経常収支の赤字拡大、高い失業率(約10%)、基幹重工業の構造改革の遅れ、農業の低い生産性等が挙げられる。
(3) 外交面では、「欧州への復帰」を最優先課題としている。OECDには、96年11月に正式加盟を果たし、EUについては、97年12月の欧州理事会で加盟対象国とすることが決定され、98年3月に交渉を開始した。また、NATOには99年3月、正式加盟を果たした。
中・東欧諸国とは、中欧自由貿易協定(CEFTA)等を通じ良好な関係を維持している。ロシアとの関係は、原油輸入の割合が50%となるなど相対的に関係が縮小し、NATO拡大を巡る対立も、97年6月のNATO・ロシア協定締結によりひとまず決着している。
(4) 我が国との関係は、伝統的に良好である。90年1月には海部総理大臣(当時)が訪問し、ポーランド側からは94年12月ワレサ大統領、98年2月クワシニェフスキ大統領、99年6月ブゼク首相が訪日している。