(4)農業

世界の栄養不足人口は依然として高い水準にとどまると見込まれており、穀物価格が再び上昇する傾向も見受けられます。このような中、ミレニアム開発目標(MDGs)の一つである「極度の貧困と飢餓の撲滅」(目標1)を達成するためには、農業開発への取組は差し迫った課題です。また、開発途上国の貧困層は、4人に3人が農村地域に住んでいます。その大部分は生計を農業に依存していることからも、農業・農村開発の取組は重要であり、経済成長を通じた貧困削減および持続的な開発を実現するための取組が求められています。

< 日本の取組 >

日本はODA大綱において、貧困削減のため農業分野における協力を重視し、地球規模課題としての食料問題に積極的に取り組んでいます。短期的には、食料不足に直面している開発途上国に対しての食糧援助を行うとともに、中長期的には、飢餓などの食料問題の原因の除去および予防の観点から、開発途上国における農業生産の増大および農業生産性の向上に向けた取組を中心に支援を進めています。

具体的には、日本の知識と経験を活かし、栽培環境に応じた技術開発や技術などを普及させる能力の強化、農民の組織化、政策立案等の支援に加え、灌漑(かんがい)施設や農道といったインフラ(農業基盤)の整備等を実施しています。また、アフリカにおけるネリカ稲の研究、生産技術の普及のための支援や小農による市場志向型農業振興(SHEP)アプローチの導入支援も行っています。特に、収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)の削減や域内貿易および流通の促進といった観点から、流通段階における輸送や貯蔵、積出港の整備などの支援を重視しています。これらの取組により、生産段階、加工・流通、販売までの効率的な農産物・食品の供給体制の構築を図っています。さらに、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国際農業研究協議グループ(CGIAR)、国連世界食糧計画(WFP)などの国際機関を通じた農業支援も行っています。

アンゴラ初の田植えの様子(写真:野坂直弘/JICAアンゴラフィールドオフィス)

アンゴラ初の田植えの様子(写真:野坂直弘/JICAアンゴラフィールドオフィス)

日本は2008年に開かれた第4回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) IV)のサイドイベントにおいて、サブサハラ・アフリカのコメ生産量を、当時の1,400万トンから10年間で2,800万トンに倍増することを目標とするアフリカ稲作振興のための共同体(CARDイニシアティブを発表しました。現在、アフリカのコメ生産国や国際機関等と協働して、サブサハラ・アフリカの23か国を対象に、国別の稲作振興戦略の作成支援や、その戦略に基づくプロジェクトを実施しています。

また、2009年7月のG8ラクイラ・サミット(イタリア)の際の食料安全保障に関する拡大会合で、日本は2010年から2012年の3年間にインフラを含む農業関連分野において、少なくとも約30億ドルの支援を行う用意があると表明し、2012年末までにおよそ39億ドル(約束額ベース)の支援を行いました。加えて、途上国への農業投資が急増し、一部が「農地争奪」等と報じられ、国際的な問題となったことから、同サミットで日本は「責任ある農業投資(RAI)」を提唱し、以後、G8、G20、APECなどの国際フォーラムで支持を得てきました。さらに、2012年5月のG8キャンプ・デービッド・サミット(米国)においては、「G8食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス」が立ち上げられました。2013年6月のロック・アーン・サミット(英国)に合わせて開催された関連イベントにおいて、ニュー・アライアンスの進捗(しんちょく)報告書が公表されるとともに、新たなアフリカのパートナー国の拡大が公表されました。また日本の財政支援の下、ニュー・アライアンスの枠組みで関連国際機関による「責任ある農業投資に関する未来志向の調査研究」を実施する旨も発表されました。日本は、2013年9月にニューヨークにて、日・アフリカ地域経済共同体(RECs: Regional Economic Commissions)議長国との首脳会合を開催し、農業開発をテーマに議論しました。日本はアフリカの食料安全保障・貧困削減の達成のため、またアフリカの経済成長に重要な役割を果たす産業として農業を重視しており、アフリカにおける農業の発展に貢献しています。

また、G20においても、日本は農産品市場の透明性を向上させるための「農業市場情報システム(AMIS)」支援などの取組を行っています。

2013年6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) V)においては、市場志向型農業の促進のための支援策として、技術指導者1,000人の人材育成、5万人の小農組織の育成、専門家派遣等を行うとともに、SHEPアプローチの推進(10か国への展開)を表明しました。

イランでの収穫量調査のため、小麦や大麦のサンプルを圃場から日本人専門家と現地普及員が採取する作業風景(写真:中林一夫)

イランでの収穫量調査のため、小麦や大麦のサンプルを圃場から日本人専門家と現地普及員が採取する作業風景(写真:中林一夫)

用語解説

ネリカ稲
ネリカ(NERICA:New Rice for Africa)とは、1994年にアフリカ稲センター(Africa Rice Center 旧WARDA)が、多収量であるアジア稲と雑草や病虫害に強いアフリカ稲を交配することによって開発した稲の総称。アフリカ各地の自然条件に適合するよう、日本も参加して様々な新品種が開発されている。特長は、従来の稲よりも、(1)収量が多い、(2)生育期間が短い、(3)乾燥(干ばつ)に強い、(4)病虫害に対する抵抗力がある、など。日本は1997年から新品種のネリカ稲の研究開発、試験栽培、種子増産および普及に関する支援を国際機関やNGOと連携しながら実施してきた。また農業専門家や青年海外協力隊を派遣し、栽培指導も行い、日本国内にアフリカ各国から研修員を受け入れている。
小農による市場志向型農業振興(SHEP※)アプローチ
小規模農家に対し、研修や現地市場調査等による農民組織強化、栽培技術、農村道整備等に係る指導をジェンダーに配慮しつつ実施することで、小規模農家が市場に対応した農業経営を実践できるよう、能力向上を支援する。
※SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment Project
収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)
不適切な時期の収穫のほか、適切な貯蔵施設の不備等を主因とする、過剰な雨ざらしや乾燥、極端な高温および低温、微生物による汚染や、生産物の価値を減少する物理的な損傷などによって、収穫された食料を当初の目的(食用等)を果たせないまま破棄等すること。
アフリカ稲作振興のための共同体(CARD:Coalition for African Rice Development)
稲作振興に関心のあるアフリカのコメ生産国と連携し、援助国やアフリカ地域機関および国際機関などが参加する協議グループ。2008年に開催されたTICAD IVにて、CARDイニシアティブを発表。コメ生産量の倍増に関連して、日本は農業指導員5万人の育成を行う計画。
責任ある農業投資(RAI:Responsible Agricultural Investment)
国際食料価格の高騰を受け、途上国への大規模な農業投資(外国資本による農地取得)が問題となる中、日本がラクイラ・サミットにて提案したイニシアティブ。農業投資によって生じる負の影響を緩和しつつ、投資受入国の農業開発を進め、受入国政府、現地の人々、投資家の3者の利益を調和し、最大化することを目指す。
G8食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス(New Alliance for Food Security and Nutrition)
G8、アフリカ諸国、民間セクターが連携して、持続可能で包摂的な農業成長を達成し、サブサハラ・アフリカにおいて今後10年間に5,000万人を貧困から救い出すことを目的として立ち上げられたイニシアティブ。同イニシアティブの下、アフリカのパートナー国において、G8の資金コミットメント、パートナー国政府の具体的な政策行動、民間セクターの投資意図表明を含む「国別協力枠組み」を策定している。2013年6月までに、エチオピア、ガーナ、コートジボワール、タンザニア、ナイジェリア、ブルキナファソ、ベナン、マラウイ、モザンビークの9か国において協力枠組みが策定され、取組がすすめられている。
農業市場情報システム(AMIS:Agricultural Market Information System)
2011年G20が食料価格乱高下への対応策として立ち上げたもの。G20各国、主要輸出入国、企業や国際機関が、タイムリーで正確、かつ透明性のある農業・食料市場の情報(生産量や価格等)を共有する。日本はAMISでデータとして活用されるASEAN諸国の農業統計情報の精度向上を図るためのASEAN諸国での取組を支援している。

●ガーナ

「天水稲作持続的開発プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2009年7月~実施中)

ガーナの主食の一つであるコメは、近年、消費量が急速に拡大しています。しかし、国産米の生産量が伸び悩んでいるため、国内消費量の約3分の2を輸入米に依存しています。この状況に対し「天水稲作持続的開発プロジェクト」では、日本が有する稲作に関する知識および技術を活かし、現地の農業普及員と共にコメ増産に向け、生産性を改善する技術の普及に取り組んでいます。

具体的には、コメの消費量の多いアシャンティ州および稲作が盛んなノーザン州の低湿地を対象に、降水量の変化が収穫量に与える影響を緩和するために、水の確保や利用方法を考慮した水田の整備、手押しの農器具による除草など、灌漑(かんがい)施設や農業機械が手に入らない状況でも実践可能な技術を指導しています。

小規模農家の人々が自分たちの手で続けられる技術を伝えることにより、収穫量や品質は着実に改善し、以前は1ヘクタール当たり2.5トン程度だった収穫量が、約4倍に増えた例なども確認されています。また、収穫量の増加は所得・生活水準の向上にもつながっています。

今後はこれらの実績を基にマニュアルを作成し、より広い地域で日本の技術を活かした稲作が普及することが期待されています。(2013年8月時点)

図や写真を用いて、生産性を上げるための実践可能な技術を学ぶ(写真: 飯塚明夫/JICA)

図や写真を用いて、生産性を上げるための実践可能な技術を学ぶ(写真: 飯塚明夫/JICA)

●カメルーン

「熱帯雨林地域陸稲振興プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2011年7月~実施中)

アフリカ中部に位置するカメルーンでは、首都圏を中心にコメの消費量が年々増加していますが、国産米の生産量は少なく、需要の多くを輸入に頼っています。日本は、2011年より同国中央の首都ヤウンデ、南部エボロワ、東部バトゥーリの3か所で、陸稲の栽培技術を約1万人の農民に普及し、生産拡大を目指す技術協力プロジェクト「熱帯雨林地域陸稲振興プロジェクト」を実施しています。

このプロジェクトでは、意欲ある農家を中核農民と位置付け、試験圃場(ほじょう)で実習を行う形式で、栽培方法や営農についての指導を行ってきました。研修を終えた中核農家が自主的に生産を行う際には、普及員がアフリカで急激に発展している携帯電話網を活用し、農民と直接連絡を取り、栽培状況の把握を行うという工夫をしています。

中核農家が継続して栽培を続け、生計を向上させていく姿が先行事例となり、その他の農家の生産意欲が向上し、陸稲栽培が広がっていくことが期待されています。(2013年8月時点)

種子収穫、穂刈りの実習風景(写真:JICA)

種子収穫、穂刈りの実習風景(写真:JICA)


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