グローバル化やハイテク機器の進歩と普及、人々の移動の拡大などに伴い、国際的な組織犯罪やテロ行為は、国際社会全体を脅かすものとなっています。薬物や銃器の不正な取引、人身取引、資金洗浄(マネーロンダリング)*および詐欺・横領等の企業犯罪や経済犯罪などの国際的な組織犯罪は、近年、その手口が一層多様化して、巧妙に行われています。国際テロ組織アル・カーイダの影響を受けた各地の関連組織等は特に北アフリカ・サヘル地域において活動を活発化させており、2013年1月には、アルジェリアにおいて邦人10名を含む多くの犠牲者が出たテロ事件が発生しました。また、アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾の海賊も依然として懸念されます。
国境を越える国際組織犯罪、テロ行為や海賊行為に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限りがあります。そのため各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における対処能力向上支援などを通じて、国際社会全体で法の抜け穴をなくす努力が必要です。
< 日本の取組 >
●薬物対策
日本は国連麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の国連薬物統制計画(UNDCP)基金への拠出などを行い、アジア諸国を中心に開発途上国を支援しています。2012年度には、約81万ドルのUNDCP基金への拠出を活用して、ミャンマーにおける「けし(麻薬の一種であるアヘンの材料になる植物)」の不正栽培を監視し、モニタリングを行う事業、東南アジア地域等における合成薬物のモニタリングに関する事業などを実施しました。また、国連麻薬委員会では、近年日本でも社会問題となっている、いわゆる脱法ドラッグ等の新精神活性物質(NPS)*への対策が重要であると主張し、国際社会の広い賛同を得るとともに、UNODCを通じて関連事業を実施しています。さらに、2013年3月には、UNDCP基金に、アフガニスタンとその周辺諸国の薬物対策、国境管理支援、代替開発などのため、555万ドルの拠出を行いました。また、国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)を通じて、薬物犯罪者処遇についての研修を実施しました。
●人身取引対策
日本は、人身取引対策について、法執行機関の能力構築に役立つ支援や被害者の社会復帰のための支援などに取り組んでいます。
2012年度には、日本はUNODCの犯罪防止刑事司法基金(CPCJF)に、人身取引対策プロジェクトのため、約51,000ドルを拠出しました。近年では、CPCJFへの拠出を通じてフィリピンの人身取引に関する捜査実務手続きの基準を促進するための警察支援や、人身取引対策eラーニング教材のタイ語への翻訳を実施しました。今後も東南アジアを中心に支援を行っていくことを検討しています。
日本で保護された人身取引被害者については、国際移住機関(IOM)を通じて被害者の安全な帰国と本国での社会復帰を支援しています。さらに日本は、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への支援も行っています。
また、草の根・人間の安全保障無償資金協力(タイにおける脆弱(ぜいじゃく)な女性や子どもを人身取引から守るための女性支援センター設置計画)や技術協力(タイ、ミャンマー、ベトナム)を通じた人身取引対策に役立つ支援を行うとともに、UNAFEIを通じて、人身取引対策についての研修を実施しました。
●腐敗対策
腐敗対策については、CPCJFへ拠出することで、これまでにベトナム、ラオスやカンボジアにおける腐敗防止対策セミナーやワークショップの開催を支援し、日本のODAの受取国でもあるこれら諸国において腐敗対策の取組を強化することに貢献しました。
また、UNAFEIを通じて、アジア・太平洋地域を中心とした開発途上国の刑事司法実務家を対象に、様々な研修・セミナーを実施しました。これらの研修・セミナーは、「証人・内部通報者の保護及び協力の確保」、「腐敗予防」など国際組織犯罪防止条約および国連腐敗防止条約上の重要論点をテーマとしており、各国における刑事司法の健全な発展と協力関係の強化に貢献しています。
●テロ対策
国際社会は、テロリストにテロの手段や安住の地を与えないようにし、テロに対する弱点を克服するように努めなければなりません。日本は、テロ対処能力が必ずしも十分でない開発途上国に、テロ対策能力向上のための支援をしています。特に、テロ対策等治安無償資金協力が創設された2006年以降、日本は開発途上国でのテロ対策の支援を強化しています。
日本と密接な関係にある東南アジア地域におけるテロを防止し、安全を確保することは、日本にとってとりわけ重要であり、より一層力を入れて支援を実施しています。具体的には、出入国管理、航空の保安、港湾・海上の保安、税関での協力、輸出の管理、法執行のための協力、テロ資金対策(テロリストやテロ組織への資金の流れを断つための対策)、テロ防止に関連する諸条約の締結を促進するなど各分野において、機材の供与、専門家の派遣、セミナーの開催、研修員の受入れなどを実施しています。
たとえば、2013年2月にはASEAN(アセアン)諸国等からテロ対策の関係者を招き、近年、テロ対策において関心を集めている既存のテロ組織と直接関係のない者の過激化への対策に関するワークショップをマレーシアと共催で開催しました。さらに、日本は2012年度にUNODCテロ防止部へ約41,000ドルの拠出を行い、ASEAN諸国に対するCBRNテロ*(化学、生物、放射性物質、核兵器を用いるテロ)および海上テロに関するワークショップを開催しました。2013年3月には、アフガニスタンのテロ対策として、テロや武器等の不法取引の予防、摘発、捜査、裁判等の法執行・司法機関の能力向上を図るため、UNODC等国際機関を通じたテロ対処能力向上支援(総額約1,600万ドル)を行うことを決定しました。さらに、同年6月に開催されたTICAD(ティカッド) Vにおいて日本は北アフリカやサヘル地域におけるテロ対処能力向上のために、2,000人の人材育成および機材供与等の支援、サヘル地域向け開発・人道支援1,000億円による地域の安定化への貢献を表明しました。
●海賊行為への対策
日本は、海洋国家としてエネルギー資源や食料の多くを海上輸送に依存しています。船舶の航行を安全に保つための海賊対策は、日本にとって国家の存立・繁栄に直接結びつく課題です。加えて、海上の安全は、地域の経済発展を図る上でも極めて重要なものです。
近年、アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾では、海賊事案(注13)が多発しています。国際社会全体による取組は一定の成果を上げ、海賊による攻撃発生件数は2011年に237件、2012年に75件と減少する傾向にあります。しかし、これまで海賊による攻撃の発生件数が高い水準であったことなどを踏まえると、依然として予断を許さない情勢です。発生海域もソマリア沖・アデン湾からインド洋西部に拡大し、船舶の航行の安全にとって大きな脅威となっています。
こうした脅威に対し、日本は2009年6月に成立した「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(海賊対処法)に基づき、日本は海賊対処行動として海上自衛隊の護衛艦2隻による民間船舶の護衛活動およびP−3C哨戒機(しょうかいき)2機による警戒監視活動を実施しています。また、海賊行為があった場合の逮捕、取調べ等の司法警察活動を行うため、海上保安官が護衛艦に同乗しています。
ソマリア海賊の問題を解決するには、こうした海上での護衛活動に加え、沿岸国の海上取締り能力の向上や、海賊活動拡大の背景にあるソマリア情勢の安定化に向けた多層的な取組が必要です。これらの取組の一環として日本は、国際海事機関(IMO)(注14)が推進しているジブチ行動指針(ソマリアとその周辺国の海上保安能力を強化するための地域枠組み)の実施のためにIMOが設立したジブチ行動指針信託基金に1,460万ドルを拠出しました。この基金により、イエメン、ケニアおよびタンザニアの海賊対策のための情報共有センターの整備・運営支援を行うとともに、ジブチに訓練センターを建設中です。現在IMOにより、ソマリア周辺国の海上保安能力を向上させるための訓練プログラムが実施されています。
また、日本はソマリアおよびその周辺国における、海賊容疑者の訴追とその取締り能力向上支援のための国際信託基金に対し累計350万ドルを拠出し、海賊の訴追・取締り強化・再発防止に努める国際社会を支援しています。ほかにも海上保安庁の協力の下で、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締り研修」を実施しています。さらに、ソマリアにおいて和平が実現するように2007年以降、ソマリア国内の治安の強化、および人道支援・インフラ整備のために約2億9,903万ドルの支援も実施しています。
ソマリア沖・アデン湾を航行する船舶の護衛活動に従事する護衛艦(写真:防衛省)
用語解説
注13 : ソマリア沖・アデン湾の海賊は、航行中の船舶に対して自動小銃やロケット・ランチャーを使って襲撃し、船舶そのものを支配しつつ、乗組員を人質として身代金を要求することが一般的
注14 : 国際海事機関 IMO:International Maritime Organization 2012年1月1日より、IMO事務局長に関水康司前IMO海上安全部長が就任した
●タジキスタン・アフガニスタン
「タジキスタン‐アフガニスタン 貧困削減イニシアティブ(TAPRI)」
国際機関を通じた援助(2011年3月~2012年3月)
タジキスタンはアフガニスタンと長い国境を接しており、地理的のみならず、歴史的・言語的にも密接なかかわりがあります。しかし、両国の国境地帯は、低投資率・高失業率・不十分な社会インフラ等の貧困問題を抱えています。また、この地帯は山岳地帯であり、国境管理も不十分です。そのため、アフガニスタンの治安悪化に伴い、アフガニスタン側からタジキスタン側に麻薬、武器などが流入することが危惧されており、国境地帯で、両国が一体となって紛争予防や麻薬密輸の防止等に取り組む必要があります。
そこで、日本政府は総額500万ドルの支援を行い、国連開発計画(UNDP)を通じて「タジキスタン・アフガニスタン貧困削減イニシアティブ(TAPRI)」を、2012年3月まで約1年間にわたり実施しました。このプロジェクトの目標は、タジキスタンとアフガニスタンの国境沿いにあるハトロン州(タジキスタン)、クンドゥーズ県(アフガニスタン)およびタハール県(アフガニスタン)において、(1)両国国境地帯における連携強化、(2)持続可能な経済社会開発の促進、(3)両国民の生活改善等を通じた貧困削減を進めることです。
この結果、地域住民219,949人(タジキスタン側住民145,777人、アフガニスタン側住民74,172人)が直接の恩恵を受け、間接的には160万人以上が恩恵を受けました。さらに、1,605人のタジキスタン側住民が小規模融資サービスを利用し、10地区の住民が安全な水や灌漑(かんがい)設備、代替エネルギー源を利用できるようになるとともに、両国の地方行政職員275名が地域開発計画の立案や公共サービス改善などに関するトレーニングを受け、両国で6件の地域開発計画と15件の農村開発計画が立案されるなど、当初の目標を上回る成果を得ました。
両国の近接するコミュニティ間の協力関係を促進する本プロジェクトは、両国間の信頼を構築する観点からも極めて有意義なものとなっています。
ハトロン州クムサンギル地区における第34番学校開校式(写真:UNDP)
ハトロン州クムサンギル地区におけるメディカルセンターの視察風景(写真:UNDP)
●ケニア、 セーシェル、タンザニア、ジブチなど複数国
「アジア・ソマリア周辺海域 海上犯罪取締り」
課題別研修(地域別) (2011年〜2013年にかけて複数回実施)
2012年以降、ソマリア沖・アデン湾での海賊、武装強盗発生件数は、国際社会の様々な取組の結果、大幅に減少する傾向にありますが、依然として船舶の航行安全に対する大きな脅威であり、国際社会が取組を弱めれば、状況は容易に逆転し得る状況にあります。日本をはじめ各国は、これらの地域の海賊対策を国際的な重要課題ととらえ、海賊問題の解決に共に取り組んでいます。
このような中で、日本はソマリア周辺国の海上保安能力の向上を目指す多様な支援を実施してきました。たとえば、2000年に東京で開催した海賊対策国際会議で採択された「アジア海賊対策チャレンジ2000」に基づき、「アジア・ソマリア周辺海域 海上犯罪取締り」研修を実施し、ソマリア海賊問題等に取り組む中東、アフリカ諸国等の各国海上保安機関担当官を日本の海上保安庁に招聘(しょうへい)しました。
この研修プログラムの実施により、日本は、日本が持つ海上保安技術を参加国に移転し、各国の海上犯罪取締り能力の強化に寄与しています。2011年には15名、2012年には22名、そして2013年には18名の海上保安担当官がジブチ、ケニアなどから来日し、この研修プログラムを受講しました。
海上で、救命訓練を行う参加者(写真:JICA)